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【第三章】女、愛を知る
曇り空と乙女心(1)
しおりを挟む本日は生憎の空模様。
誰もが心をどんよりと落ち込ませてしまいそうな、そんな空気の重たい日であった。
もちろん山奥のとある開けた場所にひっそりと建つこの家にも、少し不穏な空気が流れている。
コンコンッ……ガチャッ……
「リメイ、入るわよ……って、なぁに? あんたまた町まで行くの?」
「おはようございます」
深藍の大きな瞳がホークを捉え、桜色のぷっくりと湿らせた唇でその名を呼ぶ。しなやかな指で、尻のあたりまで伸びた銀色の髪を高く結い上げていたリメイは、もうすぐ十九歳を迎えようとしていた。
背の高いホークが見下ろせば、覗く項はまるで陶器のように滑らかで、ホークは無意識のうちにそれに右手を伸ばす。
「この紐、あんたが編んだの?」
「はい。髪が邪魔なので」
ホークが触れた物、それは銀色の髪を結わえている組紐だった。前世にあったような伝統工芸品には及ばないまでも、リメイが糸から紡いで一から作り上げたものだ。それにはリメイの魔力が込められている。
「だいぶ伸びたものねぇ」
リメイの髪は歳を重ねるごとに増える魔力に伴って、人よりペースは遅いものの着々と伸び続けていた。
「早く体内だけで循環できるようになるといいんですけど」
「体の容量がまだ足りないのね。あんた、背はまぁ普通くらいだけどその他は全然だもの」
そう言われてリメイは自分の体を見下ろし、そして目の前のグラマラス美女なホークの美しい体を見上げた。
このぼん、きゅっ、ぼんはホークの趣味かと思いきや、その莫大な魔力を体内に収めるためにはこれほどの容量が必要らしい。ちなみに素の姿であるがちむちマッチョも同じ理由である。まぁあれは本人いわく、あれは若い頃に鍛えた物であり、筋肉の《記憶》操作をしたわけではないらしいが。
(それに比べて、私の貧相なこと……)
リメイは自分の体を見下ろした。
スラリと痩せ型の体は今や成人女性の平均身長で止まっている。体重やスリーサイズも平均値で、この事実はホークには劣るものの莫大な魔力を持て余す結果へと繋がっていた。
故に髪は未だに伸び続け、切ることができない。自分でももう少し、主に胸やお尻のあたりが成長してくれれば、と思わないでもないリメイであったが、それをホークに指摘されるのは少し癪である。リメイは眉間にシワを寄せて下を向いた。
「……どうせ、あなたの思う“いい体”はしてませんけど」
「ちょっとやぁね。ひねくれないでよ」
「ひねくれてません」
「まぁ! 子どもみたいなこと言っちゃって。だから成人の儀をしましょうってあたしがあんなに言ったのに」
口を尖らせながら言うリメイは少し幼げに見えるが、もうとっくに成人を迎えていた。ホークの出した話題に、盛大に顔を歪ませた。
(出た……またその話ね)
この世界では十八歳になると成人の儀が行われる。各家庭の伝統によりけりであるものの、どこもとても華やかに祝う催しだった。
それは成長を喜ぶ宴であることはもちろん、大人の仲間入りを果たしその責務や覚悟を自身に刻みつけるため、という意味合いもある。
ホークはリメイが十八の年を迎えた日、それはもう盛大な宴を催す予定でいた。
美しい青のグラデーションドレスをリメイに着せ、自身の体液から宝石を生み出す魔法使いに頼んで特注させた貴重な石を取り寄せ、有名な装飾師に作らせたティアラを頭に乗せて――美しく着飾ったリメイと共に、美味しい夕飯を二人きりで味わう。そんな準備を半年かけて行っていたのだ。
しかしリメイはというと、その申し出を一蹴したのである。
それ以降ホークは何かにつけてリメイのことを「大人になりきれていない」と子ども扱いし、方やリメイもホークに対して少し距離を置くようになった。
「成人の儀は関係ありません。それに、あれは」
「あれは?」
リメイは当時、ホークの申し出をとても嬉しく思いつつも、しかしそれを受け入れることができなかった。
(あの祝いは親が子にするためのものよ。私にとってホークは親じゃない。ホークは……)
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