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【第五章】皆、覚悟を決める

狙いはただ一つ(1)

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「聞けるわけないわよね~。“リメイ、あんた髪紐どうしたの?” な~んて」


 空間の《記憶》をいじって王都へひとっ飛びしたホークは、大きくため息をつく。


「家の周りには結界があるのよ。アタシかリメイの魔力しか超えられない。王の連絡鳥如きが入り込んで来ていい場所じゃないの」


 歩きながら体の形を変えていくホークを、すれ違う人間が振り返って見つめた。しかしすぐはっとしたように前を向いて歩き出す。ホークの魔術によって脳の《記憶》が操作されたのだ。


「リメイがあたしを裏切ることはない。つまりは王がリメイの魔力を手にしているということ」


 仕上げにリメイの髪で組まれた紐をしゅるしゅると髪に巻いて高い位置で結ぶ。リメイの言う“グラマラスな美女”の完成だ。

 カツンと靴の踵を鳴り響かせる。王宮の周りで栄える城下町に通ずる橋の上で、ホークは高くそびえ立つ城を睨み上げた。


「ったく、誰にあの髪紐をやったのよ。うちのお嬢様は」


 お人好しのリメイのことだ。何か理由があってのことだろう。しかし事実それをエサにホークを呼び出したのだから、今代の王もなかなかいけ好かないことをしてくれる。


「リメイのものはあたしのものよ。返してもらわなきゃ、ね」


 その呟きを最後に、橋の上からホークの姿が消えた。



     ◇◇◇



……バーンッ!


「はぁ~い、みんな元気ぃ~?」


 ホークが威勢よくドアを開けた先は騎士団の訓練場だった。中には多くの騎士たちが剣を片手に汗水を垂らしながら鍛錬に励んでいる。


「な、っ し、侵入者……っ!?」
「はいは~い。おねんねしててね~」


 目の前で倒れ込む男をホークが足で蹴り飛ばす。ホークの周りは塵一つ寄せ付けない結界が張られていて、飛ばされた騎士の汗すらその身に触れることはなかった。


「お、お前は!」
「黒髪の女……こいつが大魔法使いサルーンか!」
「侵入者だ! 長官に連絡を! 剣を取れ!」


 ざわつく場内にホークはしっしっと手を払う。


「あーあーうるさいわねぇ~。ガタイのいい男は嫌いじゃないけど、今もこれからも半身にしか興味ないのよね。これって契のおかげ? それとも愛ってやつ?」


 ホークが顎に手を当て首を傾げるも、周りの騎士たちが答えるわけもなく。勇敢な一人が飛びかかり、続いた他の者たちも一斉にホークに向かって走り出した。


「は~い、ストップ」


 しかしホークのかざされた右手から出た竜巻に、騎士たちは翻弄される。体に巻き付いた風によってあっという間に自由を奪われてしまった。


「用があるのは一人だけよ。うちの可愛い弟子を誑かしてくれた愚か者に会いたいの。どこにいるのかしら?」


 大勢いる騎士たちは誰一人答えられないまま、中には呼吸が伴わず気を失う者もいた。騎士たちの鍛え抜かれた体をミシミシと締め上げながら、その間もホークは目を凝らす。


(おかしい。ここが一番あの子の匂いを放っていたのに。今はまるで感じない)


 宛が外れたかと思った、その時――


「っ!」


 勢いよく飛び上がったホークが天井に足をつけて逆立ちのまま地面を見下ろす。先程まで立っていた場所は大きく削り取られていた。


「ははっ、すっごい剣技。やるわねぇ~。どこのどいつ、よ……っ!」


 またしても竜巻の合間を縫って身を切るような風が迫ってきた。ホークは体をねじってそれを躱し床に降りる。


「……よくもまぁ、あたしの後ろを取れたものね」


 降り立った先では後ろから回り込んできた腕がホークの首に鋭い刃を突きつけてきた。
 後ろにいる者は一言も話さない。あの床も天井も切り裂くほどの剣技と、それを繰り出せるほどの腕の力だ。ここにいるような騎士たちよりも随分優れていて、階級も上であることは容易に想像できた。


「残念だけど、あたしの周りには魔術で結界が張ってあるの。どんなに鋭い刃でもこの首は落とせないわよ」
「分かっている。だからお前には特別な場所を用意した」
「はぁ? 何言っ……っ!」


 男の低い声がそう言った瞬間、ホークの首に押し当てられていた剣が二人の足元の床を貫いた。ボロボロと崩れ落ちる床と共に、ホークとその男も落ちていく。

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