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あくせく旅路編
◆14.宿敵の息子は宿敵?(ヴァリーノ視点)
しおりを挟む女の子が細剣を持った不審者に襲われているとの報を受けて、私は保健室を飛び出していた。
「ちょっと、ヴァリーノ先生! 保健室はどうするんですか! 鍵は!?」
「そのままでいい!」
後ろからそれを教えてくれた生徒がなにやら叫んでいるが、今は放置だ。
確かに今日は五月祭と外部から立ち寄る者の多いである為に、物盗りの出没する可能性も高いだろうが、学園の保健室の備品と、生徒の命をてんびんにかけられるはずがない。
廊下には人が溢れていた為、私は廊下の窓から外へ飛びだした。
場所は昇降口付近とのことだ。
木の生える校庭を走り抜けていけば、確かにそこには目を疑う光景が広がっていた。
「なんということだ!」
来るのが遅かったのか、そこにはたくさんの生徒が、人が倒れていた。
もしやそれもすべて死体かと駆け寄ってみれば、気を失っているだけのようだ。外傷もない。これだけの人数が、傷を負う事なく倒れている。そんなことができるほどの武芸を持ったものであったのか。
これだけの人数を無傷で倒せる魔法があったならそれでおしまいだが。その可能性は低いだろう。どの属性を使ったらそんなことが可能なのか。想像もつかない。
それよりも私はこれに当てはまる現象を残念ながら知っていた。
「魔力酔いか……?」
人々が倒れている方向からその中心地を予想して歩いていくと、そこは昇降口のちょうど目の前であった。そして、その地面には血がしみこんでいる。
「これは……!」
私はそれを発見して声を上げてしまった。なぜならその出血量。これがもし、一人の人間から出た量であるならば、その人間は致死性のある大怪我を負っているだろう。
顔が真っ青になった。
私はこの学園の生徒の身を守る教師であると同時に、養護教諭でもある。そしてそれ以前に、まっとうな大人であると信じている。子どもの身に何かあったと聞かされれば心配もするし、自分の動きの遅さにむかつきもする。くそ。
血は下駄箱の方から点々と垂れているが、昇降口の前で途切れていた。
これを意味するのは、ここから、血を流していた人物が動かなくなった、もしくは血を流さなくなったということ。ここに人がいない状況からして、血を流さなくなったと考えるのが妥当だろう。で、あれば……。
誰かがここで止血をした?
ならば次にする行動は?
「保健室に戻るか」
私は再び今来た道を引き返すことにした。女の子を襲っていたという不審者が見当たらないことが気になったが、今は人命救助が第一だろう。
◆
保健室に戻ると、そこには生徒がいるようだった。
慌ててベッドの方に駆け寄り、視界を遮るためのカーテンをめくると二人の生徒がいる。
ひとりはベッドの脇の椅子に座り、ひとりがベッドに寝かされているところを見るに、ベッド脇の椅子に座っている銀髪の少年は付き添いのようである。
ベッドにいるエルフの少女が患者なのだろう。見たところ、大きな怪我はない様子であるし、先ほどの事件の被害者ではないようだ。
「患者か。すまんな。悲鳴を聞きつけ走り出してしまっ……!」
しかし、次の瞬間私は驚いて言葉を失ってしまうことになる。
銀髪の少年が私の方に振り向いたのだ。目が合う。
綺麗な銀髪は少しくせがあるためところどころ跳ねており、少し釣り目がちの目はいたずらをしそうでありながら凛とした意思を感じさせる。
そう、これはまさに――――
「む、その胸くそ悪い髪の色、胸くそ悪い顔立ち……もしやベリルのとこのか?」
この容姿はまさに若かりし頃のキアン=ベリルそのものであった。
つまり、とても胸糞悪い。
キアン=ベリルは私の同級生であるのだが、奴はとんだ問題児であった。イタズラばかりするは授業はサボるは妨害するは。学級委員であった私は散々彼らの――現国王陛下キサムとキアンの世話係をさせられていたのだ。何度私もイタズラを仕掛けられたことか! 奪われた『ソウザイパン』の恨みは忘れない。
それなのに、そんなお茶目なところも可愛いと女子生徒に人気であったのも解せない。
そして最大は、である! さんざん私の当時好きだった、しかも初恋の君であるリリアンナ嬢の話題を私に出してからかっていたと思ったら、挙句アイツ、『ごめんリリィに惚れちゃったわ俺』とか言いながら瞬く間にリリアンナ嬢を落としてしまったのだ!
あまつさえ結婚して、最近妊娠させたとかいう。
そうか、息子か。奴の息子なのか。
「え、あ、はぁ。まあ」
「やはりな。キアンの奴は生きてるのか?」
困ったように曖昧な笑みを浮かべる少年の顔が、どうしてもいたずらが見つかったあとのキアンに見えてきて思わずにらみつけてしまった。
「え、なに? どうしたんですか?」
しかし戸惑ったエルフの少女の声でハッと我に帰る。
「いや、すまんね。取り乱してしまって」
「父さんとお知り合いで?」
「はは、まぁ知り合いって言うよりは敵だな。一応同級生ということにはなっている」
わかっている。
この少年には何の非もない。これはただのやつあたりだ。
私も対外、大人気ないが、これはどうしようもなくもはや条件反射となっている反応なのでうらむなら君の父を恨んでくれ。
「えーと。……先生は?」
気まずそうに見つめ合うこと数秒。
遠慮がちにエルフの少女からまた話しかけられて私は未だに自己紹介もしていなかったことに気が付く。
「あぁ、すまない。私はヴァリーノだ。ここ医務室の養護員をやっている。……君たちは……」
「僕はセフィスの付き添いです、さっきの騒ぎが原因なんですが」
「な、なに、大丈夫だったのか」
「はい、恐らく」
やはり付き添いだったか。
しかし後半の言葉に驚き詰め寄ろうとしたところ、ベリルの息子は困ったように苦笑した。その様子から見るに本当に大丈夫なのだろう。
気を取り直して事件のことについて軽く尋ねることにした。何にせよ迅速な対応が必要だ。当事者から情報収集をしておくに限ったことはない。
「何があったんだ?」
「……学園長から話があると思います、学園長にそう言われたので僕からは……」
「そうか。じゃあ、ウィル君は寮に戻りなさい。皆戻るよう言われているからね」
ああ、そうか。私が持ち場を離れた間、学園長がここを受け持ってくれたのだな。
それならば怪我の処置も大丈夫だろう。私は改めて安堵の息を吐いた。
しかし、やはりここは大事をとらねばな。
私はベリルの息子に背を向けて少女に話しかけた。
「診断をしなくてはいけないから、服を脱いでもらわなきゃいけないんだ。ウィル君の付き添いは必要かい?」
「いえ! いいです!」
明らかにベリルの息子――ウィルに惚れている様子に少しむかついて少々いたずらをしてしまったが。きまずそうに慌てて立ち去る少年の姿に私は少し口角を上げて苦笑した。
ウィル君には悪いことをしてしまったな。……そんなことを少しでも考えた私は馬鹿だったのだ。
それを後の学園生活でいやというほどに知ることになるとは、このときは知る良しもなかった。
◆
それから数日経ち、事件の事後処理は緊急性のものは大体片付いた。
ちょうど五月祭後の連休があったことも大きい。壊された設備などは土の属性を持つ教師などの手によってすっかり元通りとなっていた。
倒れていた者たちもやはりただの魔力酔いであったようで、後遺症もなく皆健康体だ。
学園の卒業生ばかりでもあった為、緘口も聞いてくれるだろう。
事件は思ったよりも大変な事態であったようで、詳細についてはウィル少年の言った通り、学園長からも私は聞いていないが、学園長が相当に急いた様子で国王陛下への謁見の申し込みをしていたあたり、国際問題に発展するような大きな事件であったらしい。
力仕事と医療関係ならどんと来いと言えるが、残念ながら政治的なことに私はとことん向いていないらしいので、そのあたりのことは忘れることにした。
そんな数日を過ごし、六月に入ってから一週目にあたる今日、私は今年はじめての授業を受け持つこととなった。
《召喚》の授業である。召喚の魔法を失敗すると、喚びだされた魔獣が野放しとなって襲い掛かってくるため、養護教諭だというのになぜか戦闘能力で学園二位を誇る私がこの授業を受け持つこととなったのだ。
なぜそのような戦闘能力を持つに至ったかだと? 聞くな。
大体、キからはじまってンで終わる疫病神のせいだ。
「さあ、次の生徒、これを持ち詠唱しろ。この《召喚》の魔法陣の読みは『ショーカン』だ、そして出てきたら『ケーヤクシヨウ』と唱える。いいか間違えるなよ」
先日の事件の際に保健室に来ていたセフィスというエルフの少女とベリルの息子は別室で魔力測定を別にするとのことだった。
さすがにベリルの息子だな。
大方、通常の魔力測定器を容量オーバーで粉砕したに違いない。
通っていた当時、キアンが巻き起こしたその事件もまたちょっとした騒動だったな。
ちょっと思い出してベリルの息子を睨みつけてしまったのはご愛嬌である。あいつの息子だ、きっとこれくらい屁でもない精神力を持っているに違いない。
生徒に《召喚》という魔法陣が描かれた紙を渡す。
詠唱だけでも魔法は発動するが、綺麗な形の魔法陣はそれを助ける効果があるのだ。
「おお、契約に成功したか。良かったな」
にこりと笑えば生徒も本当に嬉しそうに笑った。
ふむ、契約獣はモンキーか。いいのを引いたな。彼は貴族のようだし、頭脳でも他の魔獣から一線をきすモンキーは嬉しいのだろう。
ふと見れば、ちょうどウィル君とセフィス君が帰ってきていた。なにやらサルーダ教諭の姿が見えないが、何かあったのだろうか。
事情を尋ねようかとウィル君を見れば、ちょうど今の番の生徒が召喚しているのを目を輝かせて見つめていた。苦笑して諦める。あとで聞けばいいか。
大人びた豹豹とした表情をしているからついつい忘れがちだが、彼はまだ八歳なのであった。こういう様子を見ると、やはりまだ子どもなのだなと実感する。
「はい、じゃあ次。ウィルくん」
呼びかければ、目を輝かせたそのままの状態で歩み寄ってきた。
「どうぞ」
《召喚》の魔法陣が描かれた紙を渡せばさらに目を輝かせてにやけている。
わかりやすいな。
微笑ましくなって私も思わず微笑んだ。
そこで気が付けばよかったのだ。嫌な予感がしていたというのに。
こいつは誰の息子だ?
ウィル君はあり得ないほどの魔力を召喚の魔法陣に篭めると、完璧な発音で詠唱をした。
「ショーカン!」
興奮からだろうか、ウィル君の目が輝いている。
その詠唱と同時に魔法陣は目を思わずつぶってしまうほどの光を発生させて、その魔法を発動させた。次の瞬間、目を開けると視界は白い巨体で覆われていた。
そして素晴らしくないことに、教室に轟音が鳴り響いた。召喚のために開けられていた教室の前方のスペースが木っ端微塵に破壊されたのだ。
「は……白龍……」
私は呆然と呟いた。
ウィル君は誰の息子であったか。そうだ、キアンの息子だ。
見事なことにウィル君は聖獣のなかでも伝説と名高いあの白龍を召喚したのだった。
************************************************
聖獣:野生に暮らす魔獣のなかでも人間を襲わないもの。大抵が高い知能を持つため、高位魔獣。
白龍:いろいろと伝説をもつ聖獣。なんでもそのなかには初代国王陛下の召喚獣だったというものもあるらしい。人型に変身でき、その姿はいわゆるイケメン。
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