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【第三章】女、愛を知る

師弟の契(1)

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……ドボンッ!


『おい。ホークが沈んでいくぞ。いいのか?』
「回復魔法がかけてあるお湯よ。死なないでしょ」
『えらく雑な扱いだな』


 家に帰ってすぐ、リメイはタマが溜めていた風呂のお湯に疲労回復治癒魔法を施し、服のままのホークを突き落とした。一般男性よりもムキムキとした巨体をここまで運び風呂の世話までしてやったのだ。ありがたいと思ってほしい。


「ついでに、破けた服も直してもらうわ」
『風呂の湯にか』
「修繕魔法もかけちゃう」


 風呂の中にキラキラと粉が舞い降りて、湯に沈むホークに降りかかる。破けていたローブの裾がじわじわと直っていくのを見届けてから、リメイはタマを振り返った。


「私は片付けをしたら寝るから。タマさんは先に寝てて」
『いいのか?』
「疲れたでしょう? 今日はごめんね。付き合わせて」


 タマはリメイの指先を一度甘噛みしてから、わふっと鳴いた。静かに姿を消し二階にあるリメイの部屋へと向かったタマの気配を感じてから、リメイも風呂場のドアに手をかける。


……トプンッ……


「え……っ!」


 背後で小さな水音が聞こえ、突然首根っこを掴まれたリメイが瞬きを一つした頃には、その身は既に湯船の中にいた。


「……起きてたんですか」
「今、起きた」
「というか離してください。私まで濡れるじゃないですか」
「いやだ」


 水分を含んで重たくなった服を纏ったまま二人は沈黙する。後ろから抱きしめるホークが今どんな顔をしているのかリメイには分からなかった。

 けれど逞しい腕がぎゅっと力を込めるので、リメイが先程まで感じていたイライラも少しずつ落ち着きを見せていった。水面が切なげにちゃぷんっと揺れる。


「なんだっていうんです? 湖になんか飛び込んで」


 二人で湯船に浸かるのは出会った時以来だった。ホークが項に顔をすりすりと寄せるので、リメイは優しく問いかける。


「……リメイが」
「私?」
「リメイが何に怒ってるか分からなかった。だからあいつらに聞こうとして」
「あいつらって、湖のあの子たち?」
「あぁ」


 リメイはあの小さな生き物たちを思いつつ、ため息を呑み込んだ。自分たちを一瞬で一掃できる力を持った大魔法使いが、突然縄張りに足を踏み入れてきて。それがしかも人生相談ともくれば、あれだけ泣き喚くのも無理はない。


「それで、なにか教えてもらえたの?」
「いや……落ち込んでたら死んだと思われたのか、湖の上まで連れて行かれた」
「それはそれは。大変でしたね」
「大変だった」
「ホークじゃないわよ。湖のあの子たちよ」


 今度こそため息がもれて、聞こえたらしいホークの肩がビクリと跳ねた。


「……他にもいたんじゃないんですか? 古い知り合いとか」


 リメイの頭の中に、五年前の連絡蝶が舞う中で佇むホークの姿が過る。あの時呟いていた名前は、そう――


「っ、ハン、って人とか……!」


 蓋をし続けてきた記憶をそっと開けるように、リメイはホークに尋ねた。この五年間聞きたくても聞けなかった、ホークの“大切な人”という存在について。
 緊張からかドキドキと高鳴る胸にリメイは手を当てた。


「ハンは……もういない。俺が十五のときに死んだ」


 後ろから抱きしめる腕の力が増して、縋りつくように項に唇を寄せるホークの声はとても掠れていて、リメイははっと顔を上げた。

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