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あくせく旅路編

◆16.信じたくないでござる(ジルコ視点)

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後書きの最後に、9~16話のキャラクターをまとめた相関図のイラストを載せてみました。
イメージを壊されたくない方、視界に入れぬようご注意ください。
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 ジルコ=ニンジアは、黒騎士情報部隊の隊長だ。

 エイズーム王国には騎士団があり、黒騎士と白騎士の2つに分けられている。このすべてを束ねるのがキアンであるのだが、表だって動かすのは白騎士になる。何故なら、基本的に黒騎士は近衛なのだ。
 王直属、と言えば分かりやすいだろう。実際に指示を出すのは黒騎士副団長なのだが、そんなわけで黒騎士を動かすのは国王ということになっている。
 黒騎士は、戦闘部隊と情報部隊の2つで構成されている。戦闘部隊は、城の警護や国王の護衛、戦時中には兵士として働く、所謂典型的な騎士団という仕事を受け持つ。ウィルの家名にビビった謁見の間の扉の前に立っていた2人などもそうだ。
 対して情報部隊は一般にあまり認知されることはない。仕事内容としては、その名の通り、情報を扱う。キアンの裏の仕事と被ることもありそうだが、厳密に言えば少し違う。
 キアンの仕事は、キサムに敵対する者などに対して。
 黒騎士情報部隊は、として情報を管理する。
 更に言えば、情報部隊は一般に“あまり”認知されないだけであって、存在を知られていないわけではない。その点、絶対に存在を知られずして動くキアンとは決定的に違うだろう。


 この日、ジルコは国王から直接呼び出され、仕事を任された。ジルコはキサムに心酔している。国王としてのキサムも、人としてのキサムも素晴らしいものだと心から思っているし、一生を捧げる主だと忠誠を誓っている。
 更にジルコの家――ニンジアは、代々王家に仕えてきている。表だってはいないが、歴史の裏で常に王家を支えてきたのだ。
 ジルコの血すら王家に忠誠を尽くしている。

 キサムは賢王と呼ばれる。それもあり、ジルコにとって時々突拍子もないことを言うこともある。ジルコには理解が及ばないようなことを、後々になってやっと気がつくようなことをやってのける。
 だから、多少の疑問はあってもわざわざ問いたりしないし、自分はキサム様の為に動けばいいのだ、と常日頃から思っている。いや、思っていた。
 今回ばかりは首を捻らずにはいられなかった。

 どうせならいつものように訳が分からないものの方が分かりやすいというものだ。自分には理解も及ばないような深いお考えがあるのだろうと容易に想像できる、とジルコは思う。
 今回の件は、何しろ、理由がわかりやすく、かつ、疑問を抱かずにはいられないから始末が悪いのだ。
 情報の提供者も、参考意見を述べたのも、8歳の子供だというのだ。

 ――8歳の子供が、アビを倒したらしい。

 普段の国王であれば子供の戯れ言と切り捨てるだろう。勿論、何も調べずして、というのは有り得ないだろうが、信じた上でその子供の意見に沿って行動を起こすだなんてジルコには考えられなかった。
 頭痛がする。本当にキサム様に従って仕事に取りかかっていいのか、と国王絶対なジルコにしては一瞬気の迷いを覚えてしまった。
 勿論、すぐに思い直したが。
 キサム様の目は決して節穴でもなければ、逆に相手の本質すら見抜く。そのキサム様がああ信頼なさったのだ。それに従わない馬鹿ではない。
 ジルコはそう思っても、その本人に会わないことには実のところは分からないとも思っている。

 音もなく歩く。石造りの城内は音が響きやすい。隠密行動を必要とされるスパイやなんかからしたら、敵のような構造だ。初代国王の趣味だとか聞いたが、実際は対策も兼ねているのだろう。

 ウィリアムス=ベリル。

 次期公爵家当主、貴族階級に属する者ならば一度は聞く名前だろう。3歳で御披露目に立つ姿は天使のようだったとか、宮廷勤めの学者内でも有名なジョーン=ヴェリトルが唸るほどに頭がいいとか。天才、神童。伝え聞く噂はそのような者だ。
 加えて、かのキアン様の息子。
 キアンは、ジルコの上司に当たる。白、黒両騎士併せてのエイズーム騎士団の団長なのだから、当たり前である。かと言って、先に述べた通り、国王直属の近衛にあたる黒騎士に属するジルコは、白騎士の統率を行うキアンと接する機会はあまりないのだが。
 それでも、ジルコの目にはキアンは素晴らしい人だと映っている。キサムほどではないが、国民に尊敬されるに納得な人物であると思う。
 その人の、息子。

 物事を判断するのに先入観は邪魔しかしない、とジルコは大いに理解している。
 それでも、8歳という年齢。どうしても侮ってしまうというものだ。しかも今回の件に至っては、子供の戯れ言と笑うには国の存亡すらかかるかもしれない。
 しかし尊敬する2人に認められた少年。

 ジルコの心中は穏やかではいられないというのも納得なことであった。

 何はともあれ、今は仕事。
 複雑な心中は置いておくとして、直接命じられたという誇るべき任務をいまは遂行しようじゃないか、とジルコは音もなく城を飛び出すのであった。





「で、なんの話だったの?」
「学園長から話があったわけじゃないよ。別の人から呼び出されてたんだ」
「えっ!? なになに? だれだれ?」
「国王陛下だよ」
「………え」
「騙したな、嘘だろ!」
「嘘じゃない嘘じゃない」

 ジルコはの部屋で繰り広げられる少年通しの掛け合いを微笑ましく見ていた。
 天パの少年が銀髪の少年にからかわれているらしい。
 自分にもこんな時期があった――そう考えようとしてジルコはすぐに考えを改めた。いや、自分にはそんな時期はなかった。
 同室になったのがジョーン=ヴェリトルだったのだ。それだけでお察しだろう。彼を知っている者にはわかると思う。それはそれでジルコには楽しかったのだが。

 しかしそんな余裕が崩されるのは一瞬であった。

「――証明なら、そこの人がしてくれるんじゃない?」

 初代国王の頃から続くニンジア家の家訓というかそんな感じのものに、こういった言葉がある。

『百回聞くより一回見ろ』

 何でも初代国王が当時の当主に言った言葉だとか言うが、実に的を得たものだと思う。
 情報を扱う身にとって、その真偽がいかに大切なものかは分かる。勿論、正しい情報だけ集めればいいというわけではない。
 噂話ではそれが出た理由を推察できるし、聞いた話というのも必要になってくる。
 しかし、いくら人に聞いても自分の目を通さねばその本当の真偽は分からないのだ。他の人の言葉が信じられないといったことではない。
 ただ在る事実に対して他人の目を仲介した時点で、客観的ではなくその人の解釈になる。そういうことだ。
 だから、ジルコは常に自分の目を通すことを仕事のまず最初の信条としていた。そのことは国王も重々承知のはずで、ウィリアムスの名前を出された時点で、それは捜査許可が下りたことと同義である。
 そうなのだ。
 国王陛下は、これをわかって――――…。
 ジルコは、国王陛下に向ける尊敬の念を更に深めるとともに、未だ自分の目と耳を信じ切れなかった。これまで沢山の情報を受け取ってきた相棒たちだというのに、まるで信じられないのは、ジルコにとって初めてのことで、そのことにも戸惑う。

 あまりのことに、情報部隊として絶対にあるまじき行為をしでかしてしまった。ウィリアムス少年の言葉に驚きすぎて、ガタリと音を立ててしまったのだ。


 普段、情報を収集するに当たって隠密行動は絶対必要になってくる。ニンジア家が長きに渡って国王を裏から支えられたのはここに起因したりする。――風属性。
 ニンジア家は何故か優れた風属性を生み出すのだ。その使い道は言わずもがな隠密行動。原理は知らないが、風を使って自身の出す音を周りに伝わらないようにし、気配を消して行動できるのだ。加えて、ジルコのように情報部隊長を務める者は魔力操作に長けてもいる。自分の魔力はほぼ全て自分の中に収められるし、使う風の魔法の魔力も内側に向かって溜めているからほとんど外に漏れ出ない。

 8歳の子供だと油断したか?

 いや、否。

 自分で考えておいてジルコは即座に切り捨てた。
 8歳とはいえ仮にも、キアン様が御認めになった者だ。警戒は十二分にしようという心積もりできたはずだ。
 それに職業柄、そうそう油断していることなどない。常に気を張っている。気を抜くのは、用を足しているときの一瞬くらいだ。

 それが。

 なぜ気付いた? 魔法が失敗した?
 いやそんなはずはない。
 魔力が漏れ出ていたか? それもない。あのアビを倒したというのだ。当然魔力に敏感なことも想定して、限界まで収めていたのだ。

 まさか、その魔力を?

 普通に考えてそれが一番簡単で納得のいく答えだ。しかしジルコは素直に飛びつくことなどできなかった。

 信じられない。

 みくびっていたのだ。


 改めて、キサム様の素晴らしさと己の未熟さを実感した。
 まだ心が釈然と理解を示していないが、理性は情報を処理し終わっていた。

 ――先ほどの言葉からすると相手むこうは、つけられていたからと言って、敵対する気はないらしい。


 ならば、とジルコは前屈みになってに手をかけた。

 なんとも後味が悪いことこの上ないが、この場合素直に姿を現すのが得策だろう。

 アビを倒したという話も一気に信憑性を帯びたことだ。

 ジルコはそう結論付けると、不承不承、天井裏の板を一枚外し、そこからウィルたちの部屋へと舞い降りたのだった。



************************************************
騎士団について:他国には誤解されがちだが、エイズームでは王国の下にたつのが騎士団である。王に仕える者たちの総称ではない。王に直接仕える者たちは黒騎士団と言う。これは歴代の王が初代国王の遺伝で黒髪黒目だからだというが、諸説あり定かではない。
《関係略図》
王国→ 騎士団(団長キアン)→白騎士(キアンが指揮)
              →黒騎士(キサムが指揮)→黒騎士情報部隊(ジルコが所属)

↓相関図
 
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