51 / 103
【第三章】女、愛を知る
師弟の契(1)
しおりを挟む
……ドボンッ!
『おい。ホークが沈んでいくぞ。いいのか?』
「回復魔法がかけてあるお湯よ。死なないでしょ」
『えらく雑な扱いだな』
家に帰ってすぐ、リメイはタマが溜めていた風呂のお湯に疲労回復治癒魔法を施し、服のままのホークを突き落とした。一般男性よりもムキムキとした巨体をここまで運び風呂の世話までしてやったのだ。ありがたいと思ってほしい。
「ついでに、破けた服も直してもらうわ」
『風呂の湯にか』
「修繕魔法もかけちゃう」
風呂の中にキラキラと粉が舞い降りて、湯に沈むホークに降りかかる。破けていたローブの裾がじわじわと直っていくのを見届けてから、リメイはタマを振り返った。
「私は片付けをしたら寝るから。タマさんは先に寝てて」
『いいのか?』
「疲れたでしょう? 今日はごめんね。付き合わせて」
タマはリメイの指先を一度甘噛みしてから、わふっと鳴いた。静かに姿を消し二階にあるリメイの部屋へと向かったタマの気配を感じてから、リメイも風呂場のドアに手をかける。
……トプンッ……
「え……っ!」
背後で小さな水音が聞こえ、突然首根っこを掴まれたリメイが瞬きを一つした頃には、その身は既に湯船の中にいた。
「……起きてたんですか」
「今、起きた」
「というか離してください。私まで濡れるじゃないですか」
「いやだ」
水分を含んで重たくなった服を纏ったまま二人は沈黙する。後ろから抱きしめるホークが今どんな顔をしているのかリメイには分からなかった。
けれど逞しい腕がぎゅっと力を込めるので、リメイが先程まで感じていたイライラも少しずつ落ち着きを見せていった。水面が切なげにちゃぷんっと揺れる。
「なんだっていうんです? 湖になんか飛び込んで」
二人で湯船に浸かるのは出会った時以来だった。ホークが項に顔をすりすりと寄せるので、リメイは優しく問いかける。
「……リメイが」
「私?」
「リメイが何に怒ってるか分からなかった。だからあいつらに聞こうとして」
「あいつらって、湖のあの子たち?」
「あぁ」
リメイはあの小さな生き物たちを思いつつ、ため息を呑み込んだ。自分たちを一瞬で一掃できる力を持った大魔法使いが、突然縄張りに足を踏み入れてきて。それがしかも人生相談ともくれば、あれだけ泣き喚くのも無理はない。
「それで、なにか教えてもらえたの?」
「いや……落ち込んでたら死んだと思われたのか、湖の上まで連れて行かれた」
「それはそれは。大変でしたね」
「大変だった」
「ホークじゃないわよ。湖のあの子たちよ」
今度こそため息がもれて、聞こえたらしいホークの肩がビクリと跳ねた。
「……他にもいたんじゃないんですか? 古い知り合いとか」
リメイの頭の中に、五年前の連絡蝶が舞う中で佇むホークの姿が過る。あの時呟いていた名前は、そう――
「っ、ハン、って人とか……!」
蓋をし続けてきた記憶をそっと開けるように、リメイはホークに尋ねた。この五年間聞きたくても聞けなかった、ホークの“大切な人”という存在について。
緊張からかドキドキと高鳴る胸にリメイは手を当てた。
「ハンは……もういない。俺が十五のときに死んだ」
後ろから抱きしめる腕の力が増して、縋りつくように項に唇を寄せるホークの声はとても掠れていて、リメイははっと顔を上げた。
『おい。ホークが沈んでいくぞ。いいのか?』
「回復魔法がかけてあるお湯よ。死なないでしょ」
『えらく雑な扱いだな』
家に帰ってすぐ、リメイはタマが溜めていた風呂のお湯に疲労回復治癒魔法を施し、服のままのホークを突き落とした。一般男性よりもムキムキとした巨体をここまで運び風呂の世話までしてやったのだ。ありがたいと思ってほしい。
「ついでに、破けた服も直してもらうわ」
『風呂の湯にか』
「修繕魔法もかけちゃう」
風呂の中にキラキラと粉が舞い降りて、湯に沈むホークに降りかかる。破けていたローブの裾がじわじわと直っていくのを見届けてから、リメイはタマを振り返った。
「私は片付けをしたら寝るから。タマさんは先に寝てて」
『いいのか?』
「疲れたでしょう? 今日はごめんね。付き合わせて」
タマはリメイの指先を一度甘噛みしてから、わふっと鳴いた。静かに姿を消し二階にあるリメイの部屋へと向かったタマの気配を感じてから、リメイも風呂場のドアに手をかける。
……トプンッ……
「え……っ!」
背後で小さな水音が聞こえ、突然首根っこを掴まれたリメイが瞬きを一つした頃には、その身は既に湯船の中にいた。
「……起きてたんですか」
「今、起きた」
「というか離してください。私まで濡れるじゃないですか」
「いやだ」
水分を含んで重たくなった服を纏ったまま二人は沈黙する。後ろから抱きしめるホークが今どんな顔をしているのかリメイには分からなかった。
けれど逞しい腕がぎゅっと力を込めるので、リメイが先程まで感じていたイライラも少しずつ落ち着きを見せていった。水面が切なげにちゃぷんっと揺れる。
「なんだっていうんです? 湖になんか飛び込んで」
二人で湯船に浸かるのは出会った時以来だった。ホークが項に顔をすりすりと寄せるので、リメイは優しく問いかける。
「……リメイが」
「私?」
「リメイが何に怒ってるか分からなかった。だからあいつらに聞こうとして」
「あいつらって、湖のあの子たち?」
「あぁ」
リメイはあの小さな生き物たちを思いつつ、ため息を呑み込んだ。自分たちを一瞬で一掃できる力を持った大魔法使いが、突然縄張りに足を踏み入れてきて。それがしかも人生相談ともくれば、あれだけ泣き喚くのも無理はない。
「それで、なにか教えてもらえたの?」
「いや……落ち込んでたら死んだと思われたのか、湖の上まで連れて行かれた」
「それはそれは。大変でしたね」
「大変だった」
「ホークじゃないわよ。湖のあの子たちよ」
今度こそため息がもれて、聞こえたらしいホークの肩がビクリと跳ねた。
「……他にもいたんじゃないんですか? 古い知り合いとか」
リメイの頭の中に、五年前の連絡蝶が舞う中で佇むホークの姿が過る。あの時呟いていた名前は、そう――
「っ、ハン、って人とか……!」
蓋をし続けてきた記憶をそっと開けるように、リメイはホークに尋ねた。この五年間聞きたくても聞けなかった、ホークの“大切な人”という存在について。
緊張からかドキドキと高鳴る胸にリメイは手を当てた。
「ハンは……もういない。俺が十五のときに死んだ」
後ろから抱きしめる腕の力が増して、縋りつくように項に唇を寄せるホークの声はとても掠れていて、リメイははっと顔を上げた。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
【R18】愛するつもりはないと言われましても
レイラ
恋愛
「悪いが君を愛するつもりはない」結婚式の直後、馬車の中でそう告げられてしまった妻のミラベル。そんなことを言われましても、わたくしはしゅきぴのために頑張りますわ!年上の旦那様を籠絡すべく策を巡らせるが、夫のグレンには誰にも言えない秘密があって─?
※この作品は、個人企画『女の子だって溺愛企画』参加作品です。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
グルブランソン国ヘドマン辺境伯の娘であるアルベティーナ。幼い頃から私兵団の訓練に紛れ込んでいた彼女は、王国騎士団の女性騎士に抜擢される。だが、なぜかグルブランソン国の王太子が彼女を婚約者候補にと指名した。婚約者候補から外れたいアルベティーナは、騎士団団長であるルドルフに純潔をもらってくれと言い出す。王族に嫁ぐには処女性が求められるため、それを失えば婚約者候補から外れるだろうと安易に考えたのだ。ルドルフとは何度か仕事を一緒にこなしているため、アルベティーナが家族以外に心を許せる唯一の男性だったのだが――
囚われた姫騎士は熊将軍に愛される
ウサギ卿
恋愛
ラフラン帝国に姫騎士と称された魔法騎士団長がいた。
北方の獣人の治めるチューバッカ王国への進軍の最中思わぬ反撃に遭い、将軍の命により姫騎士率いる部隊は殿を務めていた。
何とか追っ手を躱していくが天より巨大な肉球が襲いかかってくる。
防御結界をも破壊する肉球の衝撃により姫騎士は地に伏してしまう。
獣人の追撃部隊に囲まれ死を覚悟した。
そして薄れゆく意識の中、悲痛を伴う叫び声が耳に届く。
「そこを退けーっ!や、やめろっ!離れろーっ!それは!・・・その者は儂の番だーっ!」
そして囚われた姫騎士ローズマリーはチューバッカ王国にその熊有りと謳われた、ハッグ将軍の下で身体の傷と心の傷を癒していく。
〜これは番に出会えず独り身だった熊獣人と、騎士として育てられ愛を知らなかった侯爵令嬢の物語〜
元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています
一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、
現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。
当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、
彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、
それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、
数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。
そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、
初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
天然王妃は国王陛下に溺愛される~甘く淫らに啼く様~
一ノ瀬 彩音
恋愛
クレイアは天然の王妃であった。
無邪気な笑顔で、その豊満過ぎる胸を押し付けてくるクレイアが可愛くて仕方がない国王。
そんな二人の間に二人の側室が邪魔をする!
果たして国王と王妃は結ばれることが出来るのか!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる