初めて家事代行に訪れた先は巷で有名な極道の邸でした

あまき

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片付けは早く始めるが吉ですね

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 本日は晴天なり。ただし、所により嵐。

コンコン…
「組長、義久です。失礼しま、」

 “西に玉城あり”とされる組の女組頭、玉城雪乃のおわす所では、突然の落雷に注意されたし。


ドンッ…!

「お前今、なんて言った?」
「ヒッ…あ、の…っ、あ、姐さ」
「もう一度言ってみろよ、なんて言った?」
「いやっ、あのっその…す、すみま…っ!」

 時に飛来物もあるでしょう。



ガツンッ!

「二度も言えんような事を簡単に口に出すなぁ!!ドクソがああ!!」
「す、すんませんでしたぁぁっ!!!!」

 大理石でできた灰皿が頭を貫いたその男は、玉城雪乃の世話係であった。この男ほど適任な奴はいないと3ヶ月前に抜擢されて以降、良好な関係を築きながらここまで来たと思っていたが、あの逃げっぷりからもう二度と彼女の前に現れることはないだろう。


「おい、義久!あいつは首にしろ!主に逆らうとは世話人の風上にもおけない!」
「あれは逆らったのではなく、助言したと言うのですよ」
「人の生活に難癖つけることの何が助言だ!」
「難癖もドン癖もつけたくなります。なんてったってこの部屋………相当汚いですよ」


 玉城雪乃と言えば、線の細い体つきに、いつも伏目がちな目。美人薄命とも言わせる儚げな美しさを醸し出しているものの、その実極道の家に産まれ極道によって育てられた極道の塊とも言えるお人であった。
 人を傷つけることを厭わず、ケジメの付け方には情けなど見せない。彼女の強さも賢さももはや“奇跡”とされ、我が身を血に染めながら自ら鉄槌を下し、肉親にも容赦しないその獰猛さで切り開いた道は、まさに“赤”そのものだった。

 しかし、一見傍若無人な雪乃であっても、その振り返った後ろにあるは組の仲間たちであった。彼らは決して雪乃を裏切らない。なぜなら雪乃が組を裏切らないからだ。仲間のケツはトップが拭く。その責任感の強さに惚れた連中が背中を守り、雪乃はその連中の居場所を求めて戦い続けてきた。
 そうして前だけを向き続けてきた雪乃は、気づけば悪事に塗れた先代を引きずり下ろし、今となっては西一体を締める組のトップに君臨している。
 それが玉城雪乃という女だった。


 怖がられることはあれど、雪乃自身に恐れるものは何もない。ただ唯一の弱点と言えば、組のナンバー2の座におわすこの男、義久の申すところにある。


「5歳の子でももう少し綺麗に片付けられますよ」
「っ、おまっ…!うるさいぞ!あほ!ほっとけ!」

 そう、怖いもの知らずのこの女、実は極端に片付けが下手なのである。




「ほっとかれません。毎日片付けに入る世話人のことも考えてやってください。あの子もツイてない…ただ“洗濯から上がった服はすぐ箪笥にしまうとよろしいですよ”と、小学生でもできる片付けのコツを助言したまでのこと」
「聞いてやがったか…つーか、それのどこが助言だ!この私を見縊りやがって!当たり前のことを言いよってからに…」
「その当たり前ができないのはどこのどなたですか」

 我が組の主に向かってズケズケと物を言う義久とは、組長補佐という立場でありながらこの世界の人間とは思えない誠実な男であった。
 組内部の細かい雑務を一挙に引き受けるそのインテリさや、銀縁眼鏡にオールバックが似合う清潔感のあるその姿は一見、“まともな人”の装いをしている。しかし内側は情けとは無縁の性格をしていた。なんせこれまで雪乃のすぐ側にいつも控え、雪乃が切り開いた道の汚れ掃除をたった一人で行ってきたその実力は、裏の世界じゃ誰もが恐れているのだ。義久に掛かれば消せぬ人間などこの世に有りはしない、とさえ言われている。

 とまぁ、生粋の“掃除屋”としてド正論を付き返す義久は、大したことでは動揺など見せない。はぁーっとため息を漏らし、憂いを帯びた顔のすぐ横を、例え5キロのダンベルがすり抜けていこうとも。

「お前もドタマかち割られたいんか!」
「割られたくはありませんが…まぁ、彼は今頃流血沙汰でしょうね。誰か上手に縫ってやればいいのですが」

 ここに普通の感性を持つ人が一人でもいれば、縫ってやるという言葉に首でも傾げてくれそうなものだが。
 現にここにいるのは、大理石の灰皿が頭にクリティカルヒットした男を思い浮かべては「唾でもつけとけ」と言い放つ雪乃。それから、「裁縫担当の山田は今外回りでしたね…とことんツイてない子だ」などと呟く義久のみ。

 また、少し器用で裁縫が得意というだけで人体の縫合までもを任せられている山田という男も。
 あるいは、世話役に選ばれたのだって小さい頃からパチンコ三昧な両親に変わって妹の世話をしていたという家事スキルの高さだけを見込まれていたその男も。
 誰一人として“病院で治療する”という思考回路をもたないのだから、一度彼らの“当たり前”という定義そのものを省みる必要があるといえよう。




「だから世話人なんていらないと、昔から言ってるだろ」
「“西の玉城”と言われたウチの組のトップが、世話人も雇わずどうする気ですか」
「見栄のためにやるもんじゃないだろう」
「見栄ではありません。汚部屋を処理するためです」
「処理言うな!処理!」

 下着が散らかり着物はシワを寄せシャツは丸められ、本は折れ書類が絨毯と化した雪乃の自室は、もはや片付けの域にあらず。

 暫く言い争いを続けた組のトップは、それからピコンと閃いたように手を鳴らした。

「あー…ならアレにしよ、今流行りの、アレ」
「流行り、とは?」
「ほら、アレよアレ」

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