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【第二章】少女、友を得る
蝶と花の蜜(1)
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(ホークのお師匠様のこと、聞いてもいいかしら)
リメイが畑に歩みを進めていると、風にのって話し声が聞こえてきた。
「……ホーク?」
か細く消え入りそうなその声にリメイは駆け寄ろうとする。しかし突然リメイの目の前が霞に覆われて思わず目を細め、歩みを止めた。
「これは、星? いや、砂みたいな」
それは星砂のようで、辺り一帯にさらさらと漂っていた。月明かりを浴びてチカチカ光るそれらにリメイは目を奪われる。
あまり夜に外へ出ることはなかったから、これが小さな虫のような生き物なのか。あるいは前世でいうオーロラのような、とある条件下でのみ生まれる現象なのか。リメイにはどうも判別できなかった。
しかし美しい光景であることに変わりなく、リメイは手を伸ばしてそっと近づいた。
「……――」
それは本当に小さな音で、リメイが踏み鳴らした草の擦れる音にさえかき消されそうな声だった。リメイはピタッと動くのを止める。
(これ……ホークの声じゃない)
かと言ってグリナルの声でもなく、聞いたことのないそれにリメイは首を傾げた。
(他に誰かいるの?)
畑の隣にある小屋の影からリメイはそっと覗き込む。そこにはキラキラと輝く星砂の中で、それらをまるで浴びるように両手を広げて目を閉じるホークがいた。
「っ!」
ホークは散らばる星砂のせいかリメイには気づいていないようで、静かに何かと語らっているようだった。
その時リメイの目の前を不意に一匹の蝶が舞った。それらはもっとたくさんいて、ホークの周りを踊るように舞っている。それでいて少し体が透けていて、とても美しい蝶だった。
(これは星砂じゃない。あの蝶の鱗粉だ)
キラキラと月の光を反射させるそれらは、蝶が舞う度辺りにサラサラと降り注いでいた。
〈ーーーーーー…〉
また声が聞こえた。
声の主を探すも、畑にはホークしかいない。
(まさかあの蝶が喋るわけ……っそうか、これは)
リメイは急いで頭の中の引き出しを探る。ホークの書斎で数年前に読み直したもので、当時やってみたいとは思いつつも、自分にはできないと諦めた魔法。
(“連絡蝶”だ……!)
それは古い魔法で、今もなお好んで使われる“連絡蝶(れんらくちょう)”という通信手段だった。
それは魔法で作った同じ花をお互いに持ち合い、その蜜を頼りに魔力で練り上げた蝶を遣わせ言伝をするものだ。その花さえ持っていればどれだけ離れていようとも蝶は蜜を頼りにやってくる。
それは主に、家族や恋人など最も親しい人との交流手段の一つとされていた。
(親しい人……)
家族も恋人もいないリメイには蝶を遣わす機会などない。もちろんホークに頼めばやってくれたかもしれないが、お互いの魔力を合わせて作った同じ花を師匠と持つなんて、リメイには少し恥ずかしかったのだ。
(でもまさか、ホークがやり取りしている連絡蝶を見られるなんて)
親愛なる人との言葉だけの逢瀬に、他人が入り込んでいいわけがない。リメイはそうっと振り返ってこの場を後にすることにした。
しかし不意に頭を過ぎった疑問が、リメイの動きを止める。
(もう何百年と生きているホークに家族はいないはず……なら)
送り主は、恋人なのだろうか。
ドクドクと煩く鳴る鼓動に胸を押さえ、リメイはもう一度ホークを見る。
透けた蝶がホークの周りを舞うように飛んでいて、もう一度何かを呟いてからゆらゆらと消えていった。辺りには鱗粉だけが残されて、その中でホークはようやく目を開ける。手の平に持った瓶の蓋を開けて、鱗粉を導くように集めていった。
(連絡蝶はその鱗粉を集め保管しておけば、いつでも聞き直せる……これは昔受け取った言伝ってこと……?)
リメイが畑に歩みを進めていると、風にのって話し声が聞こえてきた。
「……ホーク?」
か細く消え入りそうなその声にリメイは駆け寄ろうとする。しかし突然リメイの目の前が霞に覆われて思わず目を細め、歩みを止めた。
「これは、星? いや、砂みたいな」
それは星砂のようで、辺り一帯にさらさらと漂っていた。月明かりを浴びてチカチカ光るそれらにリメイは目を奪われる。
あまり夜に外へ出ることはなかったから、これが小さな虫のような生き物なのか。あるいは前世でいうオーロラのような、とある条件下でのみ生まれる現象なのか。リメイにはどうも判別できなかった。
しかし美しい光景であることに変わりなく、リメイは手を伸ばしてそっと近づいた。
「……――」
それは本当に小さな音で、リメイが踏み鳴らした草の擦れる音にさえかき消されそうな声だった。リメイはピタッと動くのを止める。
(これ……ホークの声じゃない)
かと言ってグリナルの声でもなく、聞いたことのないそれにリメイは首を傾げた。
(他に誰かいるの?)
畑の隣にある小屋の影からリメイはそっと覗き込む。そこにはキラキラと輝く星砂の中で、それらをまるで浴びるように両手を広げて目を閉じるホークがいた。
「っ!」
ホークは散らばる星砂のせいかリメイには気づいていないようで、静かに何かと語らっているようだった。
その時リメイの目の前を不意に一匹の蝶が舞った。それらはもっとたくさんいて、ホークの周りを踊るように舞っている。それでいて少し体が透けていて、とても美しい蝶だった。
(これは星砂じゃない。あの蝶の鱗粉だ)
キラキラと月の光を反射させるそれらは、蝶が舞う度辺りにサラサラと降り注いでいた。
〈ーーーーーー…〉
また声が聞こえた。
声の主を探すも、畑にはホークしかいない。
(まさかあの蝶が喋るわけ……っそうか、これは)
リメイは急いで頭の中の引き出しを探る。ホークの書斎で数年前に読み直したもので、当時やってみたいとは思いつつも、自分にはできないと諦めた魔法。
(“連絡蝶”だ……!)
それは古い魔法で、今もなお好んで使われる“連絡蝶(れんらくちょう)”という通信手段だった。
それは魔法で作った同じ花をお互いに持ち合い、その蜜を頼りに魔力で練り上げた蝶を遣わせ言伝をするものだ。その花さえ持っていればどれだけ離れていようとも蝶は蜜を頼りにやってくる。
それは主に、家族や恋人など最も親しい人との交流手段の一つとされていた。
(親しい人……)
家族も恋人もいないリメイには蝶を遣わす機会などない。もちろんホークに頼めばやってくれたかもしれないが、お互いの魔力を合わせて作った同じ花を師匠と持つなんて、リメイには少し恥ずかしかったのだ。
(でもまさか、ホークがやり取りしている連絡蝶を見られるなんて)
親愛なる人との言葉だけの逢瀬に、他人が入り込んでいいわけがない。リメイはそうっと振り返ってこの場を後にすることにした。
しかし不意に頭を過ぎった疑問が、リメイの動きを止める。
(もう何百年と生きているホークに家族はいないはず……なら)
送り主は、恋人なのだろうか。
ドクドクと煩く鳴る鼓動に胸を押さえ、リメイはもう一度ホークを見る。
透けた蝶がホークの周りを舞うように飛んでいて、もう一度何かを呟いてからゆらゆらと消えていった。辺りには鱗粉だけが残されて、その中でホークはようやく目を開ける。手の平に持った瓶の蓋を開けて、鱗粉を導くように集めていった。
(連絡蝶はその鱗粉を集め保管しておけば、いつでも聞き直せる……これは昔受け取った言伝ってこと……?)
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