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【第三章】女、愛を知る

海の紳士(1)

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 ホークの言う“魔法使いの仕事”とは、それはもう多岐に渡っていた。

 魔術師や騎士団などの公的機関には頼めない事情のある魔獣の討伐や、内緒の人探しと人隠し。
 それから研究所に知られてはならない試作薬の材料採取などもあった。つまり真の“裏の仕事”である。

 その中でも危険度の少ない仕事を手伝いながら、リメイは着々と魔術の腕を上げていった。もう湖の中の低級魔獣にはやられないし、以前森であったクマのような大型魔獣も今ならあっという間に倒せてしまうだろう。

 それほどまでにリメイは強く、そして美しく成長したのだ。


「だからこそ、潮時なのよ」



     ◇◇◇



 山を降りて麓の村を通り過ぎた先の大きな町。一人と一頭は慣れたように大通りを歩いていた。


「リリーちゃん! 今日はいい魚が入ってるわよ!」
「おー! リリーちゃんよく来たな。これ、オマケだ! なぁに、かわいいリリーちゃんならなんでもまけちゃうぜ!」


 気前よく話しかけてくれる町の人たちにリメイも笑みを返す。リメイが“リリー”と名乗りだしたのは、もう半年ほど前のことだった。


「この町ももう長いから、そろそろ別の町に行きたいな」
『いいのか? 人気者のリリーなのに』
「からかわないでよ、タマさん」


 影の中から聞こえてくるタマの声と自分に、リメイは消音魔法をかける。タマは服従の契を結んだ後、家や山にいる間は姿を現しているが、それ以外の場所ではリメイの体の中で過ごしていた。


『からかってなど。その銀髪は目立つ』
「リリーとしていくら身分を隠していても、どこでバレるか分からないしね」


 リメイは仕事中いつも、顔も姿もローブや面で隠し名乗ることもしなかった。それはホークがいつもそのように手配してくれていたからで、仕事相手はリメイがホークの弟子であることを知るのみだった。この銀髪以外にリメイ個人を特定されることはない。


『よく分かってるじゃないか。なのにホークには反発するのか?』
「反発じゃないもん。ただ」
『ただ?』


 一つ息を吐いたリメイはその美しい顔を歪めた。


「私、自分にできることを見つけたいの。いつまでもホークが持ってくる仕事じゃなくて」


 リメイが何度も町へ降りる理由。それはあの家を出て、外で暮らしていく方法を探すためだった。
 いずれやってくる独り立ちを前に商いとは何か、今の需要は何か。自分にできることは何か、町の流行――リメイは多くのことを探りながら町を練り歩いていた。


『お前が市井の生活を気にしているのは知っていたが、なぜそんな必要が?』
「だって、いずれは独り立ちするのよ、私も」
『は?』


 タマがリメイの影の中で慌てたように蠢く。


『リメイ、あの山を出るのか?』
「出るんじゃなくて、追い出されるかもしれないって話」
『ホークがそう言ったのか?』
「そうじゃないけど……」


 師弟の関係は永遠ではない。いずれ来たるべき時にホークによって解消されるのだとリメイは思っていた。
 諦めたようにため息をつくリメイに、タマがぐるるっと鳴く。


『ばかな、ホークがお前を手放すわけ……っ、右に避けろ!』
「え? ーーっ!」


ドンッ…!


 リメイが勢いよく足を踏み出し曲がり角に差し掛かった時、タマの制止も虚しく誰かとぶつかってしまった。その衝撃でリメイも尻もちをつく。


「っ……す、すみません! 大丈夫でしたか?」
「こちらこそ申し訳ない。怪我はなかったかな?」


 目の前に男性の手が差し出されて、リメイはその好意に甘えた。パンパンッと服の埃を払って顔を上げる。


「はい。私は大丈夫、で……っ!」


 しかし、目の前にいた人物にリメイは言葉を無くす。


「どれ、見せてみなさい。どこも痛めていないかな?」


 そこにいたのは仕立てのいいスーツを身に纏った背の高い男だった。白髪混じりの明るいブラウンに、皺の目立つ目元は年相応に見えるのに、その体は年齢を感じさせない屈強さがある。握ったこの大きな手をリメイは覚えていた。


「っ……ぁ」


 その人はリメイが幸せを願ってやまない、フォーデン伯爵その人であった。


(お、お父様……!)

「ん? どうしたかな?」
「……いえ、すみません。知人に、似ていた気がして」


 伯爵邸の大きな門前で涙の別れをしてからもうすぐ十四年。互いに重ねた年月はそう短いものではない。最後に見た姿からは年老いたものの、大切なその人をリメイが忘れるはずがなかった。



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