103 / 137
それいけ学園編
◆11.とんでもない生徒(サルーダ視点)
しおりを挟むある男が一人震えていた。
「やべぇよ……」
普段の男からは考えられないか細い声が聞こえる。いつもの威勢はどこへやら、いまは背中を丸め机に肘をついて頭を抱え、目をギュッと瞑って唸っている。
そう、ウィルの担任教師、サルーダである。
自分の受け持つ時間で、生徒が怪我をしてしまった。
あの魔道具め、壊れて生徒を傷つけるとは!
サルーダは自分の情けなさやら魔道具への怒りやらで悶々としていた。
「しかもよりによってぇー……!」
よりによってあの公爵家の息子、ウィリアムスの番で壊れるとは、とサルーダの脳内では怒りがやや勝ってはいるが。
熱血教師で通っているサルーダとて聖人君子ではない。
サルーダはまだ年若く、少々雑なところもあるが、その情熱と熱心さを学園長に買われ、昨日は入学式の司会まで任せてもらえたのだ。このまま行けば、と期待していた矢先にこの事件である。
それが怒らずにはいられないだろう。
サルーダにだって生活があるのだ。幸い、ウィル本人は気にしていない様子だが、相手はあのベリル家だ。
国で名を馳せる『キアン様』相手に一介の教師如きが何をできるというのだろうか。
色々な結末を一人妄想して、サルーダは深い溜め息をつくのだった。
と、ちょうどそのときだった。
チリーン
と涼しげな音がなった。サルーダがその音に飛び上がる。
「うわー……来ちゃったよ……」
苦虫を噛み潰したような顔をしてサルーダが立ち上がった。そして、扉のすぐ隣に取り付けられた魔道具に近付く。たったいま音をたてたその魔道具は、ポ○ベルのようなものだ。
着信と、四桁までの文字が受け取れる機能のある魔道具。
まぁ、ポケ○ルサイズとはいかないが、化学も何も発展していないこの世界においてこの機能性はすごい。まさにビバ魔法な代物である。
そして、そんな魔道具にはサルーダには無情にしか思えない四文字が映しだされていた。
『スグコイ』
サルーダとしては行きたくないというのが本音中の本音だ。しかし彼はやとわれの身。
その組織の一番上の命令とあっては逆らうわけにはいかないのである。
サルーダは怒りも忘れ、むしろ悲しくなってきたようで、トホホ、と漏らしながら部屋を出て行った。
◆
「さあそこに座りたまえ」
学園長に促されて、サルーダは少なくとも四人掛け以上ではあろう馬鹿でかいソファに恐る恐ると腰を降ろした。
サルーダがやってきたのは学園長室。無論、表の方である。
あの----いまとなってはサルーダには地獄の呼び出しの----魔道具には親機と子機がある。子機は受信専用だが、親機は送信ができる。その親機が、ここ表の学園長室にあるため、各教師の部屋に取り付けられた子機に『来い』と表示されれば、必然的に『学園長室に』という意味になるのである。
「折り居った話があるのだ」
学園長は目の前で震えるゴリラを安心させようと努めて笑顔を浮かべた。そしてまたどこからともなく紅茶を出してきてコーヒーテーブル的な位置付けの足元の机にそれを置いたのだが、サルーダにそんなことに気が付く余裕はない。
学園長の優しさからの笑顔もいまのサルーダには逆効果だったらしい。得体の知れない笑顔に戦々恐々としている。
「ウィルくんのことなのだが」
そんなサルーダに気付いてのことなのか、学園長は単刀直入にはじめることにするようだった。
その言葉にサルーダの鍛えられた身体が強張る。大体、教師をやるのにその筋肉は必要ないと思うのだがサルーダは、生徒たちと全力で学ぶにも遊ぶにも先立つものは筋肉!と言ってきかない。
まあそんなことはいい。
そのデカい図体が、一気に縮こまってしまったようである。いつもの暑苦しさはどこへ行った。
普段からそれと足して二で割ったようなテンションでいてくれると助かる者が多いだろう。
そんなサルーダだが、心の中では嵐が吹き荒れていた。言うなれば「キターーーー」が羅列している状況のようなものである。勿論、楽しさからのキターーーではないが。
心臓から汗が噴き出してしまいそうだ、とサルーダは本気で心配になる。
「今回のことで、こちら側がベリル家に責められ負わされる何かは」
口を開いた学園長の口を、固唾を飲んで見守る。
「一切ない」
そして次に出てきた言葉にサルーダはしばし呆然とする。
「……え?…ええ?な、ない?……んです……か?」
半信半疑で呟かれた言葉に学園長が笑う。どうやらこれまでの異常なまでの“溜め”も確信犯だったようである。
サービス精神旺盛でたいへんエンターテイナーとしての才能はあるようである。しかし、サルーダとしては堪ったものじゃない。実際、まんまと引っかかり心臓に無駄なエネルギーを沢山つぎ込まされた。
「……な、ないとはどのようなことでしょうか」
「サルーダ、君は『容量オーバー』を知っているかね?」
サルーダの質問に質問が返された。唐突な質問に、はて、と疑問を浮かべながらも素直に答える。
「知っていますが。魔力測定器の容量より多い魔力を持つ者が触れると、粉…砕……する」
言いながらサルーダは気付いたようだ。まさか、と学園長の目を見てみれば、頷くようにキラリと光った。
「学園長はあれが容量オーバーだった、というのですか?」
信じられません、と顔に書いてある。
「そうだ」
簡単に返されて、サルーダは目をぱちくりする。
「まさか!10歳というと成人の半分しか魔力はないのですよ、ましてやウィルは8歳……あり得ません」
常識を主張したサルーダに学園長が面白そうに笑った。
「信じられないようだがな、前例とてあるのだ」
前例、その言葉にサルーダは止まる。そうだ、まさか学園長がなんの根拠もなしにそんなこと言うはずがない。といきなりこれまでの自分が恥ずかしくなった。顔が真っ赤だ。
大人になって顔に表情が出過ぎだと思うのだが、彼が熱血漢足り得る素直さゆえのものだ。学園長はそんなサルーダのころころ変わる表情を見て楽しんでいた。
「うむ、そして前例なのだが、その生徒の名前がキアン=ベリルだ」
楽しそうな学園長の言葉にて、この日サルーダはいかにベリル家が規格外なのか学ぶことになる。
◆
「では、よろしく頼んだよ」
「失礼いたしました!」
笑顔の学園長に見送られ、サルーダは学園長室を後にした。
「はあああぁ……」
廊下に出た瞬間に、力が抜けたように深い溜め息を漏らす。
何だかんだ言ってずっと緊張状態を強いられてきたのだ。
サルーダのような男にはそもそも絢爛豪華な装備品のある堅苦しい学園長室でくつろげという方が無理があるし、加え今回はウィルの件もあるのだ。緊張しない方が無理というものである。
そして、学園長。
自らが勤める学園の長という権力的なものも勿論起因する。してはいるのだが、サルーダにとって、いや殆どの人にとってそれはどちらかというと二の次になる問題である。
学園長の、その莫大な魔力。
意識せずとも漏れ出る魔力は、目の前にいる人に威圧となって押し寄せる。
キアンなどもそうなのだが、元冒険者とあって魔力を中に留める技術に長けている。仕留める魔物に、魔力で気付かれてしまってはいけないからだ。
対して、学園長はそんな技術は必要なく、むしろその威圧を充分に利用していた。
そんなわけでサルーダの心労は絶えなかった。常にビクビクしているのだ。ライオンの前に立たされた牛肉のようなものである。草食獣は逃げられるが、生憎牛肉になってしまっては逃げられない。
ちなみにウィルはその二人をも上回る魔力をすでに持っているのだが、所謂『前世の記憶があったため』無意識に魔力を身体の中だけに留めているというよくあるやつだ。
しかし、サルーダの心労はそれだけでない。学園長は最後の方になって思い出したように言ったのだ。
『おお、それとウィルくんの出血だが、あれは彼の魔法によるものだから心配せずともよい』
あの場から去りたいがためにウィルが軽い気持ちで使った魔法だったが、サルーダの衝撃は並のものではなかった。白眼を剥いて小指を立てて、背景にベタフラがきそうな勢いである。
さんざん悩んだことが魔法による偽物だったのだ。
思わず、それを最初に言ってくれ、と学園長をなじりそうになったサルーダに罪はないはずだ。
余りの衝撃に、そもそもどんな魔法を使ったのか、という根本的な疑問すら出てこなかったのはウィルにとって幸運と言えるだろうか。
そんなわけで生命力をギュリギュリ削りとられたサルーダは普段の二割引きほどの大きさで、廊下を歩き始めた。
今回、学園長から頼まれたことは、ウィルの魔力を口外しないことと、後の特別な魔力測定器を使っての測定の担当をしてくれ、というものだった。
散々、振り回されたサルーダだったが、そこは流石、熱血教師。
これから苦労するであろう生徒のためにと思うと、快諾した。すでにやる気すら出てきているからサルーダという男もその熱血ぶりに置いては、隅に置けないやつなのかもしれない。
20
お気に入りに追加
7,455
あなたにおすすめの小説
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。