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【第三章】女、愛を知る
騎士と紋様(1)
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生温い風に絡まるように靡く銀髪をリメイが無造作に払うと、銀髪は町の明かりを反射してキラキラと波打つ。その様子を向かい合うアリエルが目を細めて見ていた。
「っ……さぁ、夜も遅い。もう帰りなさい。家まで送ろう」
「え? い、いえ、一人で帰れます」
「そんなわけにはいかない。こんな時間、母君も心配しているだろう」
「あの、ほんとに! 大丈夫ですの、で……っ!」
手を差し伸べてくるアリエルから逃げ腰のリメイだったが、何かが足を掠めぐらりと上半身が揺らいだ。己で受け身を取ろうとするも不意にアリエルの腕が伸びてきて、リメイはその胸元の飾緒に思わず手をかけてしまう。
「うおっ……!」
胸飾りを引っ張られ体制を崩したアリエルの驚いた声が辺りに反響する。そのまま二人で倒れ込むが、リメイはアリエルの腕に抱かれて体を打ち付けることはなかった。
「ヤッバ……無事か?」
「っご、ごめんなさ……っ! わっ、ど、どうしましょう!」
「ん?」
倒れ込んだままのリメイが見上げた先では、アリエルの胸元の飾緒が取れてしまっていた。剣を支える下緒までもが引き千切れていて、リメイの顔が蒼白になる。
「ど、どうしよう! ごめんなさい、私が掴んだりしたから!」
「なぁに気にするな。ヤッバが無事ならそれでいい。飾りは新しい団服を用意すればいいのだから」
手で剣を支えながら千切れた下緒を見つめるアリエルに、リメイは申し訳なく思った。そしてはっと閃いたように自身の髪に触れる。
「あ、あの……これ。せめて下緒の変わりになりませんか?」
さらりと零れ落ちた銀色がアリエルの視界いっぱいに広がった。外された髪紐を手渡され、アリエルの喉がゴクリと音を立てた。
「しかしこれはヤッバの髪紐だろう? いいのか?」
「糸から紡ぎ魔力を込めて編みました。よく森に行くので怪我のないようにと。アリエルさんにもその加護があるといいのですが」
はにかんで笑うリメイに、アリエルも眉尻を下げる。
「……この長く美しい髪は縛らなくてもいいのか?」
「後は帰るだけなので。それに私としては切りたいんですけど、切れなくて」
「切れない?」
「どうやら普通の鋏では無理みたいで……っ!」
聞く人が聞けば不審がられてしまうことをうっかり口走ってしまい、リメイは慌てて口を噤む。色々話した中でつい気が緩んでしまった。怪しまれるかと思いきや、見上げた先のアリエルは不思議そうな顔でリメイを見つめている。
「女性は髪を切るのに鋏も選ぶのか? 大変だな」
「その天然さは相変わらずなんだ」
「ん? 何か言ったかな?」
「いえ、なにも」
天然で良かった、と息を一つ吐いたリメイであった。
「本当に送らなくていいのか?」
「はい。すぐの所なので大丈夫です」
「分かった……髪紐、大事にする。ではまた」
「はい。さようなら」
自身の悩みについても真剣に考え気持ちを言葉に乗せてくれた優しい騎士に、リメイは感謝の気持ちでいっぱいだった。最後に一つ優しい笑顔を見せてから大きく手を振った。
アリエルはその銀色が闇に消えるまで見送った。本当は家まで送って行きたかったが、本人があそこまで頑なに拒むからには無理強いはできない。
「本当に……強くなったな」
そっと腰に差していた剣を鞘ごと引き抜く。リメイの髪紐を優しくそっと撫でた。
「君じゃなければ、と……思った俺もいたんだがな」
くぐもった声は湿った風と共に靡いていった。
◇◇◇
一方その頃、最初に降り立った森の中まで来たリメイは目の前の現象に叫び声を上げていた。
「な、ななな、なによ! これ~~!」
突然、左手の紋様が光りだし何事かと思った矢先、何かに持ち上げられるかのように体が宙に浮き四肢を引っ張られたのだ。
目の前の木々がぐるぐると渦を巻き出して、リメイは今にも身が捩れそうだった。
「ね、ねぇ……これ、って……!」
『あぁ。ホークの魔力だ。《記憶》の操作だな』
「で、すよねっ……て、うわぁぁ!」
リメイの体の中で身を潜めるタマから冷静な回答が返ってくる。リメイも体に縋りつくような魔力に身に覚えもあるものの、今にも体の一部が飛んでいきそうなほどの空間の歪みに上手に話すこともできない。
『こんな時になんだが、リメイ。さっきの男』
「っ、え? なにっ?」
『あの時……お前が倒れかけた時』
「な、なんのはな、しっ……て、わぁぁ!」
ぐるぐると、まるで洗濯されているかのように体が空間にもみくちゃにされ、ようやく落ち着いたと思ったら、その体は地面に突き落とされた。
ドサッ……
「っ……さぁ、夜も遅い。もう帰りなさい。家まで送ろう」
「え? い、いえ、一人で帰れます」
「そんなわけにはいかない。こんな時間、母君も心配しているだろう」
「あの、ほんとに! 大丈夫ですの、で……っ!」
手を差し伸べてくるアリエルから逃げ腰のリメイだったが、何かが足を掠めぐらりと上半身が揺らいだ。己で受け身を取ろうとするも不意にアリエルの腕が伸びてきて、リメイはその胸元の飾緒に思わず手をかけてしまう。
「うおっ……!」
胸飾りを引っ張られ体制を崩したアリエルの驚いた声が辺りに反響する。そのまま二人で倒れ込むが、リメイはアリエルの腕に抱かれて体を打ち付けることはなかった。
「ヤッバ……無事か?」
「っご、ごめんなさ……っ! わっ、ど、どうしましょう!」
「ん?」
倒れ込んだままのリメイが見上げた先では、アリエルの胸元の飾緒が取れてしまっていた。剣を支える下緒までもが引き千切れていて、リメイの顔が蒼白になる。
「ど、どうしよう! ごめんなさい、私が掴んだりしたから!」
「なぁに気にするな。ヤッバが無事ならそれでいい。飾りは新しい団服を用意すればいいのだから」
手で剣を支えながら千切れた下緒を見つめるアリエルに、リメイは申し訳なく思った。そしてはっと閃いたように自身の髪に触れる。
「あ、あの……これ。せめて下緒の変わりになりませんか?」
さらりと零れ落ちた銀色がアリエルの視界いっぱいに広がった。外された髪紐を手渡され、アリエルの喉がゴクリと音を立てた。
「しかしこれはヤッバの髪紐だろう? いいのか?」
「糸から紡ぎ魔力を込めて編みました。よく森に行くので怪我のないようにと。アリエルさんにもその加護があるといいのですが」
はにかんで笑うリメイに、アリエルも眉尻を下げる。
「……この長く美しい髪は縛らなくてもいいのか?」
「後は帰るだけなので。それに私としては切りたいんですけど、切れなくて」
「切れない?」
「どうやら普通の鋏では無理みたいで……っ!」
聞く人が聞けば不審がられてしまうことをうっかり口走ってしまい、リメイは慌てて口を噤む。色々話した中でつい気が緩んでしまった。怪しまれるかと思いきや、見上げた先のアリエルは不思議そうな顔でリメイを見つめている。
「女性は髪を切るのに鋏も選ぶのか? 大変だな」
「その天然さは相変わらずなんだ」
「ん? 何か言ったかな?」
「いえ、なにも」
天然で良かった、と息を一つ吐いたリメイであった。
「本当に送らなくていいのか?」
「はい。すぐの所なので大丈夫です」
「分かった……髪紐、大事にする。ではまた」
「はい。さようなら」
自身の悩みについても真剣に考え気持ちを言葉に乗せてくれた優しい騎士に、リメイは感謝の気持ちでいっぱいだった。最後に一つ優しい笑顔を見せてから大きく手を振った。
アリエルはその銀色が闇に消えるまで見送った。本当は家まで送って行きたかったが、本人があそこまで頑なに拒むからには無理強いはできない。
「本当に……強くなったな」
そっと腰に差していた剣を鞘ごと引き抜く。リメイの髪紐を優しくそっと撫でた。
「君じゃなければ、と……思った俺もいたんだがな」
くぐもった声は湿った風と共に靡いていった。
◇◇◇
一方その頃、最初に降り立った森の中まで来たリメイは目の前の現象に叫び声を上げていた。
「な、ななな、なによ! これ~~!」
突然、左手の紋様が光りだし何事かと思った矢先、何かに持ち上げられるかのように体が宙に浮き四肢を引っ張られたのだ。
目の前の木々がぐるぐると渦を巻き出して、リメイは今にも身が捩れそうだった。
「ね、ねぇ……これ、って……!」
『あぁ。ホークの魔力だ。《記憶》の操作だな』
「で、すよねっ……て、うわぁぁ!」
リメイの体の中で身を潜めるタマから冷静な回答が返ってくる。リメイも体に縋りつくような魔力に身に覚えもあるものの、今にも体の一部が飛んでいきそうなほどの空間の歪みに上手に話すこともできない。
『こんな時になんだが、リメイ。さっきの男』
「っ、え? なにっ?」
『あの時……お前が倒れかけた時』
「な、なんのはな、しっ……て、わぁぁ!」
ぐるぐると、まるで洗濯されているかのように体が空間にもみくちゃにされ、ようやく落ち着いたと思ったら、その体は地面に突き落とされた。
ドサッ……
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