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【第二章】少女、友を得る

師匠と弟子(1)

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 雲一つない空に、済んだ山の空気。

 目の前にはこの二年でようやっと実りを遂げるようになってきた小さな野菜たち。

 土に塗れた手をそっと太陽に翳して、リメイはほぅっと息を吐く。

 今日も平穏な一日になりますようにと願いながら。


「あ~! いたいた、リメイ~!」


 リメイが畑の前で額の汗を拭っていると、後ろから甲高い声が聞こえた。振り返らずとも分かる。この声はあの“グラマラスな美女”に扮したホークだ。


「お戻りでしたか」
「え~なにその言い方~つめた~い! どうせなら小首を傾げて『おかえりなさいませ、師匠っ!』って可愛く言いなさいよぉ」


 師弟の契を結び、リメイがホークの家で過ごし始めてからおよそ七年。顔に幼さは残すものの、手足はスラリと伸び、美しい少女へと成長していた。


「……」
「やっだ。何怒ってるのよ」
「別に。ただ長らく家を空けておいて、《ただいま》も言わない人に割く可愛さなんて私にはありません」


 背中まで伸びた銀色の髪を払いながら、リメイは《ただいま》のひらがなゴシック体の文字を宙に放つ。
 この七年の間に自由自在に出せるようになったそれに、ホークはニンマリと笑ってみせた。


「え、なになに? 冷たいって言ったこと引きずってんの? やっだぁ~! 可愛いとこもあるじゃないの~!」


 ぎゅうっと抱きついてきて肌が削り取れそうな程頬擦りをしてくるホークに、リメイはムスッとした顔を見せる。


 それもそのはず、リメイがホークの姿を見たのは今日で実に半年ぶりのことであった。それも詳しくは明かさない“魔法使いの仕事”という理由で――


「あたしがいない間も、ちゃんと修行もしてたみたいね。えらいわ~」


 リメイがここに来て数ヶ月が経った頃、「もう暮らしには慣れたわよね?」と一言告げたホークは約三ヶ月の間姿を消した。
 それがいくら仕事とはいえなんの連絡もなしに行方をくらますのは非常識だと、当時五歳のリメイがコンコンとホークに説教したのも記憶に新しい。


「この半年の間、コツコツ頑張りましたから」
「やぁね、拗ねないでちょうだい。ちゃんと使い魔を寄越したでしょう?」


 ホークが長期間家を開ける時は、必ず一頭の使い魔が食料や日用品を届けてくれた。
 それ以外に森の中にも食べ物はあるので食うに困ることはなかったが、やはり言伝一つ残さないホークにリメイは呆れてしまっていた。


「さぁて。あたしの可愛い弟子は、師匠の言いつけをちゃ~んと守ってたかしら?」


 ホークが不在の間に言いつけられていたことは全部で三つ。

 一つ目は毎日欠かさず筋トレと修行を行うこと。
 二つ目は一日二十冊の本を読むこと。
 そして三つ目こそホークが最も気にする約束。それは――


「もちろんです。ホークの結界の外には出ていません」


 山奥のとある開けた場所に建つこの家と周りの山、それから暫く歩いた先にある川のほとりまでホークは結界を張っていた。
 それはリメイにとって害のある外の人間や魔獣に見つからないためのもので、リメイはその言いつけを忠実に守りながら生活していた。


「そう。よかったわ」
「他の二つも、ちゃんとこなしました」
「他はいいのよ。結界から出なければね」


(自分は仕事だのなんだの、好き勝手出かけて自由奔放なくせに)


 そう思いながらも、リメイは行動制限を強いるホークの言いつけを忠実に守った。
 十二歳にして精神年齢はアラフォーに差し掛かろうとするリメイにとっては、好奇心よりも安全が勝るというもの。わざわざ言いつけを破って守りの結界のない危険な場所へ赴く必要はなかった。



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