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こつこつ学徒編

◆24.魔道具の謎(ジョーン視点)

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 [用途不明魔道具の調査の依頼]
 ヒッツェに派遣された調査員が犯罪組織『影』の根城を発見、殲滅をした。
 根城である屋敷の地下から同型の魔道具が大量に発見された。
 殲滅の際、『影』の長が従えていた召喚獣が高位魔獣デーモンであったが、調査員の報告によると、その召喚獣は影の長本人よりも魔力、攻撃力ともに勝っており、契約方法に疑問あり。屋敷での戦闘時から動きに衰弱が見られた影の長は、エイズーム王国の城地下牢で衰弱死した。
 魔道具との関連も想定されるので注意されたし。

「ふむ……」

 私は書類を挟んだファイルをぱたりと閉じて、席を立った。
 もうすでに調査をはじめた際にこの調査依頼書は確認したものだが、いかんせん件の魔道具の調査にも行き詰ってしまったのだ。何かヒントになる記述はなかったかと見返してみたが、特になかった。

「はぁ」

 思わずため息が出る。――これはやはり、を頼るしかないのだろうか。
 調査員、と依頼書には記され人物に関してはぼかされているが、私は出立の前段階でかかわっていたため、実際にはその人物たちを知っている。そのことは国王陛下もご存じだろうが、一応機密とはいえ書類の体で出されているため、後世などでも情報を知られないようにするための措置だろう。

 と、扉の方を向いたときだった。
 私の研究室の真ん中に、人が現れた。

「うー」

 そして唸っている。

「……で、なにをやっているのですか」

 溜息とともに何故かここに突然転移してきて唸っているウィル君を見る。ウィル君は案の定ビクリと跳ねるとぎこちなく私に視線を向けた。最近は専ら会うたびにこの反応だ。まったく勘弁してもらいたい。ついつい楽しくて私もいつも同じように、気がつけばウィル君で遊んでしまう。
 しかし今日はどうやら事情は違うらしい。
 いつものようにビクビクとこちらの様子を伺うではなく、肩を落として神妙な表情で俯いている。まあいずれにせよ、確かに、さすがにおふざけでここまで突然転移してくるような事はあるまい。ここは何より王宮の深部――国家機密も転がっている王宮勤めの学者の研究室なのだから。

「……せんせー……僕、やってしまいました」

 見れば、目が少し潤んでいる。ウィル君に言わせると目から涎がでている、という状態らしいが、身に纏う悲壮感がそれを真っ向から否定していた。後で追求したところで頑なに認めないだろうが、彼は泣いているようだ。つい忘れてしまうがまだ彼は8歳。学園でつらいことでもあったのだろうか。普段は同年代の友人のように思っているが、8歳は8歳なのだ。……しかも、こう目を潤ませ見つめられると天使のような容姿も手伝ってこちらが悪いことをしているような気分になってくる。なんとかして慰めなくては。
 し、しかし子守をしたこともなければ子供のあやし方も私は知らない。と、こういうときはジョークだ、とどこかの小説に描かれていたような。
 柄にもないことを考えながら口を開く。

「ついに殺ってしまいましたか。何処のどなたを殺したのですか?」

 やってしまった。
 これではジョークにすらなっていない。よくてブラックジョークだ。
 しまった、と後悔しながらウィル君を見れば小さく苦笑している。

「いや、ちょっとジョーン先生、僕の印象どうなっちゃってるんですか。……似合わないジョークまで……すみません。ありがとうございます。気を遣わせてしまいましたよね」

 まあなんとかなったようだ。
 似合わないだなんだ非常に不本意なことは言われたが、じめじめとした茸でも生えそうな暗い雰囲気が飛散しただけでも上々な結果と言えるだろう。
 しかし、ウィル君がお礼とともにペコリとお辞儀をして、再びその頭を上げたときには悲壮感などがすっかり無くなった代わりに、真面目そうな真剣な表情になっていた。

「……僕に影の館の魔道具を見せてください」

 そう言ったウィル君と視線がかち合った。
 流れる沈黙。
 私は思わずにやけそうになる表情筋をひきしめていた。
 この表情を私は知っていた。
 ――そう、これはキアン様の顔。キアン様が騎士団長として大事な仕事をしようというときに見せる鋭い表情そのものだった。
 それを八歳で一丁前にしているというのだから、末恐ろしい。
 本当に。この人の教育係りになれた運と自分の判断力を全力で賞賛したい。
 神に感謝を捧げるのは何度目だろうか。少なくとも、五年ほど前あたりから一気に増えたことは間違いない。 



 ちょうどウィル君に相談しに行こうと思っていたくらいだ。ちょうどいいとウィル君に魔道具を見てもらったところ、何でもこの魔法陣の意味は『魔力疑似増加』というものらしい。
 意味からして、おそらく影の長はこの魔道具を使って、魔力量を一時的に増やし、その状態で召喚を行うことにより、自身より強力な魔獣を喚び出すことに成功したのだろう。それゆえに身体が高い魔力に耐え切れず、衰弱死してしまった。そんなところか?
しかし、そんな魔法は今まで長く魔法陣の研究を行ってきたが初めて聞いた。
『影』の組織で代々使われてきたものであるならば、使にされている獣人の奴隷などに使わなかった理由がない。その存在を、シフォンもプースラリエルもピピンニャルが知らないということは、つまりその魔道具が新しく開発されたものだということなのだろう。
そんな仮説を話せば、ウィル君も同じ可能性に思い至ったのか、はっとした表情になって私を見つめてきた。

「仮に新たに作られたものならば、その犠牲は計り知れない。――とても一組織に補える数ではありません」

 新しい魔道具をつくるには大きな組織の存在が不可欠なのである。そう、例えば国レベルの。
 『影』の組織の壊滅で一連の事件は終わりかと思いきや、まだ後ろにはヒッツェの影が潜んでいることがわかった。ウィル君に真っ向から対抗していた組織がやってきた、などとジルコ達などは予想を立てていたらしいが、そうは思えなかった。そんなのようなものがしていたのだ。やはり、蓋を開けてみればその予感は間違いではなかった。

「って、やばい!」

 二人して深刻な表情でその可能性について思考していると、ウィル君が突然立ち上がった。

「すみません! それじゃ僕はこれで失礼します」
「いえ。ではこちらの話は私の方で処理しておきますから、休日にでもまた」
「はい!」

 慌てるウィル君を見送る。
 なんでも、ニンジア家から慌てるあまり、何もいわずに転移してきてしまったらしい。
 しかし慌てたときに頼りにされるくらい、信用されているのだと思うと、少し嬉しくなった。
 明るいと見せかけて、ウィル君には私に似たところがあるとこの五年の付き合いでわかっていたから。

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