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【第三章】女、愛を知る

喧嘩と逃亡(2)

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「永遠ですって? そもそも師弟なんて家族よりも薄い絆じゃない!」
「は……?」


 ホークは少し言葉を詰まらせた。


「っ、俺とリメイはずっと一緒だ」


 リメイは目の前の端正な顔を睨みつける。間近で見たホークの顔に町で見た女性に微笑む顔が重なって、リメイは全身の血が滾るようだった。


「なら! あなたに恋人できて一緒に暮らし始めたらどうするの!」
「? どうもしない」
「私もここにいろっていうの?」
「そうだ」
「まさか、ホークの恋人の朝ごはんを私が用意しろとでも? いやよ!」
「どうして」


 感情の読めない声色で淡々と返すホークに、リメイはどんどんヒートアップしてしまう。


「~~っ、なら! 私が連れてきた恋人のために、ホークはお茶を入れてくれるっていうの!?」
「リメイが恋人を?」


 少しだけ緩んだ体を抑え込む力にリメイは勢いよく暴れて体を離した。息切れをしながらも睨みつけるのを止めない。

 目の前には呆然とリメイを見つめるホークがいて、その益々仄暗さを増している瞳に向かってリメイは吐き出すように声を荒げた。


「私に恋人ができたらどうするの? ここでは暮らせないのよ!」
「リメイに恋人ができたら一緒に暮らせない? なんで?」
「は、はぁ?」


 首を傾げるホークにリメイは驚きの声を上げる。


「あのね、私はいずれその人と世帯を持つかもしれないのよ? なのにどうしてホークと暮らせるのよ!」
「別に恋人ができてもそいつと暮らさなきゃいい。これまでのように俺と一緒にいればいい」
「いやよ!」
「どうして」


 噛み合わない会話にリメイは頭をかきむしりたくなった。「あぁーもう!」と怒鳴りながら、森に響き渡る大きな声で叫んだ。


「っ、あなたは長生きできるからいいけど、私はいつか死ぬのよ! 愛する人と一緒にいたいと思うことがそんなにおかしい!?」
「愛する……人?」
「その人と家族になって、共に生を分かち合いたいと思うのはそんなにおかしい!?」


 肩で息をするリメイの叫びを、ホークは自身の美しい顔を盛大に歪めて、首を傾げて聞いていた。


「……そんなの、おかしい」
「なにがよ!」
「だってそいつはリメイの家族になれるのに。どうして俺はリメイの家族じゃないんだ?」
「……なんて?」


 言葉の意味が分からなくて、リメイは自分でも思ってもみない程掠れた声が出た。


「だって俺とリメイは師弟の契を結んだ」
「それがなに?」
「師弟の契は俺にとって最も強い繋がりをもつ。これ以上どうしたらいいんだ?」
「……なんて?」


 それでもホークの意図を読み取ろうと耳を傾け続けていたリメイだったが、ついぞ理解できなかった。師弟同士向かい合って首を傾げている。


「俺たちは恋人よりも深い関係だと言っただろう? これ以上リメイと何の契を結べばいいんだ?」
「っ!」


(契、契、契! そればっかり!)


 全身の血がふつふつと湧き上がってくるのをリメイは腹の底で感じていた。生き物同士の関係を制約で縛ろうとする魔法の契に、リメイはもううんざりとしていた。


「もう! あなたはそもそも! 私の何になりたいのよ!」
「唯一無二の存在」
「は? ~~ーーっ!」


 リメイは血管のぶちりと千切れる音が聞こえた。目の前が真っ赤に染まる。


バチンッ!


「ばか! もう! 知らない!!」


 リメイはホークの襟元をグッと掴み、勢いをつけたその腕でホークの頬を思い切りひっぱ叩いた。相手が怯んだその隙に今度こそ走り出す。

 ふわりと、家で寝ていたはずのタマが駆け寄ってきたので、リメイはその背に飛び乗った。


「行って! タマさん!」
『どうした、リメイ』
「自分の師匠があんなに馬鹿だとは思わなかった!」
『? 何を今更』


 不思議そうに首を傾げるタマと、これまでにないほどぶち切れるリメイ。それから愛弟子に頬を打たれ山に一人取り残されたホーク。

 三者三様、各々の思惑を漂わせたまま、夜は更けていった。




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