118 / 137
こつこつ学徒編
◆24.魔道具の謎(ジョーン視点)
しおりを挟む[用途不明魔道具の調査の依頼]
ヒッツェに派遣された調査員が犯罪組織『影』の根城を発見、殲滅をした。
根城である屋敷の地下から同型の魔道具が大量に発見された。
殲滅の際、『影』の長が従えていた召喚獣が高位魔獣デーモンであったが、調査員の報告によると、その召喚獣は影の長本人よりも魔力、攻撃力ともに勝っており、契約方法に疑問あり。屋敷での戦闘時から動きに衰弱が見られた影の長は、エイズーム王国の城地下牢で衰弱死した。
魔道具との関連も想定されるので注意されたし。
「ふむ……」
私は書類を挟んだファイルをぱたりと閉じて、席を立った。
もうすでに調査をはじめた際にこの調査依頼書は確認したものだが、いかんせん件の魔道具の調査にも行き詰ってしまったのだ。何かヒントになる記述はなかったかと見返してみたが、特になかった。
「はぁ」
思わずため息が出る。――これはやはり、あの方を頼るしかないのだろうか。
調査員、と依頼書には記され人物に関してはぼかされているが、私は出立の前段階でかかわっていたため、実際にはその人物たちを知っている。そのことは国王陛下もご存じだろうが、一応機密とはいえ書類の体で出されているため、後世などでも情報を知られないようにするための措置だろう。
と、扉の方を向いたときだった。
私の研究室の真ん中に、突然人が現れた。
「うー」
そして唸っている。
「……で、なにをやっているのですか」
溜息とともに何故かここに突然転移してきて唸っているウィル君を見る。ウィル君は案の定ビクリと跳ねるとぎこちなく私に視線を向けた。最近は専ら会うたびにこの反応だ。まったく勘弁してもらいたい。ついつい楽しくて私もいつも同じように、気がつけばウィル君で遊んでしまう。
しかし今日はどうやら事情は違うらしい。
いつものようにビクビクとこちらの様子を伺うではなく、肩を落として神妙な表情で俯いている。まあいずれにせよ、確かに、さすがにおふざけでここまで突然転移してくるような事はあるまい。ここは何より王宮の深部――国家機密も転がっている王宮勤めの学者の研究室なのだから。
「……せんせー……僕、やってしまいました」
見れば、目が少し潤んでいる。ウィル君に言わせると目から涎がでている、という状態らしいが、身に纏う悲壮感がそれを真っ向から否定していた。後で追求したところで頑なに認めないだろうが、彼は泣いているようだ。つい忘れてしまうがまだ彼は8歳。学園でつらいことでもあったのだろうか。普段は同年代の友人のように思っているが、8歳は8歳なのだ。……しかも、こう目を潤ませ見つめられると天使のような容姿も手伝ってこちらが悪いことをしているような気分になってくる。なんとかして慰めなくては。
し、しかし子守をしたこともなければ子供のあやし方も私は知らない。と、こういうときはジョークだ、とどこかの小説に描かれていたような。
柄にもないことを考えながら口を開く。
「ついに殺ってしまいましたか。何処のどなたを殺したのですか?」
やってしまった。
これではジョークにすらなっていない。よくてブラックジョークだ。
しまった、と後悔しながらウィル君を見れば小さく苦笑している。
「いや、ちょっとジョーン先生、僕の印象どうなっちゃってるんですか。……似合わないジョークまで……すみません。ありがとうございます。気を遣わせてしまいましたよね」
まあなんとかなったようだ。
似合わないだなんだ非常に不本意なことは言われたが、じめじめとした茸でも生えそうな暗い雰囲気が飛散しただけでも上々な結果と言えるだろう。
しかし、ウィル君がお礼とともにペコリとお辞儀をして、再びその頭を上げたときには悲壮感などがすっかり無くなった代わりに、真面目そうな真剣な表情になっていた。
「……僕に影の館の魔道具を見せてください」
そう言ったウィル君と視線がかち合った。
流れる沈黙。
私は思わずにやけそうになる表情筋をひきしめていた。
この表情を私は知っていた。
――そう、これはキアン様の顔。キアン様が騎士団長として大事な仕事をしようというときに見せる鋭い表情そのものだった。
それを八歳で一丁前にしているというのだから、末恐ろしい。
本当に。この人の教育係りになれた運と自分の判断力を全力で賞賛したい。
神に感謝を捧げるのは何度目だろうか。少なくとも、五年ほど前あたりから一気に増えたことは間違いない。
◆
ちょうどウィル君に相談しに行こうと思っていたくらいだ。ちょうどいいとウィル君に魔道具を見てもらったところ、何でもこの魔法陣の意味は『魔力疑似増加』というものらしい。
意味からして、おそらく影の長はこの魔道具を使って、魔力量を一時的に増やし、その状態で召喚を行うことにより、自身より強力な魔獣を喚び出すことに成功したのだろう。それゆえに身体が高い魔力に耐え切れず、衰弱死してしまった。そんなところか?
しかし、そんな魔法は今まで長く魔法陣の研究を行ってきたが初めて聞いた。
『影』の組織で代々使われてきたものであるならば、使い捨てにされている獣人の奴隷などに使わなかった理由がない。その存在を、シフォンもプースラリエルもピピンニャルが知らないということは、つまりその魔道具が新しく開発されたものだということなのだろう。
そんな仮説を話せば、ウィル君も同じ可能性に思い至ったのか、はっとした表情になって私を見つめてきた。
「仮に新たに作られたものならば、その犠牲は計り知れない。――とても一組織に補える数ではありません」
新しい魔道具をつくるには大きな組織の存在が不可欠なのである。そう、例えば国レベルの。
『影』の組織の壊滅で一連の事件は終わりかと思いきや、まだ後ろにはヒッツェの影が潜んでいることがわかった。ウィル君に真っ向から対抗していた組織がやってきた、などとジルコ達などは予想を立てていたらしいが、そうは思えなかった。そんな予感のようなものがしていたのだ。やはり、蓋を開けてみればその予感は間違いではなかった。
「って、やばい!」
二人して深刻な表情でその可能性について思考していると、ウィル君が突然立ち上がった。
「すみません! それじゃ僕はこれで失礼します」
「いえ。ではこちらの話は私の方で処理しておきますから、休日にでもまた」
「はい!」
慌てるウィル君を見送る。
なんでも、ニンジア家から慌てるあまり、何もいわずに転移してきてしまったらしい。
しかし慌てたときに頼りにされるくらい、信用されているのだと思うと、少し嬉しくなった。
明るいと見せかけて、ウィル君には私に似たところがあるとこの五年の付き合いでわかっていたから。
11
お気に入りに追加
7,455
あなたにおすすめの小説
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。