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【第二章】少女、友を得る

魔獣と希望(1)

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 リメイは走った。
 とにかく足を動かして森の中を駆け巡った。
 その後ろを大型魔獣がよだれを撒き散らしながら追いかけてくる。


ガウゥゥゥゥゥ!


「わ、分かる! あのクマ私を見て『うまそう』って言ってるぅぅ!」


 どうか食べないでほしい、と願いながらも既にリメイは半泣きの状態だ。
 しかし止まるわけにはいかない。途中狭い木々の間を滑り抜けたり、横倒しになった幹の下を潜ったりして、大型魔獣の行く手を少しずつ阻みながら、なんとか距離を稼ぐ。


「ーーっ、痛い!」


 どこかに隠れようかと木々の隙間で立ち止まった時、小さな木の枝にリメイの長い銀色の髪が引っかかった。
 それは毛先のほんの僅かなことなのになかなか解けない。


ガウゥゥッ……


「っ!」


 そうこうしている間にも、せっかく距離を稼いだはずの大型魔獣が近くに現れた。
 あちらからリメイの姿は見えていないだろうが、この茂みが見つかるのも時間の問題だろう。


(なんでこの髪取れないの!?)


 髪を千切る覚悟で引っ張っても取れることはない。
 それなら、と引っかかった束を噛んでみても、リメイの美しい銀色の髪はびくともしなかった。


グウゥゥゥッ……グワァウッ!



「っ、しまった!」


 解けもせず切れもしない髪にリメイが悪戦苦闘していると、大型魔獣もこちらに気づき威嚇してくる。
 焦ったリメイはもう一度力任せに髪を引っ張った。


バキッ……


「ーーっ、え?」


 それは音を立てて切れたのでリメイは勢いよく尻もちをつく。しかしその音はどうにも髪が千切れた音とは思えなくて――


「な、なんで枝が折れてっ」


 胸元でふよふよとたゆたうのは切れた髪ではなく、引っかかったままの枝だった。髪を引きちぎる勢いで引っ張ったが、根負けしたのは枝の方だったらしい。


「私ってそんなに剛毛だった、の……っ!」


 それを不思議に思う間もなく、大型魔獣が飛びかかってきたのでリメイは寸で避ける。
 木々を掻き分け幾分か走った頃、目の前に現れた大きな木に登ってようやく息を整えた。


 落ち着いて結び目を解き、取り外した枝をぽいっと放り投げる。


「はぁ……はぁ……これからどうしよう」


 ちょっと、落ち着いて考えよう。

 そもそもの話、どうしてホークの結界内に大型魔獣がいるのか。
 結界とはリメイが害のある魔術師や魔獣に襲われないようかけられた、ホークの守りが及ぶ場所であったはず。ちょっと前まで低級魔獣がいた湖すら範囲外だった結界内でぬくぬくと過ごしていた身としては、突然のサバイバルに加えて大型魔獣を相手にするなど、タマさんとの対決どころではない。

 今も唯一スムーズにできるようになった木登りのおかげで難を逃れているが、それも時間の問題だろう。


「はぁ……これもタマさんとの筋トレのおかげ」


 そう思い出すと、リメイはあの柔らかな毛並みを持つ獣が恋しくなった。
 獄級? 危険な人食い魔獣?
 だけどタマは、タマだ。いつも優しく、暖かく見守ってくれたタマ。


「うぅ……タマさんに、会いたい」


 一緒に筋トレをしていた頃が懐かしい。水浴びに出かけるタマを見送ったのが最後になってしまうなんて、そんなの寂しいにも程がある。

 リメイは木の上でお山座りをしながらぐすんっと鼻を鳴らした。しかし、リメイの試練はまだ終わらない。


ガサガサッ……


「っ!」


 近くの茂みで音がなる。リメイは涙を拭って大きく深呼吸をする。


(っ……泣いてはだめだ。魔獣だろうとタマさんだろうと、戦うと決めたのだから……)


 リメイはいつでも《ひらがな》が出せるように心の準備をする。


ガサガサッ!


 リメイが飛び降りようとしたその時、草むらから現れたのは一匹の……いやこれは、そう、一人の騎士――


「って、え、あ、ええ?」
「ん、は……? え、こ、子どもぉぉ!?」


 木の上でバランスを大きく崩したリメイは、驚きの声を隠せないまま地面へと真っ逆さまに落ちていった。


(し、死んじゃぅぅ!)


 迫りくる地面に思わずぎゅっと目を閉じる。


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