初めて家事代行に訪れた先は巷で有名な極道の邸でした

あまき

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【番外編】山田の災難

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 本日は晴天なり。ただし、所により曇。

「はぁーー………」
「……」

 特に玉城組組長専属家事代行人付近は、突然の湿気に注意されたし。

「……っ、はぁぁぁーー…………」
「………」

 玉城組縫合担当の山田は悩んでいた。前から歩いてくるのは、この組唯一のカタギである悠也であって、その湿気った溜息をどう対処すべきかと思わず眉間にシワが寄った。

 悠也の溜息にはだいたい組長である雪乃が絡むことが多く、軽い気持ちで関わると後で痛い目を見るのはコチラであったりするのだから、なるだけスルーの方向で進めていきたい。
 けれど山田もまた、極道の世界に自ら突っ込んできて、防衛本能を生まれる前に落っことしてきたんじゃないかとさえ噂される悠也を気にかける者の一人だった。放っておくことなどできない変な庇護心が胸の内をくすぐられてしまうのだ。

「…なにか、ありましたか?」
「っ、え!?」
「大きな溜息をついていたので」
「あ!え!?わっ、た、溜息出てましたか…す、すみません」

 心配する山田に申し訳なさそうに頭を下げる悠也に内心呆れるものの、これが田中悠也という男の素であるのだから仕方がない。あぁ、今日も関わってしまった、などと一抹の後悔が頭を過りつつ、組員の縫合仕事を終えて自室で休む予定だった山田はゆっくりと悠也に向き直った。

廊下ここじゃぁなんですので、俺の部屋にでも行きますか?」
「え?」
「話、聞くくらいしかできませんが」
「っ…はい!ありがとうございます!」
「あぁ~…溶けそう…」
「へ?」

 日陰者の自分には眩しすぎる笑顔に一瞬くらつきながら、共に歩みを進めた。







「………あー…っと、つまりなんです?姐さんとの夜に不満があるっつーことですか?」
「ふ、ふふふふふ、不満んんとかじゃなくて!その、なんていうか、えっと、その…お、俺じゃやっぱり…嫌だったのかな…とか…」

 しどろもどろの半泣きで話す悠也に根気よく耳を傾け続けた山田は、気を抜いたら出てきてしまう溜息を飲み込み続けていた。正直な話、男の下の話など、ましてや自分の主である組長の夜の話など聞きたくもないのだが、相手が悠也ということもあり、山田は言葉を選びながら続けた。

「あー…男としての自信ってことですか?でもなんでしたっけ、前義久さん組長補佐にコッテリ絞られてましたよね?確か“発情期の猿”の如く二人して腰振ってたって」
「ああああああごめんなさいいいい」
「は?いや謝られても俺は知らな…あー違う違うえぇーっと…大丈夫ですから、ね?会合に雪乃さんが遅れて大変だったこととか、なんにも覚えてませんから」
「あああほんとうにすみませんんんん」
「あー…また間違えたか…」

 山田はどんなに言葉を選ぼうとも、たまにこうして悠也の気持ちを汲みきれないこともあるのだが、まぁそれも仕方がない。なんせこの世界に足を踏み入れてから、いやむしろその以前から人に気を使って生きるなんてしたことがないのだ。そんな器用な人間なら、こんなところで(無免許)人体縫合士などしていない。

「…まぁ、でも。あの姐さん相手に一晩猿になれるんなら、男としては十分だと思いますけど…なに?ナカオレでもしました?」
「な、ななななっ!」
「?そうじゃないなら、女性側が嫌だとかないんじゃないですか?あー…でもまぁなんだ?ヤりすぎってのも嫌がられたりしますけどね」
「ひっ…」

 組員の血気盛んな男たちは、一晩で何人抜きだの何発命中だの巫山戯た話で盛り上がりを見せることも多い。しかし山田はどちらかというと己の欲が晴らせて尚かつ相手が気持ちよければ尚の事良いという、若干ジェントルマン気質も持ち合わせていたので、そんな下品な話題に関わることはなかった。
 物事は程々がいい、ということを知るある種この世界において特殊な人材である。つまりそれはもうモテるわけだが、まぁその話はまた追々。

「ふ、普通は、その…山田さんは、ど、どれくらい…?」
「え?あー、ゴムの話ですか?そうだなー…」

 突然の質問に我に返った山田は、うーんと首をひねった。

「まぁ、人によって違うだろうけど…俺とかまぁ相手が許してくれるなら、ヤりきっても3から4くら………なに?なんでそんな顔青くしてるんです…?」

 これでも多い方で本来はもっと少ないのだが、悠也の悩みはナカオレでないのだし、最大数を伝えるのが良いだろうと思った故の回答だったが、悠也はなぜか顔を真っ青にしながら震えていた。

「ぁ…え、っと…」
「どうしました?あー…もしかして引きました?俺もそんなにいくのはすんげーヤりたかったり、相性良かったりしたときだけなんで。別にそんな毎晩ヤりきってるわけじゃないですし。まぁなんつーか、一晩で一箱とかじゃない限り俺も引かないんで……って、なんでそんな泣きそうな顔してんすか」

 何を求められているのか分からないまま、山田が思ったことを口にし続ける度に、悠也の顔色はどんどん沈んでいく。

「その…雪乃さんに…“お前とやるの、しんどい”って…言われて…」
「へ?」
「“一晩でゴム使い切る奴、無理”って」
「……あーー……………」

 伸ばしすぎて語尾がフェイドアウトしていく山田の声に、悠也はついに溜まった涙を決壊させてしまう。

「うぅ…えっぐ、うぇぇ…」
「あ、ちょ!な、泣かないでくださいよ!」
「お、おれだって、や、やりたいだけじゃなくてぇ!でも雪乃さん誘ってくれるし、そうなると…っおれ、と、止まらなくなってぇっ!うわぁぁん!嫌われたかなぁぁ!」

 畳に顔を擦り付けてわんわんと泣き喚く悠也に、ついぞ山田は溜息を抑えきれなかった。男の涙なんてクソほどにもどうでもいいし、普段なら捨ておくのだが、なんせ相手はあの、カタギの悠也なのだ。どうにも放っておけずない。
 自分の中に欠片も残っていなかったはずの“純情さ”を探し当てながら、山田は今度こそ慎重に言葉を選んだ。

「ふぅー……その…姐さんに、思ってることを正直に話してみたらどうです?」
「っ…ふぇ?」
「何事も要相談っすよ。姐さんと話せばいい。二人が昼も夜も、楽しく気持ちよく過ごせるように」

 あぁ~…物凄く真っ当なこと言ったなぁ、俺…なんて頭の中で思いながら、山田は至極真面目な顔を見せながら悠也の肩を掴んだ。

「ちゃんと田中さんの好意は姐さんにも伝わってるはずですから。あとは二人でどうやってその愛を高めていくか、話し合えばいいと思いますよ」
「や、山田さぁぁぁん!」

 がしぃっと首に両腕を巻きつけられて、シャツの肩口なんかは鼻水と涙でぐしょぐしょになって。本来なら蹴落としてどつき回すようなことをされても、なぜだか悠也なら許せてしまうのだから仕方がない。願わくば二人がうまくいくことを、そして俺が巻き込まれることなく平穏に過ごせることを祈って、ぐりぐりと擦りつけられる頭をポンポンと叩いた。








 そしてまた、別の日。

「…それで、組長補佐。例の件なんですけど」
「あぁ。どうでしたか」
「以前捕まえた末端幹部が吐いた情報は、義久さんの言うとおり嘘っぱちで。ただ念の為見に行った現場にコレが落ちてました」
「…あぁ…なるほど。それで、君の見解は」
「アイツが知らされてたのは俺らが追う物ではなかったですけど、コレを見る限り向こうの組の………ん?」
「ん?」

 コンコンと襖をノックする音が聞こえて、義久と山田は揃って身構える。と言っても、組長の部屋ならまだしも、一組員の山田の部屋でまで律儀にノックをする者など、この邸において一人しかいない。

ガチャ…
「し!失礼します!あの!山田さん!俺、雪乃さんと…っえ!あ、よ、義久さん!?」
「大丈夫ですよ。何か山田に用が?」

 位住まいを正した義久が、悠也に向き直る。部屋にいた山田の元へ別の用事で訪れた義久だったが、つい仕事の話になっていたようで、悠也の突然の訪れに対し少し警戒した様子を見せる。しかし山田は先程の「雪乃さん」の言葉に、まさかあの時の話ではと別の意味で身構えていた。

「あ、いや、その…お、俺、先日山田さんに相談に乗ってもらって…」
「ほう…山田が?」
「ゆ、雪乃さんとのことでちょっと…」
「組長のことで…?」

 雪乃のこととなると声色の変わる義久が、訝しげに山田を見つめる。山田は言ってもいいものかと悩むものの、誤魔化したところで雪乃のことと言われて義久が折れるわけがないので、はぁとため息をついてからまた頭の中で言葉を選んだ。

「あー…姐さんとのその…夜、の話だそうで」
「………はぁー…」

 大きくため息をついた義久に悠也は肩を飛び上がらせるも、その後静まり返った空気にわたわたと慌てて口を開いた。

「そ、それで!あのえっと…っと、とにかく!雪乃さんと話してみたらあの、か、解決しました!」
「そうですか。それは良かったです」
「あと、それと!」
「はい?」

 少し顔を赤らめた悠也が、朗らかに笑って言った。

「山田さんが、“二人で愛を高めて”って言ってくれたの…すごく嬉しかったです!山田さんの言葉、俺家訓にします!」
「は」
「し、失礼しました!!」

 パタパタと駆けて行く足音を見送って、山田は大きくため息をついた。

「…そんな純情じみた話をしたんですか?」
「やー…もう、忘れてください」
「言いふらさなきゃいいですけどね、あの子も稀に見る純情ですよ」
「そんなことはしないでしょ、流石に」

 その後義久の言うとおり、“山田の純情なアドバイス”は組内を駆け巡り、山田が頭を抱えることになるのは、もう少しあとの話。

「………なんなの、まじで」
「あの二人に関わるからですよ。放っておきなさい」


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