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【第三章】女、愛を知る

男の独白(1)

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 ホークはリメイに言われたことを頭の中で反芻していた。
 夫婦になるということ、それは自分が望んでいた関係に近く、何よりリメイから言ってくれたことがホークは嬉しかった。


「ふふふ。やっぱり面白い、かわいい子」


 泣き疲れて眠ってしまったリメイを片腕で抱いて自室に向かう。隣にあるリメイの部屋から出てきたタマが、ホークの服の裾を噛んだ。


『リメイの部屋はこっちだ。おれが預かる』
「リメイはアタシと寝るの。今日からずっと」
『二十歳からだろう?夫婦になるのは』


 それまでにこやかに笑っていたホークが、目を細めてタマを睨みつけた。


「この駄犬が。聞き耳立ててんじゃねーよ」
『リメイとおれは繋がっているのだから仕方あるまい』
「犬のくせに気持ち悪い言い方するな。消すぞ」
『言っておくが五歳の幼子に恋人よりも深い縁などと言う方が気持ち悪いぞ』
「うるっさいなぁもう。あっち行って」


 言い返すタマにホークはしっしっと手を振る。今度こそ目の前のドアをくぐり、ホーク仕様の大きなベッドに一緒に横たわった。

 窓の外はすっかり明るくなっている。ホークが煩わしそうに指を動かし、小さな《風》を起こしてカーテンを閉めた。タマがリメイの足元に顔を乗せるも、ホークはそれを気にせずリメイの額にかかる髪を梳く。


「この髪の糸で編んだ組紐はさぞ美しいことでしょうね。アタシが欲しいと望めば、お前は作ってくれる?」


 この美しい女をどうしてやろうかと、そればかり考える自分がいた。



「今更だと、思ったのよ」
『何がだ』


 ホークは三百年の間、そのほとんどを一人で生きてきた。もちろん人肌を恋しく思う時期もあったが、それも遠い昔の話。唯一を求めるなど今更なことのように思えてならなかった。


「ハンの遺作を探してここまで来たけど、今となってはリメイに会うために生き長らえてきたように思うわ」
『重たい奴だな。ヒト如きが番を得たとでもいうのか』
「ヒトの闇から生まれた魔獣如きがえらそうなこと言ってんじゃないわよ」


 ホークがふふんっと鼻を鳴らしてリメイの頬に顔を寄せた。


「アタシはこれから、この子と共に老いていくのよ。この子が最期を迎えるときに、アタシもやっと」
『唯一無二の存在と共に生を終えるのか。“神に最も近き者”が』


 ハンバーの遺作についてももう少しで情報が掴めそうなところまで来ている。それらさえ手に入れば、もう長く生きる意味がなくなるのだ。そう思うとホークの体は喜びに震えた。


「この子と過ごす先の人生はかけがえのないものになるわ。ふふ、夢みたい」
『ふん。せいぜい残り六十年か。幸せにしてやれよ』
「分かってるわよ。悔いなんて残さないんだか、ら……?」


 ふとリメイの頭を優しく撫でていた手が止まる。ホークの周りだけ時が止まったかのように動かなくなった。


『どうした』
「今、たかが六十年って言った?」
『それがどうした』


 突然ホークが勢いよく体を起こす。その振動でリメイの肩が跳ねるが、今のホークには知ったことではない。


「え、そんなのいやなんだけど」
『なにが』


 タマがその大きな尻尾でリメイの腹を撫でながら、ホークを怪訝そうに見上げた。


「やっと結ばれて、六十年しか一緒にいられないなんて。アタシ嫌なんだけど」


 ホークにとって、やるべきことさえ果たせばいつ死のうが悔いはないこの命。なのに今、ようやく出会えた唯一の人がたった数十年で寿命を迎えて終えてしまう未来を想像して、初めて死を恐ろしいと感じた。


「だって、悔しいじゃない」


 同じ時代を生きる自分たちが、生ある限りというタイムリミットに縛られながら過ごすなど、《記憶》を司るホークには不愉快極まりなかった。


「リメイの体内記憶をいじればいいのか」
『何を呆けたことを。寿命をいじるなど、リメイが許すわけがない』


 片方が死んだら終わってしまう縁ならば、お互いを死なぬ体にすればいいと思ったが、確かに。リメイなら「終わりがあるから今を大事にできるんですよ」とか真面目なことを言いそうだ。


「そもそもリメイは夫婦になれば俺ら最強、みたいなこと言うけど。それってただの口約束みたいなもんじゃない。ただやることやってるだけの間柄ってことでしょう?」
『今世界中の夫婦の奴らを敵に回したぞ、って、おい。どこへ行く』


 突然立ち上がって足早に自室を出て行くホークの後ろを、タマが追いかける。二つの巨体がドシドシと音を立てながら向かった先は書斎だった。
 ホークはその部屋の一番奥の、それも一番上の棚の端においてある本を手に取る。


『なんだ、それは』
「まぁ見てなさい」


 深緑色のその本に魔力を流すと、本が棚の中へ埋め込まれ、家のどこかで大きく軋んだ音がした。辺りを注意深く観察するタマの足元で、書斎の床がゆっくりと真っ二つに割れていく。思わず唸り声を上げたタマをホークが片手で制した。 

 ものの数秒で床が開き、覗き込むと階段が見えた。


『……ここ、二階だったよな?』
「細かいことは気にしな~い」


 カツカツと踵を鳴らしながらホークとタマが降りていくと、通り過ぎる直前で階段横の蝋燭に火が灯り、順々に中を明るく照らされていった。


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