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【第五章】皆、覚悟を決める

各々の覚悟(1)

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 水獣の群れはリメイを飲み込んだ後、これまでのひらがなの壁への攻撃をピタリと止め、今はその壁の前でゆらゆらと揺らめいていた。


「お嬢様よ! お嬢様だわ!」


 リメイの出した《ふ》に跨って飛んでいたマリィが、腕に抱えた少年と共に地上へ降り立つ。マリィの悲痛な叫び声に周りの漁師たちも首を傾げている。


「ま、マリィさん。何を言って」
「お嬢様って?」
「お館様に子はおられないはず」


 ざわざわとどよめく周囲には目もくれず、マリィは少年を一人の漁師に預け伯爵の元へ駆け寄った。


「っ、旦那様! お、お嬢様が!」
「落ち着きなさい、マリィ。分かっておる」


 泣きじゃくるマリィの肩に手を触れ、宥める伯爵の顔は苦渋に満ちていた。自分を庇って一人飲まれていったリメイに、悔しさ以上の何を感じようか。


 首を傾げる漁師たちに伯爵が声をかけようとした時、頭上でまた何かが落ちてくる音がした。


ドポンッ


『くそが』
「なっ! お、お前は! ダッヂ!?」


 ギャーっと叫ぶ男共の声にタマは益々苛立ちを募らせる。
 飲み込まれていくリメイの腕を寸で噛み、共に取り込まれたその身は水獣によって外へ放り出されてしまった。タマがぐるるっと呻きながら忌々しげに揺らめく群れを睨みあげている。


 タマの様子をアリエルも苦い顔をして見ていた。左手で腰の組紐に触れる。さらりと撫でてからぎゅっと剣を握った。


「皆さん落ち着いて。この者はすでに服従されています」
『ガキが。お前こそおれたちを殺すつもりであったくせに』


 タマが殺気を漂わせ睨みつけるもアリエルはふいっと顔を背ける。伯爵に向けて深々と礼をとった後、指揮をとるため靴の踵を鳴らして去っていった。


「タマ殿、と言ったか。娘がよく世話になっている」


 タマの見上げた先にはこの国一番の屈強な男、フォーデン伯爵その人が慈愛に満ちた眼差しでタマを見つめていた。


『お前、リメイの』
「いかにも。いや、今やそうであったと言うべきか」
『なるほどな。だからリメイは』


 タマの方から伯爵に近寄る。その腰に鼻先を寄せ服の裾に噛み付いた。


『お前を守れとリメイからの言伝だ』
「あの子が? あの子は無事なのか!?」
『生きている。だからこのひらがなの壁も壊れていないだろう?』


 呆れたように息をついてから壁を見つめるタマに、今度はマリィが縋りついた。


「お、お嬢様は無事なのですか!? お、お怪我などなさっては!」
『女よ、おれに触れるな喚くな。安心しろ、リメイは無事だ。命に関わる怪我もしていない』
「あぁ! よかったっ!」


 うわーんと泣くマリィを払い落とし、タマはもう一度水の塊を睨みつける。


『リメイは一人中で戦っている。俺さえ弾かれるほどだ、凄まじい力よ』


 ぐるるっと喉を鳴らして鼻をひくつかせるタマに倣って、伯爵もひらがなの壁を見上げた。リメイが頑張って繋いでくれた今こそ、なにかできることはないかと海の男は考える。


ドプン……トポン……


 するとひらがなの壁の一部が丸く開いて、水の兵士が飛び降りてきた。
 その襲来に壁の中にも緊張が走る。


『しかし限界も来る。このままではリメイの魔力も枯渇する。待っているのは死だ』
「そんなっ」


 少しずつ入り込んできて数を増やしていく水の兵士に、騎士や魔術師そして海の男たち誰もが戦った。


「誰か……誰か娘を助けられる者はおらぬのか」


 自分が身代わりになれたらどんなによかったか。自分が飛び込んで助け出せるのなら、この身に変えても守り抜くのに。そう心の内で叫ぶ伯爵は歯がゆそうに唇を噛んだ。



『……一人、いる。リメイの半身だ』


 タマが囁くように呟いた声を伯爵は聞き逃しなどしなかった。


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