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【第三章】女、愛を知る
愛と記憶(2)
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(ホークに記憶操作された彼がなぜ“ヤッバ”を覚えているの……?)
アリエルは目を見開くリメイにゆっくりと近づいてくる。
「っ……ぁ」
「あの日は大型魔獣の討伐に出かけてね。君に剣技のコツとやらを話し魔獣を倒したんだが……そこからの記憶が曖昧なんだ。君は無事だったかい?」
「え?」
まさかホークの魔術に間違いがあったというのか。いやそんなわけない。あの伝説の“神に最も近き者”がそんなヘマをするとはリメイには思えなかった。それにホークは決してリメイには嘘をつかない。
(なら、この男は……なに)
アリエルの記憶は“魔獣討伐任務を失敗し麓で行き倒れていた”と書き換えられたはずだった。ホークがそう言ったのだから間違いはない。
(でも、元々の迷子になった記憶ではなく討伐任務があった記憶になっているから……ホークの書き換えはちゃんと行われているはずよね?)
聞いていたのと少し違う記憶になっていることをリメイは不審に思う。そんなリメイを他所にアリエルはゆっくりと近づいてきた。
「あれから五年。君のことをずっと探していたんだよ、ヤッバ」
「え?」
「病気のお母さんがいると言っていたし、あの山に俺は君を一人放ってきたのかと自分が信じられなくてね」
(だめだ、これは確実に覚えてる)
このアリエルは“ヤッバ”の全てを覚えている。リメイは背筋が凍るようだった。
口ぶりから察するにホークやタマのことは忘れているらしい。それはある意味幸いだった。
「俺のことはもう……忘れてしまったか?」
切なげに微笑むアリエルに、リメイはもう誤魔化すことはできないことを悟った。
(ならばもう一度“ヤッバ”になりきればいい)
「……アリエルさん、ですか?」
「っおお! 覚えていてくれたか! ははは、なんだか嬉しいなぁ」
照れた顔で頭の後ろをポリポリと掻くその姿はあの時のままで、その屈託のない笑顔についにリメイは苦笑を隠せなかった。
「それで? 星の色の髪を持つ美女は、こんな夜更けに一体何に悩んでいたのかな?」
「え?」
「悩んでいるから深刻な顔つきで座っていたんだろう? 折角会えたんだ。俺で良かったら話を聞くぞ?」
「でも……仕事中じゃ」
「国民の憂いを払うのも俺の仕事だ」
ドンッと自身の胸を叩くアリエルは五年前のあの頃と同じくらい頼もしく思えた。そうだった、この人は幼いリメイの話も笑うことなく真剣に聞いてくれた人だった。
(聞いてみても、いいかしら)
「っ……あの、アリエルさんにとって……唯一無二のものって、ありますか?」
「ん? そうだなぁ」
リメイの問いに少し驚いたアリエルだったが、すぐに表情を真面目なものに変えて考える素振りを見せた。
「俺にとっての唯一のものは……この国だ」
「国?」
「この国を、国民を守る。それが俺の大義だから」
「っ!」
その返答を聞いて、今度はリメイが目を見開く番だった。騎士として最良な答えであろうそれは、アリエルが言うと重く、力強くリメイの心にのしかかった。
「唯一無二とは無くてはならないものだろう? 俺にとってのそれは守るべきものだ。俺が守るべきは唯一。幼き頃そう誓いを立てた」
アリエルは自分と似ているのだとリメイは思った。大事な人たちを守りたいというのは、幼いリメイが誓った物と同じだった。
目を瞑ったリメイは胸に手を当て考える。自分にとっての大事な人とは誰であるかを。
父や領地の皆、魔獣らしからぬ優しい友、それから――
(ホーク……なら、私の唯一無二は……)
「それがどうかしたか?」
「っ……いえ。なんでもありません」
「ん? しかし……」
リメイは顔を上げてアリエルを見る。その顔に不安や悩みは見られなかった。
「私ももう、十八になりましたから。もう少し自分で考えてみます」
「っ……そうか……ははっ、ヤッバは強くなったのだな、身も心も」
俯いたアリエルがそっと呟く。
「本当に……あの頃とは大違いだ」
向かい合う二人の間を生温い風が凪いでいった。
アリエルは目を見開くリメイにゆっくりと近づいてくる。
「っ……ぁ」
「あの日は大型魔獣の討伐に出かけてね。君に剣技のコツとやらを話し魔獣を倒したんだが……そこからの記憶が曖昧なんだ。君は無事だったかい?」
「え?」
まさかホークの魔術に間違いがあったというのか。いやそんなわけない。あの伝説の“神に最も近き者”がそんなヘマをするとはリメイには思えなかった。それにホークは決してリメイには嘘をつかない。
(なら、この男は……なに)
アリエルの記憶は“魔獣討伐任務を失敗し麓で行き倒れていた”と書き換えられたはずだった。ホークがそう言ったのだから間違いはない。
(でも、元々の迷子になった記憶ではなく討伐任務があった記憶になっているから……ホークの書き換えはちゃんと行われているはずよね?)
聞いていたのと少し違う記憶になっていることをリメイは不審に思う。そんなリメイを他所にアリエルはゆっくりと近づいてきた。
「あれから五年。君のことをずっと探していたんだよ、ヤッバ」
「え?」
「病気のお母さんがいると言っていたし、あの山に俺は君を一人放ってきたのかと自分が信じられなくてね」
(だめだ、これは確実に覚えてる)
このアリエルは“ヤッバ”の全てを覚えている。リメイは背筋が凍るようだった。
口ぶりから察するにホークやタマのことは忘れているらしい。それはある意味幸いだった。
「俺のことはもう……忘れてしまったか?」
切なげに微笑むアリエルに、リメイはもう誤魔化すことはできないことを悟った。
(ならばもう一度“ヤッバ”になりきればいい)
「……アリエルさん、ですか?」
「っおお! 覚えていてくれたか! ははは、なんだか嬉しいなぁ」
照れた顔で頭の後ろをポリポリと掻くその姿はあの時のままで、その屈託のない笑顔についにリメイは苦笑を隠せなかった。
「それで? 星の色の髪を持つ美女は、こんな夜更けに一体何に悩んでいたのかな?」
「え?」
「悩んでいるから深刻な顔つきで座っていたんだろう? 折角会えたんだ。俺で良かったら話を聞くぞ?」
「でも……仕事中じゃ」
「国民の憂いを払うのも俺の仕事だ」
ドンッと自身の胸を叩くアリエルは五年前のあの頃と同じくらい頼もしく思えた。そうだった、この人は幼いリメイの話も笑うことなく真剣に聞いてくれた人だった。
(聞いてみても、いいかしら)
「っ……あの、アリエルさんにとって……唯一無二のものって、ありますか?」
「ん? そうだなぁ」
リメイの問いに少し驚いたアリエルだったが、すぐに表情を真面目なものに変えて考える素振りを見せた。
「俺にとっての唯一のものは……この国だ」
「国?」
「この国を、国民を守る。それが俺の大義だから」
「っ!」
その返答を聞いて、今度はリメイが目を見開く番だった。騎士として最良な答えであろうそれは、アリエルが言うと重く、力強くリメイの心にのしかかった。
「唯一無二とは無くてはならないものだろう? 俺にとってのそれは守るべきものだ。俺が守るべきは唯一。幼き頃そう誓いを立てた」
アリエルは自分と似ているのだとリメイは思った。大事な人たちを守りたいというのは、幼いリメイが誓った物と同じだった。
目を瞑ったリメイは胸に手を当て考える。自分にとっての大事な人とは誰であるかを。
父や領地の皆、魔獣らしからぬ優しい友、それから――
(ホーク……なら、私の唯一無二は……)
「それがどうかしたか?」
「っ……いえ。なんでもありません」
「ん? しかし……」
リメイは顔を上げてアリエルを見る。その顔に不安や悩みは見られなかった。
「私ももう、十八になりましたから。もう少し自分で考えてみます」
「っ……そうか……ははっ、ヤッバは強くなったのだな、身も心も」
俯いたアリエルがそっと呟く。
「本当に……あの頃とは大違いだ」
向かい合う二人の間を生温い風が凪いでいった。
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