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【第五章】皆、覚悟を決める
約束と期待(1)
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時計台のてっぺんでリメイは遠く霞む海を見つめた。
曇り空に霞がかった視界は見晴らし最悪で。以前タマと共にここまで登った時とは大違いだった。
それに今は舐め回すようにこちらを見つめるアリエルが後ろに控えている。振り返ってじとっと睨みあげてから、リメイはもう一度目の前を見据えた。
『リメイ……本当に行くのか』
「行くわ。だって」
リメイは水獣を倒さなければならない。でなければ、フォーデン伯爵領が水獣に呑まれてしまう。
己の故郷のために己が戦わずしてどうする。リメイは闘志に燃えていた。そしてなにより――
「私の半身を、取り返すのよ」
覚悟のできた深藍の瞳に、揺らぎなどなかった。
「無事終えたら、ここで《かちどき》をあげたいわね……あ」
『なんともかわいい文字だな』
ポヨンっと宙に浮かんだ《かちどき》のポップ体をリメイは仕方なく塔のてっぺんに縄で括り付けた。
ちょっと可愛げがありすぎるが、確かに少し士気が高まったかもしれない。自分だけ。
「なんだ、それは」
「ほんとは勝負に勝ってからあげるものなんだけど……まぁ、いいわよね?」
一人首を傾げるリメイにため息をついたアリエルが姿勢を正して言い放つ。
「これより、手練の魔術師と騎士団で隊を組む。お前もそこに参加しろ」
「一つだけ、条件があるわ」
「なんだ」
リメイは毅然とした態度を見せる。覚悟は決まっているのだ。あとは遂行するのみ。
「私を、その隊の隊長に任じなさい」
(ごめんなさい、ホーク。私ちょっとこれから無茶をするわ)
背中の紋様が熱く揺らぐのを感じた。
◇◇◇
それより数刻後、リメイはフォーデン伯爵領へ辿り着いた。
リメイ一人ならばひとっ飛びできる距離をアリエルと共に馬車で揺られながらやってきた旅路は快適とは程遠く。リメイはすでに心身ともに疲労困憊だった。
懐かしい伯爵領は自身の知る時から大きく変わった様子はない。ざわめく胸を抑えながら、リメイはかつて伯爵と涙の別れをした門を潜った。
「またここに来るとはね」
「以前にも来たことがあるのか?」
「もう二度と来るつもりはなかったのよ」
“大義を果たしなさい”と泣きじゃくって叫んだかつての男の姿が蘇る。当時期待されていた道をこれまでリメイは歩んでこなかった。
(大切なものを守るために、ここまで来たのよ)
全ては自分のため。ぎゅっと拳を握りこんだ。
馬車が停まって外から扉が開けられる。総統の後に続いて立ち上がると不意に手が差し出され、アリエルの物ではないそれに自身の手を添えてドアを潜り抜けた。
夕陽が眩しく、薄目を開けたその前には見知った人がいてリメイは息を呑む。かつての頃より変わらない、伯爵に仕え伯爵の右腕とも言えるフォーデン伯爵家執事長がいた。
「お待ちしておりました。総統閣下、魔術師殿」
懐かしい顔は記憶よりも年老いていて、離れていた年月を嫌でも感じさせる。しかし伯爵といい執事といい流石は海の男といえるか、その屈強な体はどれだけの年月が経とうとも衰えを見せてはいなかった。
「こちらが今回の任務、水獣討伐にあたる魔術師部隊、その隊長の魔術師です。我々騎士団も共に戦います」
魔術師として紹介されることは予めリメイにも伝えられていた。「国の総統として、魔法使いに助力を頼むことなど到底許し難いことだ」と苦々しい顔で言い放ったアリエルの顔を思い出しつつも、リメイは表情に出さないようにする。
背筋を正し敬礼の姿を見せるアリエルに倣って、リメイも礼の姿勢を執る。執事も腰を折って頭を下げた。
その時前からカツカツと踵を鳴らす音が聞こえて、リメイは俯きながら目を開けた。
「これは総統閣下。我が領地の者も共に戦いますので、どうかご指示を」
「いえ。領民の皆様には一刻も早い避難を。その誘導をフォーデン伯爵にはお願いしたく」
「承知いたしました」
伯爵とアリエルの会話を聞きながら、頭を垂れたままのリメイは心臓の音を鳴り止ませようと必死だった。
曇り空に霞がかった視界は見晴らし最悪で。以前タマと共にここまで登った時とは大違いだった。
それに今は舐め回すようにこちらを見つめるアリエルが後ろに控えている。振り返ってじとっと睨みあげてから、リメイはもう一度目の前を見据えた。
『リメイ……本当に行くのか』
「行くわ。だって」
リメイは水獣を倒さなければならない。でなければ、フォーデン伯爵領が水獣に呑まれてしまう。
己の故郷のために己が戦わずしてどうする。リメイは闘志に燃えていた。そしてなにより――
「私の半身を、取り返すのよ」
覚悟のできた深藍の瞳に、揺らぎなどなかった。
「無事終えたら、ここで《かちどき》をあげたいわね……あ」
『なんともかわいい文字だな』
ポヨンっと宙に浮かんだ《かちどき》のポップ体をリメイは仕方なく塔のてっぺんに縄で括り付けた。
ちょっと可愛げがありすぎるが、確かに少し士気が高まったかもしれない。自分だけ。
「なんだ、それは」
「ほんとは勝負に勝ってからあげるものなんだけど……まぁ、いいわよね?」
一人首を傾げるリメイにため息をついたアリエルが姿勢を正して言い放つ。
「これより、手練の魔術師と騎士団で隊を組む。お前もそこに参加しろ」
「一つだけ、条件があるわ」
「なんだ」
リメイは毅然とした態度を見せる。覚悟は決まっているのだ。あとは遂行するのみ。
「私を、その隊の隊長に任じなさい」
(ごめんなさい、ホーク。私ちょっとこれから無茶をするわ)
背中の紋様が熱く揺らぐのを感じた。
◇◇◇
それより数刻後、リメイはフォーデン伯爵領へ辿り着いた。
リメイ一人ならばひとっ飛びできる距離をアリエルと共に馬車で揺られながらやってきた旅路は快適とは程遠く。リメイはすでに心身ともに疲労困憊だった。
懐かしい伯爵領は自身の知る時から大きく変わった様子はない。ざわめく胸を抑えながら、リメイはかつて伯爵と涙の別れをした門を潜った。
「またここに来るとはね」
「以前にも来たことがあるのか?」
「もう二度と来るつもりはなかったのよ」
“大義を果たしなさい”と泣きじゃくって叫んだかつての男の姿が蘇る。当時期待されていた道をこれまでリメイは歩んでこなかった。
(大切なものを守るために、ここまで来たのよ)
全ては自分のため。ぎゅっと拳を握りこんだ。
馬車が停まって外から扉が開けられる。総統の後に続いて立ち上がると不意に手が差し出され、アリエルの物ではないそれに自身の手を添えてドアを潜り抜けた。
夕陽が眩しく、薄目を開けたその前には見知った人がいてリメイは息を呑む。かつての頃より変わらない、伯爵に仕え伯爵の右腕とも言えるフォーデン伯爵家執事長がいた。
「お待ちしておりました。総統閣下、魔術師殿」
懐かしい顔は記憶よりも年老いていて、離れていた年月を嫌でも感じさせる。しかし伯爵といい執事といい流石は海の男といえるか、その屈強な体はどれだけの年月が経とうとも衰えを見せてはいなかった。
「こちらが今回の任務、水獣討伐にあたる魔術師部隊、その隊長の魔術師です。我々騎士団も共に戦います」
魔術師として紹介されることは予めリメイにも伝えられていた。「国の総統として、魔法使いに助力を頼むことなど到底許し難いことだ」と苦々しい顔で言い放ったアリエルの顔を思い出しつつも、リメイは表情に出さないようにする。
背筋を正し敬礼の姿を見せるアリエルに倣って、リメイも礼の姿勢を執る。執事も腰を折って頭を下げた。
その時前からカツカツと踵を鳴らす音が聞こえて、リメイは俯きながら目を開けた。
「これは総統閣下。我が領地の者も共に戦いますので、どうかご指示を」
「いえ。領民の皆様には一刻も早い避難を。その誘導をフォーデン伯爵にはお願いしたく」
「承知いたしました」
伯爵とアリエルの会話を聞きながら、頭を垂れたままのリメイは心臓の音を鳴り止ませようと必死だった。
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