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真っ赤なお部屋は契約外です
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「す、すみませぇ~ん……ど、どなたか、いらっしゃいますか~…?………いや、絶対間違えたよね。どう考えても俺、来るところ間違えたよね…!」
田中悠也がそう呟くのも仕方ない。職場にいるお金持ちな家の担当を好む先輩が「新しい顧客、金回り良さそうだしお前に譲るわ」なんて声をかけてきた時点で、その怪しさに気づくべきだったのだ。今更やっぱり罠だったんのか、なんて考えたところで、ときすでに遅し。
頭を抱える悠也の前には、ドラマ等でも見たことがない豪邸とも言える日本家屋か立ちはだかる。それから背の高すぎる門扉と、挙げ句の果に異常とも言える監視カメラの数。これらは総じて…
「うぅ~…ぜ、絶対ヤのつくお家じゃないかぁ~…!」
情けない声と共に、目の端に涙を浮ばせた。
悠也の人生といえば、可もなく不可もなくただ平凡を極めていたが、ここ最近は特に、それもなんだか悪い方向に進んでいるように思えた。
高校卒業と同時に働き出した会社は、入社した次の日に倒産し、初任給のしの字も出なかった悠也は、それでも強く生きようと前を付き続けた。天涯孤独の身でもあるため、とにかく金を稼ぐためバイトをしつつ、就職活動に励んだ。その頑張りをお空の親族も認めてくれたのかもしれない。なんせこの度縁あってこの仕事、家事代行サービス『いいね!』という会社に正規雇用されたのだ。
会社名は少し馬鹿げていると思うが、福利厚生もしっかりしてるし、半年間の研修期間を終えても特にブラック的なこともない。もちろんセクハラパワハラ等も感じず居心地よく働けている。今日、この日までは。
だってまさか、初期研修を終えて初めて一人ぼっちで派遣された先が、ヤのつくお家だとは思うまい。
「…押し付けられた仕事先で死んだら、労災おりるかなぁ…」
いやおりたところで死んでんだけど、なんてツッコミが飛んでくることもなく。代わりに重厚な門扉が音を立てて開いた。
「え?」
「…………あ?」
そこにおわすはスキンヘッドに顔中ピアスまみれの男。むしろ穴の空いていない部分がないその顔に、悠也はうっかり漏らしてしまうかと思った。いや正直言うとちょっと滲んでいただろう。
「…お前、なにしてんだ」
「やっ!あ、あの!怪しいものでは!あの!えっと!か、家事代行サービスの!者で!」
この男が誰かは知らないが、その強面に悠也もたじろいでしまう。しかし悠也はここに仕事をしにきたのであって、つまりこの男はれっきとした商売相手だ。
この半年間でみっちりしこまれた家事術を駆使して金を稼ぐ、そんな家事代行者悠也のお仕事相手。監視カメラの数にびびろうと、スキンヘッドに怯もうと、ピアス顔に漏らそうと、緊張で回らない口を必死に動かす。せめて身分だけは明かしてから、ヤるかヤらないか決めてほしい。
「あぁ、そう言えば姐さんが朝礼で言ってたなぁ」
「あ、姐さん…?ち、朝礼?」
「ここの組頭よ。まぁ、ついてきぃ」
そう言って背中を向けたピアス顔の後ろを、悠也は呆気にとられつつ、恐る恐るついていった。どうやら門前払いをされることはないらしい。その事実に少しホッとしてから、商売道具の詰まったかばんを胸の前で抱きしめ直した。
一般家庭ではありえないサイズの大きな玄関に靴を揃えて上がった先には、これまた一般家庭ではありえないサイズの長い廊下が続いていた。
ヤのつくお家なぞ初めて訪れた悠也は、恐怖心を隠すこともできないまま、ひたすら前…いや、ピアス顔の男のくるぶしのあたりを見つめながら歩いていく。
しばらくすると、ピアス顔の男はある襖の前で歩みを止めた。そこをノックするのを見て、悠也はここが組長とやらがいる部屋なのかと思った。背筋を正して、深呼吸する。だからといって体の震えを止めることはできない。
トントン…
「義久さん。家事代行の方、みえましたよ」
スッ…
「……?、ヒィッ!」
音もなく開いた襖の先は全てが真っ赤だった。部屋の壁一面も真ん中に横たわるナニかも、周りにいる大勢の人も。そして立ち尽くす俺の目の前にぬっと現れた銀縁メガネの賢そうな人の拳も、全てが真っ赤だった。
なんの覚悟もしていなかった悠也は、ピシリとその場で凍りつく。
「あぁ…お待ちしてました」
「ひっ、ひゃっ……へっ?」
銀縁メガネの隣にいた男が、どこからか白いタオルを出してきてその銀縁メガネの男に渡した。
「私は組長補佐の義久といいます。以後お見知りおきを」
洗剤会社もびっくりな白さを誇るタオルで拭いた手を差し出されるが、悠也はまだ反対の手に掴まれたままの真っ赤に染まってしまったタオルが気になって仕方ない。
このタオルはまた輝く白さを取り戻すことができるのだろうか。そしてこのタオルは一体誰が洗うのだろうか。
「あ、え、っと…か、家事代行サービス『いいね!』から来ました!田中悠也といいます!よろしくお願いします!」
「はい。威勢の良い方は好感がもてますね。……では早速やっていただきたい仕事内容を…」
『仕事の初めは元気な挨拶から!』が教訓のうちの会社は、毎朝一人ずつ大きな声で挨拶の練習をする。半年間休まずやってきたおかげで、極度の緊張状態でもすんなりと自己紹介ができた。おまけに銀縁メガネ、もとい義久にも好印象を与えられたようで、悠也はこれまで行ってきた頑張りの成果を感じた。
(ありがとう、毎朝の特訓。今まで面倒だと思っててごめん。明日からはもっと真剣に練習するよ。まぁ、俺に明日があればの話だけど…)
義久が振り返って、赤みがかった部屋をざっと見渡す。そして悠也は、はっとして目を見開いた。
(待てよ、まさか、仕事って…!)
「…?あぁ、大丈夫ですよ。こういった汚れの掃除は、ウチの専門の者がしますので。貴方には別の仕事をしていただきたい」
「ひょえ…あ、はい、だ、大丈夫です」
悠也は真っ赤の部屋から目を反らして答えた。何が大丈夫なのかは自分でも分かっていない。
「ふふ、目を反らしたのは良いご判断です。このことを外に持ち出したりせぬよう、これからも賢い選択をなさってください」
前言撤回。何をどう足掻いても、やっぱり大丈夫ではなさそうだ。
田中悠也がそう呟くのも仕方ない。職場にいるお金持ちな家の担当を好む先輩が「新しい顧客、金回り良さそうだしお前に譲るわ」なんて声をかけてきた時点で、その怪しさに気づくべきだったのだ。今更やっぱり罠だったんのか、なんて考えたところで、ときすでに遅し。
頭を抱える悠也の前には、ドラマ等でも見たことがない豪邸とも言える日本家屋か立ちはだかる。それから背の高すぎる門扉と、挙げ句の果に異常とも言える監視カメラの数。これらは総じて…
「うぅ~…ぜ、絶対ヤのつくお家じゃないかぁ~…!」
情けない声と共に、目の端に涙を浮ばせた。
悠也の人生といえば、可もなく不可もなくただ平凡を極めていたが、ここ最近は特に、それもなんだか悪い方向に進んでいるように思えた。
高校卒業と同時に働き出した会社は、入社した次の日に倒産し、初任給のしの字も出なかった悠也は、それでも強く生きようと前を付き続けた。天涯孤独の身でもあるため、とにかく金を稼ぐためバイトをしつつ、就職活動に励んだ。その頑張りをお空の親族も認めてくれたのかもしれない。なんせこの度縁あってこの仕事、家事代行サービス『いいね!』という会社に正規雇用されたのだ。
会社名は少し馬鹿げていると思うが、福利厚生もしっかりしてるし、半年間の研修期間を終えても特にブラック的なこともない。もちろんセクハラパワハラ等も感じず居心地よく働けている。今日、この日までは。
だってまさか、初期研修を終えて初めて一人ぼっちで派遣された先が、ヤのつくお家だとは思うまい。
「…押し付けられた仕事先で死んだら、労災おりるかなぁ…」
いやおりたところで死んでんだけど、なんてツッコミが飛んでくることもなく。代わりに重厚な門扉が音を立てて開いた。
「え?」
「…………あ?」
そこにおわすはスキンヘッドに顔中ピアスまみれの男。むしろ穴の空いていない部分がないその顔に、悠也はうっかり漏らしてしまうかと思った。いや正直言うとちょっと滲んでいただろう。
「…お前、なにしてんだ」
「やっ!あ、あの!怪しいものでは!あの!えっと!か、家事代行サービスの!者で!」
この男が誰かは知らないが、その強面に悠也もたじろいでしまう。しかし悠也はここに仕事をしにきたのであって、つまりこの男はれっきとした商売相手だ。
この半年間でみっちりしこまれた家事術を駆使して金を稼ぐ、そんな家事代行者悠也のお仕事相手。監視カメラの数にびびろうと、スキンヘッドに怯もうと、ピアス顔に漏らそうと、緊張で回らない口を必死に動かす。せめて身分だけは明かしてから、ヤるかヤらないか決めてほしい。
「あぁ、そう言えば姐さんが朝礼で言ってたなぁ」
「あ、姐さん…?ち、朝礼?」
「ここの組頭よ。まぁ、ついてきぃ」
そう言って背中を向けたピアス顔の後ろを、悠也は呆気にとられつつ、恐る恐るついていった。どうやら門前払いをされることはないらしい。その事実に少しホッとしてから、商売道具の詰まったかばんを胸の前で抱きしめ直した。
一般家庭ではありえないサイズの大きな玄関に靴を揃えて上がった先には、これまた一般家庭ではありえないサイズの長い廊下が続いていた。
ヤのつくお家なぞ初めて訪れた悠也は、恐怖心を隠すこともできないまま、ひたすら前…いや、ピアス顔の男のくるぶしのあたりを見つめながら歩いていく。
しばらくすると、ピアス顔の男はある襖の前で歩みを止めた。そこをノックするのを見て、悠也はここが組長とやらがいる部屋なのかと思った。背筋を正して、深呼吸する。だからといって体の震えを止めることはできない。
トントン…
「義久さん。家事代行の方、みえましたよ」
スッ…
「……?、ヒィッ!」
音もなく開いた襖の先は全てが真っ赤だった。部屋の壁一面も真ん中に横たわるナニかも、周りにいる大勢の人も。そして立ち尽くす俺の目の前にぬっと現れた銀縁メガネの賢そうな人の拳も、全てが真っ赤だった。
なんの覚悟もしていなかった悠也は、ピシリとその場で凍りつく。
「あぁ…お待ちしてました」
「ひっ、ひゃっ……へっ?」
銀縁メガネの隣にいた男が、どこからか白いタオルを出してきてその銀縁メガネの男に渡した。
「私は組長補佐の義久といいます。以後お見知りおきを」
洗剤会社もびっくりな白さを誇るタオルで拭いた手を差し出されるが、悠也はまだ反対の手に掴まれたままの真っ赤に染まってしまったタオルが気になって仕方ない。
このタオルはまた輝く白さを取り戻すことができるのだろうか。そしてこのタオルは一体誰が洗うのだろうか。
「あ、え、っと…か、家事代行サービス『いいね!』から来ました!田中悠也といいます!よろしくお願いします!」
「はい。威勢の良い方は好感がもてますね。……では早速やっていただきたい仕事内容を…」
『仕事の初めは元気な挨拶から!』が教訓のうちの会社は、毎朝一人ずつ大きな声で挨拶の練習をする。半年間休まずやってきたおかげで、極度の緊張状態でもすんなりと自己紹介ができた。おまけに銀縁メガネ、もとい義久にも好印象を与えられたようで、悠也はこれまで行ってきた頑張りの成果を感じた。
(ありがとう、毎朝の特訓。今まで面倒だと思っててごめん。明日からはもっと真剣に練習するよ。まぁ、俺に明日があればの話だけど…)
義久が振り返って、赤みがかった部屋をざっと見渡す。そして悠也は、はっとして目を見開いた。
(待てよ、まさか、仕事って…!)
「…?あぁ、大丈夫ですよ。こういった汚れの掃除は、ウチの専門の者がしますので。貴方には別の仕事をしていただきたい」
「ひょえ…あ、はい、だ、大丈夫です」
悠也は真っ赤の部屋から目を反らして答えた。何が大丈夫なのかは自分でも分かっていない。
「ふふ、目を反らしたのは良いご判断です。このことを外に持ち出したりせぬよう、これからも賢い選択をなさってください」
前言撤回。何をどう足掻いても、やっぱり大丈夫ではなさそうだ。
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