初めて家事代行に訪れた先は巷で有名な極道の邸でした

あまき

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きれいな人

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ピンポーン…

「あ、あの!家事代行サービス『いいね!』から来ました!田中です」
「あぁ、お頭の…お入りください」
「し、失礼します!」

 悠也がここ、玉城組邸に通うようになって早一ヶ月。教えてもらった裏口の呼び鈴を鳴らす生活にもようやく慣れてきた。
 慣れてきたと言っても、出迎えてくれる人はいつもバラバラで、強面の男たちに声をかけられるのは、やはりまだ少し緊張するようで。彼らによって毎回仕事場である雪乃さんの部屋まで送り届けられる悠也は、今のようにガチガチに固まってしまうのだが。

「今日は俺がお頭の部屋までお迎えに上がりますね」
「は、はい」
「それと…今日はこの時間、姐さんも部屋にいるかと思います」
「は、はぁ…」

 組長、もとい雪乃は悠也が仕事をしている間、部屋にいることもあれば外に出ていることもあった。最初は顔を合わせると恐縮しっぱなしだった悠也にもよく話しかけてくれた。
 悠也が天涯孤独の身の上であることや、高校卒業後に勤めた会社が無くなったことなどには、同情を寄せたり、悠也の仕事ぶりも「真面目で丁寧だ」と褒めてたり…天下の玉城組組長とは思えない優しさを見せる雪乃に、悠也も最初に感じた恐怖など忘れて、今じゃすっかり懐いていた。

 ちなみに、悠也が一度“組長”と呼んだら「お前にそう言われるのはくすぐったい」と笑って、以降“雪乃さん”と呼ぶことを許してもらっていた。
 これは大変光栄なことだと、初日から仲良くなったピアス顔の男も悠也の背中を叩いて言うので、悠也は少しだけ嬉しくなった。
 ただその日の夜、シャワーで叩かれたところが滲みたは言うまでもない。ここではじゃれ合いも命がけなのだと学んだ。


「あ、あのぉ…」
「なにか?」
「その…よ、義久さんはどちらに?」
「?…さぁ、俺は把握してませんが…何か補佐に御用が?」
「い、いえいえ!なんでも!」

 初日、その鍛え抜かれた胸板で抱きしめられて以降、義久と悠也が会うことがなかった。彼が提示した注意事項の多くは、とにかく“ここで見聞きしたことを他言しない”というものだったし、それさえ守れば悠也のことなど特に問題ないということなのだろう。
 もちろん悠也には他言する気など毛頭なく。むしろ何も見たくない聞きたくないの精神で、今日も商売道具が詰まったカバンを抱きしめて、長い廊下を歩いた。
 けれど一ヶ月通っても初日のような怒号が聞こえることも、真っ赤なお部屋を見ることもないので、ここは本当にあの玉城組のお邸なのかと、自分のいる場所の恐ろしさを忘れてしまいがちな悠也であった。





そう、この日までは。





コンコン
「し、失礼します!田中です」

………ガチャッ…
「……あー…今日だったか…悪いな、後は頼む」

 出てきたのは珍しく頭をぼさつかせ、乱れた浴衣姿の雪乃さんだった。その薄い肩に黒の羽織を無造作にかけた姿は、悠也の胸がどきっとさせる。


「あ、いや、お休み中じゃ」
「いや、違うから」

 そう言って広く開けられたドアの先に目を向けると、そこにいたのは…

「よ、よし、ひささん…?」

 義久は雪乃のベッドの縁に腰掛けており、ちょうどシャツの一番上のボタンをとめて、ネクタイを締め直しているところだった。いつもはぴっちり決められているオールバックが少し乱れ、顔に一房落ちてきている。

「っ……ぁ…」

 いくら鈍い悠也でもすぐに分かった。二人から漂う事後の雰囲気に、顔が赤く染まると同時に心がぞわぞわとする。

「…では組長、20分後に応接室で」
「はいはい、分かってるよ」

 そう言って出て行った義久に、何かを言わねばならないはずだったが、悠也は情けないことに言葉が詰まって、ただ目が合わないようにお辞儀をするだけだった。
 悠也の態度に少し固まった義久も、小さくお辞儀を返しそのまま立ち去っていく。

「…悪いな、着替えるからお前も外で待ってくれ」
「ひぇっ、は、はい!す、すみませ!」

パタン…!

 慌てて出てきた廊下で、ふぅーっと息を吐き出す。しかし一度脳裏に貼り付いた先程の姿は、目の裏から消えてはくれなかった。

(二人は付き合っているのだろうか。いやこの世界にお付き合いという関係があるのかも知らないけど、そういう関係なのだろうか)

「美男美女だもんなぁ…お似合いだよ…」

 けれどどうしてか、俺の心はもやもやするのを止められなかった。
 閉まっている目の前のドアの向こうに、白いうなじとはだけていた胸元が思い出されて、顔に熱が籠もる。悠也はなにをしても思い出してしまう姿を首を振って忘れようとした。


ガチャッ
「もういいぞ、って…おい、どうした。顔、赤いぞ」
「な、なんでもありません!!!」
「?…そうか」

 急いで部屋に入って、また散らかった服や書類を片付け始める。今までは普通に触れていた下着も先程の姿が思い出されて、見るとどきっとしてしまう自分を心の中で叱咤した。
 ちらりと見上げた雪乃は、壁に掛けられた鏡の前で黒いネクタイを締め終わり、髪をさらりとかきあげていて、悠也は思わずその美しさに惹き込まれてしまう。

「…なんだ、ジロジロ見て」
「あっ、いや!す、すみませ…」
「なんだよ」
「そ、その…着ておられるのは、メンズのスーツですか?」
「ん?…あぁ、まぁな」
「じ、女性なのに、メンズスーツ…」
「お前よりは似合ってるだろうよ」
「それは!もちろん!はい!」

 「そこは否定しろよな」とかなんとか言いながら、雪乃はワックスを手にとって髪をかきあげた。さらりとした髪は落ちてくることなく、その凛としたご尊顔が現れる。オーダーメイドなのだろうか。自身の体にフィットするスーツを着た雪乃は、どこから見ても男の人のようで、なのに高鳴る胸を抑えることは、悠也にはできなかった。

「…今日はな、面倒な客がやってくる」
「面倒、ですか?」
「お前、客間の方には近づくなよ。いつも通り裏口から出ていけな」
「は、はぁ…」
「“こういうの”、お前が来る日は避けてたんだが…向こうが指定してきたもんだからしょうがない。うるさいかもしれんが、まぁ気にすんなよ」
「は、はい…」

 なんのことだかさっぱり分からず呆ける悠也に、雪乃さんは一つため息をついた。ゆっくりと手を伸ばし、自身より少しだけ高いところにある悠也の頭を、クシャクシャに撫で回す。

「う、わぁ!」

 その手に残っていたワックスが悠也の髪の毛にもついて、クシャクシャのまま勝手にセットされてしまう。その姿を見て雪乃は声を上げて笑った。



コンコン…
「お頭、みえました」
「おう、来たか」

 ドアを開けて「じゃあな」と後ろ手に出ていこうとする雪乃に、少し胸騒ぎを感じて、悠也は思わず手を伸ばす。雪乃のスーツの裾を掴んで、はっとした。

「あ、あの!」
「ん?」
「い、行ってらっしゃいませ!」
「……ふふ、行ってきます」

 いつも自分に見せてくれるにこりとした笑顔に少しほっとした悠也は、ゆっくりと辺りを見渡した。まずは服を洗濯して、本もしまって掃除機をかけて…やることはたくさんある。悠也は家主のいなくなった部屋を片付けるべく腕まくりをした。





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