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【第五章】皆、覚悟を決める
師匠の遺作(1)
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『リメイ。本当に行くのか』
「行くわ。だって――」
時計台の屋根の上に二つの影。一つは銀色の長い髪を靡かせ、もう一つは狼のような牙と爪を持っていた。
「私の半身を……取り返すのよ」
それは覚悟を決めた女の声だった。一人と一頭の間を潮の匂いのする風が吹き抜ける。
話は数時間前に遡る。いつもより早い朝食を共に取る中でのホークの一言が、すべての始まりだった。
「……時計台?」
「そう。古い記録を遡っていたら、ハンがあの町の時計台の建築に少し携わっていたことが分かったわ」
「なら中にあるぜんまい仕掛けが?」
「全てではないにしろ、可能性はあるわね」
ホークの師匠であるハンバー・ホーク。
その人が生前趣味で作り上げてきた金物類を、ホークは三百年かけて集め続けてきていた。
有償依頼を受けて作った刀や、親しい人に無償であげたドアの金具、そして“これで作れば美味しいシチューができる”との評判が王都にまで届くことになった鉄鍋など、数で言えばすでに数万個以上ある。
「一年に一度町で開かれる大きな祭りが今日行われるわ。そこで開放される時計台に登って、見て来てほしいの」
「それはもちろん構いませんが……万が一ハンバーお師匠の作られたぜんまいがあったら、どうしますか?」
「そこが問題なのよね~」
手にしていたスプーンをくるくる回しながらホークがため息をつく。
ホークはこれまでハンバーの遺作を回収する際に、持ち主の《記憶》を操作してきた。代用品を用意したり、そもそも所持していなかったことにしたり――たまに《記憶》操作を忘れて盗難の烙印を押されることもあったが、それでもホークなりにできることをしながら丁寧に人と関わってきた。しかし、今回の時計台の仕掛けとなれば話は別である。
「時計が壊れることのないように、精巧に同じものを完璧に作り出せる時計職人の協力が必要……ということですか?」
「そういうこと。まぁ塔そのものを壊せば楽でいいけど、どこまで人の《記憶》を修正すればいいか考えただけで嫌気がさすわ」
「まさか壊す事まで過ぎっているとは思いませんでしたけど」
突拍子もないことを言い出すホークに、リメイは呆れた顔を見せた。
(海から時計台を見上げる伯爵も、時計が動かなくなったとなればきっと気落ちされるわ)
「まぁとにかく。リメイは今日、ハンの遺作がいくつあってどういったものかを、よぉ~く観察してきてちょうだい」
「はぁ」
「アタシたちには時間がたっぷりあるんだから。また来年以降ゆっくり回収すればいいのよ」
悠長なことを言うホークに、リメイはピクリと体を強張らせた。
ホークはリメイと終古の契を結んで以降、今後の未来について話すことが増えた。二人でやりたいことや行きたいところなどを語り、それを叶えるには長い年月を要するものもあった。
(時間があるのは、ホークだけでしょう?)
命も時間も永遠のものではない。なによりリメイは、先に寿命を終える自分の後に残されるホークを思うと、これ以上長生きさせるわけには行かないと思っていた。
(愛されている自覚はある。だからこそ、この寂しがりやを一人にできない)
二人が結ばれたあの日から、リメイはホークが抱く“リメイに対する執着”を一身に受けてきた。自分を片時も離さないでいようとするホークが、リメイの死後その執着を簡単にどうこうできるとは到底思えなかったのだ。
(私が死ぬまでに、なんとかしないと)
「リメイ? どうしたの?」
「っ……いえ。ホークはどうするんですか?」
「アタシはもう一つの心当たりに行ってくるわ」
「もう一つ? それはどこに」
「王宮よ」
「…………え?」
その時リメイの胸を過ぎったものは焦燥か不安か。どちらにせよ、気分の良いものではなかった。
「行くわ。だって――」
時計台の屋根の上に二つの影。一つは銀色の長い髪を靡かせ、もう一つは狼のような牙と爪を持っていた。
「私の半身を……取り返すのよ」
それは覚悟を決めた女の声だった。一人と一頭の間を潮の匂いのする風が吹き抜ける。
話は数時間前に遡る。いつもより早い朝食を共に取る中でのホークの一言が、すべての始まりだった。
「……時計台?」
「そう。古い記録を遡っていたら、ハンがあの町の時計台の建築に少し携わっていたことが分かったわ」
「なら中にあるぜんまい仕掛けが?」
「全てではないにしろ、可能性はあるわね」
ホークの師匠であるハンバー・ホーク。
その人が生前趣味で作り上げてきた金物類を、ホークは三百年かけて集め続けてきていた。
有償依頼を受けて作った刀や、親しい人に無償であげたドアの金具、そして“これで作れば美味しいシチューができる”との評判が王都にまで届くことになった鉄鍋など、数で言えばすでに数万個以上ある。
「一年に一度町で開かれる大きな祭りが今日行われるわ。そこで開放される時計台に登って、見て来てほしいの」
「それはもちろん構いませんが……万が一ハンバーお師匠の作られたぜんまいがあったら、どうしますか?」
「そこが問題なのよね~」
手にしていたスプーンをくるくる回しながらホークがため息をつく。
ホークはこれまでハンバーの遺作を回収する際に、持ち主の《記憶》を操作してきた。代用品を用意したり、そもそも所持していなかったことにしたり――たまに《記憶》操作を忘れて盗難の烙印を押されることもあったが、それでもホークなりにできることをしながら丁寧に人と関わってきた。しかし、今回の時計台の仕掛けとなれば話は別である。
「時計が壊れることのないように、精巧に同じものを完璧に作り出せる時計職人の協力が必要……ということですか?」
「そういうこと。まぁ塔そのものを壊せば楽でいいけど、どこまで人の《記憶》を修正すればいいか考えただけで嫌気がさすわ」
「まさか壊す事まで過ぎっているとは思いませんでしたけど」
突拍子もないことを言い出すホークに、リメイは呆れた顔を見せた。
(海から時計台を見上げる伯爵も、時計が動かなくなったとなればきっと気落ちされるわ)
「まぁとにかく。リメイは今日、ハンの遺作がいくつあってどういったものかを、よぉ~く観察してきてちょうだい」
「はぁ」
「アタシたちには時間がたっぷりあるんだから。また来年以降ゆっくり回収すればいいのよ」
悠長なことを言うホークに、リメイはピクリと体を強張らせた。
ホークはリメイと終古の契を結んで以降、今後の未来について話すことが増えた。二人でやりたいことや行きたいところなどを語り、それを叶えるには長い年月を要するものもあった。
(時間があるのは、ホークだけでしょう?)
命も時間も永遠のものではない。なによりリメイは、先に寿命を終える自分の後に残されるホークを思うと、これ以上長生きさせるわけには行かないと思っていた。
(愛されている自覚はある。だからこそ、この寂しがりやを一人にできない)
二人が結ばれたあの日から、リメイはホークが抱く“リメイに対する執着”を一身に受けてきた。自分を片時も離さないでいようとするホークが、リメイの死後その執着を簡単にどうこうできるとは到底思えなかったのだ。
(私が死ぬまでに、なんとかしないと)
「リメイ? どうしたの?」
「っ……いえ。ホークはどうするんですか?」
「アタシはもう一つの心当たりに行ってくるわ」
「もう一つ? それはどこに」
「王宮よ」
「…………え?」
その時リメイの胸を過ぎったものは焦燥か不安か。どちらにせよ、気分の良いものではなかった。
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