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後日談たち やり残したネタとか消化していきます
150.後日談7 目が、目がぁあ!
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馬車の旅を終え、センタチュールに到着した俺は相も変わらずに大きな門を見ていた。馬車を改造したおかげで俺のけつが終了することも、プカプカと浮くことで幽霊疑惑をかけられることもなくここまで到着できた。揺れの少なさにクイタさんは驚いていたが。
「これがエイズーム王国の技術力か。これでは祖国も負けるよの……」とか自嘲していたのを見て申し訳なくなった。いえ、違います。
ここで「とうちゃく!」とか仁王立ちで叫んで笑われた思い出はまだ薄れていない。
なんたって半年前のことだ。
最近のことと言い切っても過言ではない。
門を見上げて街に歩みを進めていくとこれが、しかしやりたくなるものである。
ほら、外と内の境界線に立って右足で立つとセンタチュールで、左足で立つと街道です! とかね。
「ウィル様、何をやられておるのだぁ……?」
門に無意識で近付いていた俺はプースさんの声にはっとして固まった。
また仁王立ちで『きたぜ! センタチュール!』とかやりかけた。いま。
どうしちゃったの、俺。封印していたボケの魂が疼いて仕方がないよ!
ツッコミ役という名の熊がいるからだろうか。
「な、なんでもありませぬ」
俺は目をそらしつつも歩き出した。一緒に歩いていた情報部隊の人が門番の人にお金を払っているのが視界の隅にうつるが、今回も俺は街中ではお忍びの意味で無邪気な子ども役なので気にせずに行く。
街の雰囲気はフロワリソンと比べて大差なかった。
それはつまりはっきりと言ってしまえばものすごく寂れていた。
街の人たちの元気がないというか。商品を売っている商人すら元気がないってどういうことだろう。
というかそもそも人が少ないし。
俺が前来たときよりずっと悪化しているように感じた。半年でこんなにも変わるものだろうか。
「ここが中央都市……?」
俺は呆然と呟いた。これが中央都市だったらこの国はとても大陸の『四大大国』なんて言えないレベルの大きさしかないのではないかと考えずにはいられない光景であった。
だって中央都市っていうくらいなんだから、それが経済の中心か人口の多い地域か――国のなかでも並外れた都会だからそう呼ばれているはずなのだ。
それでこれ。
見れば人の居ない店先がそこらそこらにあった。日本でいうシャッター街というところだろうか。
石畳の上には木屑がたまっているし、ああそうだ。元気がないように見えたのは、街の人たちの服の色のせいだ。みんな黒や茶色と暗めの、濃い色の服を着ていた。
そして、俺たちから距離をとるように道の端に行き、うつむいていた。
「数ヶ月で何故これほどまで、と考えたろう。聖職者たちだ。人々は彼らを恐れておる」
クイタさんが悠々と歩きながら俺にだけ聞こえるような音量でそう言った。
「彼らはわしらをそれと同類だと判断したのだろう。ゆえに」
そこでクイタさんは一瞬周りに立ち止まり縮こまっている街の人たちに視線を向けた。
そう言われてみれば納得がいく。街の人たちの行動の意味もわかった。彼らは『俺たち』を恐れているのだ。
護衛の数が少ないといってもそれなりにそれと分かる者たちに囲まれているし、俺たちの着ている服も少し見れば随分と上質なものであることがわかるだろう。俺たちがこの街の聖職者ではなくとも、どこかの偉い貴族かなんかだということくらいはすぐに理解したのだ。
恐ろしい聖職者たちに囲まれていれば、偉い人は恐ろしいものだと思うのも当然だ。触らぬ神に祟りなし。昔の日本人はよく言ったもんだ。
そして、彼らは俺たちに目をつけられることを恐れて、このような対応になっていると。
道を空け、目を伏せ、震えながらも自分たちを守る為。
「いきぐるしい、街ですね」
息苦しい。
そして、生きるには苦しい街である。
こんな街に俺は住みたくない。ヒッツェ皇国の平民としても。たとえ俺が聖職者の方々の立場であっても。
俺は街の中心部にそびえ立つ、煙突を眺めた。煙突からは黒煙が立ち上っている。
そのまま視線を下に辿っていけば、白塗りされた大きな建物が目に入った。
曲線を描き縁取りされた窓の周りには細かな彫刻がされており、窓の横の壁に掘り込まれた柱模様の縁には金箔が張られていた。
「――そこが教会だ」
俺の視線に気がついたのだろう、クイタさんは俺と同じ方向を見つめて無表情にそう言った。
あれが、教会。
俺はほとんどにらみつけるようにして、その建物を観察した。青緑色の屋根には煤一つついておらず、その規模は中央都市の名を誇るように壮大で、確かに神を祭る場としてそぐうような繊細さや優美さを持っていた。
でも、悪趣味だ。
この街の現状を見ながらそんな行動をとる聖職者たちの感性とはどうあがいても相容れないな、と改めて実感した。
「くそだな」
俺は誰にも聞こえないような声でそう言ってうつむいた。それからしばらくは石畳の隙間を踏まないようにぴょんぴょんと跳ねて歩きながら、鼻歌を歌った。
気分は無邪気な子どもである。
こうでもして気持ちを紛らわせないと、純粋そうで楽しげな貴族の子どもの演技なんてできそうもなかった。
「お父様! 早くやどをとって荷物をおいて、あそこをみにいきましょう!」
ややあって俺は顔をあげてにぱっと笑った。
そしてクイタさんの手を取る。驚くクイタさんを尻目に俺はにこにこと微笑みながら、街を突き進むのであった。
触られたら祟りそうな神たちはさっさと退散するのみである。
◆
この街で一番大きいという宿に泊まることになった。いや、これは宿ではないな。高級なホテェルって感じだ。ここが地球ならドアマンとかが居て、天井からシャンデリアが垂れ下がってそう。
やたら豪華なロビーを見渡して俺は頷いた。
床はつるぴかに磨かれた大理石で、すべって遊べそうだし。天井を見上げれば見事な彫刻もあるし、なんかすごそうな絵もかけられている。
すげー儲けてんのな。
前世でちょっとばかり、金持ちの家の家事や雑事をするアルバイトというか斡旋所的なところで働いていた時期があるから分かるのだけど、これだけ綺麗に大理石の床を保っておく為には毎日よーく拭いて回らねばならない。あー家主のおばさ……ゲフンゲフン。おねえさま方に執事とか言われた記憶は抹殺しておく。ただのアルバイトです、すごく勤務外のこともしたけど下僕じゃないですボク。青い顔をしてそう目で訴えていたら『紅茶を淹れて』とか、すごい真っ赤な顔で言われたのだけどあれは絶対俺の仕事のにぶさととろさに家主さん切れてた。ごめんなさい。
話を戻しましょう。このホテル、何人でやっているのかわからないけど、これだけの広さだ。床の維持費、しかもその人件費だけで大変なことになってしまうだろう。
うん。
クイタさんがポンと出した金を見て目ん玉ひんむいたけどね。
そりゃあ儲かりますって。一泊何ルークル取る気ですか。すごいルームサービスでもやってりゅんですか。
すぐ金勘定をしてしまう小市民である俺にはびくびくしてしまう空間であることは間違いない。
自分ちの廊下の絨毯にすら未だ慣れていないというのに!
「お父様、すごいホテルですね」
「お、おお。む、息子よ、ここは教会を建てた時代と同じものだからな。いまとは違う荘厳さがあるだろう」
そういわれてみれば、彫刻の感じとか、窓の形とか建築様式が遠目に見た教会と似通っているような気がしなくもない。
「なるほどー」
俺は無邪気に喜びながら歩き出した。ちなみにプースさんたち護衛や情報部隊の人たちはすでに姿を隠している。やっぱりこの街でも獣人に対する風当たりは強いようなのでね。
まあ同じホテルには泊まるけど。
後から護衛もチェックインするって金だけ払っちゃった。わざわざ面倒ごとを起こすことはない。それにプースさんたちが悪く言われているのは決して気分の良いものではないし。
姿を見せずに勝手に入ります。でもちゃんと金は払うよ。犯罪は犯罪なのです。ばれなくてもしちゃいけません。
俺は赤信号だったら車が通っていなくても立ち止まる、日本人の魂を持っているのである。
さっさと廊下を突き進み、奥の部屋にたどりつく。今回とった部屋がそこだ。
所謂スイートルーム的な、一番大きな部屋らしい。
「……」
部屋の扉を空けた俺はぽかんと口を開けて固まっていた。
「すげー……」
小学生男子のような感想が口から漏れた。
うん。すげー悪趣味。なにこれ今すぐ回れ右して帰りたい。
「クイタさん……」
「なんだ?」
救いを求めてクイタさんを見上げてみたが、クイタさんは普通の表情で不思議そうに俺を見つめ返した。この部屋については何も思っていないようである。
まさかの趣味の違いがここに。
あーそういえばクイタさんの肖像画見たときすごい悪趣味って思ったんだった。服装とかがやたらめったら豪華絢爛で胸焼けがしそうな悪徳貴族臭がしていたのだった。
「……なんでもないです」
まず部屋に入って最初に思うことはこれだ。
金色。
それに尽きる。床から天井にかけて壁までもが金色に塗られており、つやつやピカピカとしている。そして天井だけならまだしも床にも壁にも豪華な模様が描かれていた。
それだけでもまぶしいっていうのに、天井からは宝石をぶらさげまくったなんちゃってシャンデリアが垂れ下がっており、キラキラと魔道具の光を部屋中に乱反射してくださっていた。
部屋の真ん中に置かれた大きな机は真っ白で、しかもその脚にはめちゃくちゃ細かい細工が彫られていて随所に金やら宝石やらが埋め込まれている。ハレーション起こしそう。
ちょっとあげるだけでもうすごい悪趣味さが伝わったと思うけど、もうそんなもんじゃないから。想像の上をいく悪趣味さだから。もうね、一言で言ってしまえば成金趣味。
ねえ、家具のパーツを金にする意味ってなんですか。
宿って休む為の場所じゃなかったとですか。俺の目を休ませてください。ウィルです……ウィルです……ウィルです…………。
脳内でもの悲しげなムードたっぷりな異国の音楽が流れた。
こら、古いとか言わない! そこ!
「……とりあえず奥の部屋とかみてきます」
「おお、行かれるか」
ほら、さすがに寝室くらいはね、心休まる空間にしてあると思うんですよ。
救いを求めて、俺は旅に出た。
◆
救いなんてなかったんや。
どうも似非関西弁でごめんなさい。それだけ衝撃が大きかったのです。
俺は撃沈した。
スイートルームに入ってすぐの玄関からあの調子だったんだけどさ。
こうリビング的なところから扉が3つあったわけですよ。
一つはバスルーム、もう一つは談話室的なこうソファーがどーんってしてるルーム、最後の一つはベッドルームだったんですよ。
最初に入ったのがバスルームだったじゃないですか。
もう俺ってばね、あちゃーやっぱなーって語尾に星をつけた口調で話すしかありませんでしたよ。ねえ、浴槽を金でつくる意味ってなんですか。トイレの便器を金でつくる意味ってなんですか。傷でもつけたらどうしようとか考えたら全然身体の疲れなんて取れないよ。トイレって汚す場所でしょ? なんで貴金属使っちゃうのかなぁ?
お兄さん不思議だなぁ。貴金属って希少で貴重だから貴金属っていうのかと思ってたのに、大事にしてあげないんだねえ。
目がくらくらしちゃいましたよねえ。まぶしすぎるって。
頭もくらくらしたわ。
いやでもね。まだ2部屋あるじゃないですか。絶望するのはまだ早いと思うじゃないですか。
次に入ったのはソファがすごい部屋。何がすごいってまず一見何で出来ているのかわからないところ。例によって床・壁・天井の金色コンボはもういいじゃないですか。
ソファが革張りっぽい何かだったんだけどね、その素材が、超高級で超人気で、市場なんかに出た暁には完売するであろう代物。
うん。
相手が冒険者だったらだけどね!
その名も、ロックリザードレザー。英語だね。なんでこんなところだけ英語なんだろうね神様。
和訳すると? 岩蜥蜴革。
確かに超高級品だけど座りごこち悪すぎだよ! 高級なのはその防御力が冒険者に人気だからなんだよ! 知らなかったのホテルの設計した人! 誰か知らないけど!
ちょっと座ってみたらわかるって。高けりゃいいってもんじゃないでしょう!
と色々ツッコミを入れた俺は大層疲労した。でもまだ望みは捨てていなかった。そう、だって俺はまだ寝室を見ていない。寝室は、ベッドルームは休む部屋であるはずなんだ、と。
甘い。甘すぎると言わざるを得ないガムシロップのような考えであった。
部屋に入ったときの感想は? 絶望しかありませんでした、はい。
天蓋がついていることくらいまでは予想していた。
それが金糸の編み込まれたでっかい宝石つきのギッラギラのやつであると誰が思う。しかもね、それ一見宝石に見えるけど、実は違うんだ。
宝石じゃなくてね、魔石。
しかもね、それに魔法陣が小さく刻まれてあってね、キラキラと光るの。
……まっぶしいわ!
目ェつぶっててもまぶしいわ! 安眠させて。どうか俺を安眠させて。
で、問題のベッド本体だが。
ベッドの脚が金でできていることくらい知ってた。
で、金糸が使われていることくらいわかってた。
まさか銀糸まで使ってくるとは。
いやぁ、豪華だね。
……寝心地悪いわ!
もうやだ。ツッコミが追いつかない。肌触りとか最悪。
寝ることを目的としてないんですか? これは観賞用のベッドですか。
旅を終えた俺は玄関近くの食卓らしき、あの最初の部屋で魂を飛ばしかけていた。
「もうやだ……おうち帰りたい……」
木造っていう発想はないのですか。
目に優しいってとても大事なことなんですね。今日はじめて知りました。
「これがエイズーム王国の技術力か。これでは祖国も負けるよの……」とか自嘲していたのを見て申し訳なくなった。いえ、違います。
ここで「とうちゃく!」とか仁王立ちで叫んで笑われた思い出はまだ薄れていない。
なんたって半年前のことだ。
最近のことと言い切っても過言ではない。
門を見上げて街に歩みを進めていくとこれが、しかしやりたくなるものである。
ほら、外と内の境界線に立って右足で立つとセンタチュールで、左足で立つと街道です! とかね。
「ウィル様、何をやられておるのだぁ……?」
門に無意識で近付いていた俺はプースさんの声にはっとして固まった。
また仁王立ちで『きたぜ! センタチュール!』とかやりかけた。いま。
どうしちゃったの、俺。封印していたボケの魂が疼いて仕方がないよ!
ツッコミ役という名の熊がいるからだろうか。
「な、なんでもありませぬ」
俺は目をそらしつつも歩き出した。一緒に歩いていた情報部隊の人が門番の人にお金を払っているのが視界の隅にうつるが、今回も俺は街中ではお忍びの意味で無邪気な子ども役なので気にせずに行く。
街の雰囲気はフロワリソンと比べて大差なかった。
それはつまりはっきりと言ってしまえばものすごく寂れていた。
街の人たちの元気がないというか。商品を売っている商人すら元気がないってどういうことだろう。
というかそもそも人が少ないし。
俺が前来たときよりずっと悪化しているように感じた。半年でこんなにも変わるものだろうか。
「ここが中央都市……?」
俺は呆然と呟いた。これが中央都市だったらこの国はとても大陸の『四大大国』なんて言えないレベルの大きさしかないのではないかと考えずにはいられない光景であった。
だって中央都市っていうくらいなんだから、それが経済の中心か人口の多い地域か――国のなかでも並外れた都会だからそう呼ばれているはずなのだ。
それでこれ。
見れば人の居ない店先がそこらそこらにあった。日本でいうシャッター街というところだろうか。
石畳の上には木屑がたまっているし、ああそうだ。元気がないように見えたのは、街の人たちの服の色のせいだ。みんな黒や茶色と暗めの、濃い色の服を着ていた。
そして、俺たちから距離をとるように道の端に行き、うつむいていた。
「数ヶ月で何故これほどまで、と考えたろう。聖職者たちだ。人々は彼らを恐れておる」
クイタさんが悠々と歩きながら俺にだけ聞こえるような音量でそう言った。
「彼らはわしらをそれと同類だと判断したのだろう。ゆえに」
そこでクイタさんは一瞬周りに立ち止まり縮こまっている街の人たちに視線を向けた。
そう言われてみれば納得がいく。街の人たちの行動の意味もわかった。彼らは『俺たち』を恐れているのだ。
護衛の数が少ないといってもそれなりにそれと分かる者たちに囲まれているし、俺たちの着ている服も少し見れば随分と上質なものであることがわかるだろう。俺たちがこの街の聖職者ではなくとも、どこかの偉い貴族かなんかだということくらいはすぐに理解したのだ。
恐ろしい聖職者たちに囲まれていれば、偉い人は恐ろしいものだと思うのも当然だ。触らぬ神に祟りなし。昔の日本人はよく言ったもんだ。
そして、彼らは俺たちに目をつけられることを恐れて、このような対応になっていると。
道を空け、目を伏せ、震えながらも自分たちを守る為。
「いきぐるしい、街ですね」
息苦しい。
そして、生きるには苦しい街である。
こんな街に俺は住みたくない。ヒッツェ皇国の平民としても。たとえ俺が聖職者の方々の立場であっても。
俺は街の中心部にそびえ立つ、煙突を眺めた。煙突からは黒煙が立ち上っている。
そのまま視線を下に辿っていけば、白塗りされた大きな建物が目に入った。
曲線を描き縁取りされた窓の周りには細かな彫刻がされており、窓の横の壁に掘り込まれた柱模様の縁には金箔が張られていた。
「――そこが教会だ」
俺の視線に気がついたのだろう、クイタさんは俺と同じ方向を見つめて無表情にそう言った。
あれが、教会。
俺はほとんどにらみつけるようにして、その建物を観察した。青緑色の屋根には煤一つついておらず、その規模は中央都市の名を誇るように壮大で、確かに神を祭る場としてそぐうような繊細さや優美さを持っていた。
でも、悪趣味だ。
この街の現状を見ながらそんな行動をとる聖職者たちの感性とはどうあがいても相容れないな、と改めて実感した。
「くそだな」
俺は誰にも聞こえないような声でそう言ってうつむいた。それからしばらくは石畳の隙間を踏まないようにぴょんぴょんと跳ねて歩きながら、鼻歌を歌った。
気分は無邪気な子どもである。
こうでもして気持ちを紛らわせないと、純粋そうで楽しげな貴族の子どもの演技なんてできそうもなかった。
「お父様! 早くやどをとって荷物をおいて、あそこをみにいきましょう!」
ややあって俺は顔をあげてにぱっと笑った。
そしてクイタさんの手を取る。驚くクイタさんを尻目に俺はにこにこと微笑みながら、街を突き進むのであった。
触られたら祟りそうな神たちはさっさと退散するのみである。
◆
この街で一番大きいという宿に泊まることになった。いや、これは宿ではないな。高級なホテェルって感じだ。ここが地球ならドアマンとかが居て、天井からシャンデリアが垂れ下がってそう。
やたら豪華なロビーを見渡して俺は頷いた。
床はつるぴかに磨かれた大理石で、すべって遊べそうだし。天井を見上げれば見事な彫刻もあるし、なんかすごそうな絵もかけられている。
すげー儲けてんのな。
前世でちょっとばかり、金持ちの家の家事や雑事をするアルバイトというか斡旋所的なところで働いていた時期があるから分かるのだけど、これだけ綺麗に大理石の床を保っておく為には毎日よーく拭いて回らねばならない。あー家主のおばさ……ゲフンゲフン。おねえさま方に執事とか言われた記憶は抹殺しておく。ただのアルバイトです、すごく勤務外のこともしたけど下僕じゃないですボク。青い顔をしてそう目で訴えていたら『紅茶を淹れて』とか、すごい真っ赤な顔で言われたのだけどあれは絶対俺の仕事のにぶさととろさに家主さん切れてた。ごめんなさい。
話を戻しましょう。このホテル、何人でやっているのかわからないけど、これだけの広さだ。床の維持費、しかもその人件費だけで大変なことになってしまうだろう。
うん。
クイタさんがポンと出した金を見て目ん玉ひんむいたけどね。
そりゃあ儲かりますって。一泊何ルークル取る気ですか。すごいルームサービスでもやってりゅんですか。
すぐ金勘定をしてしまう小市民である俺にはびくびくしてしまう空間であることは間違いない。
自分ちの廊下の絨毯にすら未だ慣れていないというのに!
「お父様、すごいホテルですね」
「お、おお。む、息子よ、ここは教会を建てた時代と同じものだからな。いまとは違う荘厳さがあるだろう」
そういわれてみれば、彫刻の感じとか、窓の形とか建築様式が遠目に見た教会と似通っているような気がしなくもない。
「なるほどー」
俺は無邪気に喜びながら歩き出した。ちなみにプースさんたち護衛や情報部隊の人たちはすでに姿を隠している。やっぱりこの街でも獣人に対する風当たりは強いようなのでね。
まあ同じホテルには泊まるけど。
後から護衛もチェックインするって金だけ払っちゃった。わざわざ面倒ごとを起こすことはない。それにプースさんたちが悪く言われているのは決して気分の良いものではないし。
姿を見せずに勝手に入ります。でもちゃんと金は払うよ。犯罪は犯罪なのです。ばれなくてもしちゃいけません。
俺は赤信号だったら車が通っていなくても立ち止まる、日本人の魂を持っているのである。
さっさと廊下を突き進み、奥の部屋にたどりつく。今回とった部屋がそこだ。
所謂スイートルーム的な、一番大きな部屋らしい。
「……」
部屋の扉を空けた俺はぽかんと口を開けて固まっていた。
「すげー……」
小学生男子のような感想が口から漏れた。
うん。すげー悪趣味。なにこれ今すぐ回れ右して帰りたい。
「クイタさん……」
「なんだ?」
救いを求めてクイタさんを見上げてみたが、クイタさんは普通の表情で不思議そうに俺を見つめ返した。この部屋については何も思っていないようである。
まさかの趣味の違いがここに。
あーそういえばクイタさんの肖像画見たときすごい悪趣味って思ったんだった。服装とかがやたらめったら豪華絢爛で胸焼けがしそうな悪徳貴族臭がしていたのだった。
「……なんでもないです」
まず部屋に入って最初に思うことはこれだ。
金色。
それに尽きる。床から天井にかけて壁までもが金色に塗られており、つやつやピカピカとしている。そして天井だけならまだしも床にも壁にも豪華な模様が描かれていた。
それだけでもまぶしいっていうのに、天井からは宝石をぶらさげまくったなんちゃってシャンデリアが垂れ下がっており、キラキラと魔道具の光を部屋中に乱反射してくださっていた。
部屋の真ん中に置かれた大きな机は真っ白で、しかもその脚にはめちゃくちゃ細かい細工が彫られていて随所に金やら宝石やらが埋め込まれている。ハレーション起こしそう。
ちょっとあげるだけでもうすごい悪趣味さが伝わったと思うけど、もうそんなもんじゃないから。想像の上をいく悪趣味さだから。もうね、一言で言ってしまえば成金趣味。
ねえ、家具のパーツを金にする意味ってなんですか。
宿って休む為の場所じゃなかったとですか。俺の目を休ませてください。ウィルです……ウィルです……ウィルです…………。
脳内でもの悲しげなムードたっぷりな異国の音楽が流れた。
こら、古いとか言わない! そこ!
「……とりあえず奥の部屋とかみてきます」
「おお、行かれるか」
ほら、さすがに寝室くらいはね、心休まる空間にしてあると思うんですよ。
救いを求めて、俺は旅に出た。
◆
救いなんてなかったんや。
どうも似非関西弁でごめんなさい。それだけ衝撃が大きかったのです。
俺は撃沈した。
スイートルームに入ってすぐの玄関からあの調子だったんだけどさ。
こうリビング的なところから扉が3つあったわけですよ。
一つはバスルーム、もう一つは談話室的なこうソファーがどーんってしてるルーム、最後の一つはベッドルームだったんですよ。
最初に入ったのがバスルームだったじゃないですか。
もう俺ってばね、あちゃーやっぱなーって語尾に星をつけた口調で話すしかありませんでしたよ。ねえ、浴槽を金でつくる意味ってなんですか。トイレの便器を金でつくる意味ってなんですか。傷でもつけたらどうしようとか考えたら全然身体の疲れなんて取れないよ。トイレって汚す場所でしょ? なんで貴金属使っちゃうのかなぁ?
お兄さん不思議だなぁ。貴金属って希少で貴重だから貴金属っていうのかと思ってたのに、大事にしてあげないんだねえ。
目がくらくらしちゃいましたよねえ。まぶしすぎるって。
頭もくらくらしたわ。
いやでもね。まだ2部屋あるじゃないですか。絶望するのはまだ早いと思うじゃないですか。
次に入ったのはソファがすごい部屋。何がすごいってまず一見何で出来ているのかわからないところ。例によって床・壁・天井の金色コンボはもういいじゃないですか。
ソファが革張りっぽい何かだったんだけどね、その素材が、超高級で超人気で、市場なんかに出た暁には完売するであろう代物。
うん。
相手が冒険者だったらだけどね!
その名も、ロックリザードレザー。英語だね。なんでこんなところだけ英語なんだろうね神様。
和訳すると? 岩蜥蜴革。
確かに超高級品だけど座りごこち悪すぎだよ! 高級なのはその防御力が冒険者に人気だからなんだよ! 知らなかったのホテルの設計した人! 誰か知らないけど!
ちょっと座ってみたらわかるって。高けりゃいいってもんじゃないでしょう!
と色々ツッコミを入れた俺は大層疲労した。でもまだ望みは捨てていなかった。そう、だって俺はまだ寝室を見ていない。寝室は、ベッドルームは休む部屋であるはずなんだ、と。
甘い。甘すぎると言わざるを得ないガムシロップのような考えであった。
部屋に入ったときの感想は? 絶望しかありませんでした、はい。
天蓋がついていることくらいまでは予想していた。
それが金糸の編み込まれたでっかい宝石つきのギッラギラのやつであると誰が思う。しかもね、それ一見宝石に見えるけど、実は違うんだ。
宝石じゃなくてね、魔石。
しかもね、それに魔法陣が小さく刻まれてあってね、キラキラと光るの。
……まっぶしいわ!
目ェつぶっててもまぶしいわ! 安眠させて。どうか俺を安眠させて。
で、問題のベッド本体だが。
ベッドの脚が金でできていることくらい知ってた。
で、金糸が使われていることくらいわかってた。
まさか銀糸まで使ってくるとは。
いやぁ、豪華だね。
……寝心地悪いわ!
もうやだ。ツッコミが追いつかない。肌触りとか最悪。
寝ることを目的としてないんですか? これは観賞用のベッドですか。
旅を終えた俺は玄関近くの食卓らしき、あの最初の部屋で魂を飛ばしかけていた。
「もうやだ……おうち帰りたい……」
木造っていう発想はないのですか。
目に優しいってとても大事なことなんですね。今日はじめて知りました。
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