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それいけ学園編

◆10.フェルセス学園に入学したのだが 後編(ミィ視点)

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 気が付くと朝になっていた。無意識で寮内に入っていたらしい。
 おぼろげに『きおろ』という寮長にこの部屋につれてこられた記憶がある。
 どうやらここが私がこれから住む寮の部屋のようだ。同室のレイミという少年が朝食は食堂で食べるものだと教えてくれた。思わずお礼を言ってしまったのは失敗だったな。
 貴族は簡単に頭をさげてはならないと父上が言っていた気がする。
 朝食を食堂で食べた後、レイミの友人たちに引っ張られて教室にたどりつく。なぜ迷わない。
 私は地図を忘れたのでとりにかえろうとしていたのだが、地図も持たぬ彼らに案内されてしまった。
 しかしこの私の腕をぞんざいに引っ張っていくとは……ま、まあ平民の子どもだ、礼儀を知らないのも仕方がないな。
 いや、違う。私も礼儀を知らぬ阿呆であった気がする……。
 ……そうだ! 昨日は公爵家のご子息にとんでもなく無礼なことをしでかしてしまったのだ! そこでやっと昨日のことを思い出す。
 私は謝罪もしていない。どうしたら!?
 席をたとうと腰を浮かしかけたところで扉が勢いよく開き、サルーダ教諭が教室に入ってきた。タイミングを逃してしまった。

「おはよーう! じゃあ、今日は昨日言った通り身体計測を行うぞ! ついて来い! ついでに言うと今日は体重測定もあるが、魔力測定もある」

 サルーダ教諭のその言葉にクラスメートたちは悲鳴や歓声をあげた。そしてぞろぞろと廊下に向かって歩き出す。私はクラスメートたちの壁に阻まれて、ざわめく教室から早々に出て行く銀髪の少年――――ウィリアムス=ベリル様を見送るほかなかった。



 魔力測定をするのは入学前から楽しみだった。
 さいわい私にはそれなりに剣術の才能はあるとのことだが、魔力量が多ければそれだけでいろいろできるようになる。例えば《身体強化》の魔法とか。それで領内の魔獣を倒して父上にほめてもらうのだ! だから魔力を測るのは楽しみだった。ちょっと不安はあったが。
 でも今はそれどころではなかった。なんたって、ウィリアムス=ベリル様に謝ることもできていないのだ。
 でも、何を謝るんだ? どうやって謝るんだ?
 ウィリアムス様はまったく私のことなど気にしていない様子だった。いまも楽しそうに平民の天パの少年と話している。クラスの自己紹介の際に家名も名乗らなかったことを見ると、貴族であることをクラスメートには知られたくないのかもしれない。
 なぜだ?
 私にはまったく理由がわからなかったが、いまここで謝るのは良くないだろう。

 悩んでいるうちに私の魔力測定は終わってしまった。平均の50より20も多い70だったというが、いまはそれどころではなかった。謝るなら、いつだろうか。
 どうやって、どこで。
 いや、でもそれだったら父上のお言葉は……? どういう意味だったのだろう?
 『私達は、平民ではない。彼らを支配する領主なのだ――――それを忘れるな』
 領地を発つとき父上はそう言って私の頭をなでた。田舎者の貴族だからと王都の学園に行っても平民に舐められるなよ、という意味だろう。ちゃんと支配する側として毅然とした態度でいなくてはならないのだ。
 でも、それでは……! 父上のお言葉に従うと、上の身分の方との接し方がわからないではないか!
 それに父上はこれも常日頃から『謝るときは、きちんとそこに至った理由を理解して、本当にそれを心から反省し、改善していこうという意思を持って謝らねばならない』と私に言い聞かせる。でも、私はこのとおり理由も改善方法もわからなかった。これでは謝ったところで結局は見せかけだけのポーズになってしまう。父上にこっぴどく叱られるだろう。
 しかし、家はやっと力を取り戻してきたところだ。そんなときに公爵家の方にあんなことをしてしまうなんて!

 悶々としているうちに、ウィリアムス=ベリル様の番がきた。何やら魔力測定器を恐れているようすだ。少し腰がひけている。
 恐る恐る測定器に手を伸ばし、指の先でつんとそれに触れたウィリアムス=ベリル様であったが……。
 なんということだ!
 その瞬間に、測定器は粉々に割れてしまったのだ! ウィリアムス様は驚いたようすで尻餅をついている。しかも、その御手からは血がでている!

「俺はウィルを保健室に連れて行く! お前らはここで静かに待ってろ、いいな!」

 ざわめくクラスにサルーダ教諭は言い残し、ウィリアムス様を連れて出て行ってしまった。



 結局、ウィリアムス様は身体測定などこの日の学園の日程を終えるまで教室には戻らなかったため、謝ることができなかった。
 もちろん謝らねばならないと私も理解しているが、しかし時間を置くにつれ、私のなかでは疑問ばかりが膨らんでいた。
 父上の言ったことは、どういう意味だったのだろうか。
 父上も素晴らしいが、ウィリアムス様のお父上、キアン様も素晴らしいお方だ。 その人にウィリアムス様も何かお言葉をもらって学園にきているはずである。では、ウィリアムス様の、あの平民のような振る舞いは? なにか意味があるはずなのだ。
 これでは、父上のお言葉だけでは、上の身分の方との接し方が分からぬではないか!
 もうわけがわからなくなって叫びだしたくなったが。
 このままではいけない。
 それだけは私にもわかった。
 いつの間に廊下で立ち止まってしまっていたが、私は顔をあげて走り出した。



 ノックをする。気が急いて少々乱暴になってしまったが、今の私にはそれを気にする余裕などなかった。
 少し時間が置かれて扉が開かれた。中から現れたのはウィリアムス様だ。
 扉を開いたウィリアムス様は銀色の綺麗な髪をゆらして当惑の表情だ。それもそうだろう。昨日あんなことをやらかしたばかりの愚か者があろうことが自室を訪ねてくるだなんて、思っていなかったはずだ。
 謝るときは、きちんと理由を理解して、本当にそれを心から反省し、改善していこうという意思を持って謝らねばならない。もう私はどうしようもなくなって、 ウィリアムス様のもとを訪ねたのだ。自分のふがいなさにがっかりする。

「突然の訪問をお許しください。お時間ございますでしょうか」

 何とか息をすって呼吸を整えてから、声をだした。
 私の突然の訪問にもウィリアムス様は怒ることなく、こころよく部屋に迎え入れてくださった。部屋に入ると、平民の天パ少年が驚愕の表情で私を見ているのが視界の隅に移った。彼がウィリアムス様の同室となったのだな。
 私は意を決して、ウィリアムス様に事情を説明することにした。
 本当におろかなことだと思うが、もうわからない以上、彼に直接聞くしかないと思ったのだ。
 私は父上のお言葉とウィリアムス様の言動への疑問を合わせてすべて説明することにした。

「----というわけです」

 ウィリアムス様は嫌な顔ひとつせず黙って私の話をさいごまで聞いてくださった。本当にお優しい人だ。
 そして、小さく頷くと口を開いた。その様子はまるで私の父上のようでつい縮こまると同時に尊敬のまなざしで見つめてしまう。なんだか、貫禄、というか大人のようなのだ。

「お前の父親は本当にそう言ったのか?」
「言いました!……たぶん」

 ウィリアムス様からの質問に、改めてそう尋ねられてしまうと急に不安になってきて語尾にそう付け加えて答えてしまう。
 つもった不安に私はついに聞きたかったことを尋ねることにした。

「あの、ウィリアムス様は……どうして?」

 ウィリアムス様はそんな私ににっこりと微笑んだ。天使のような微笑につい呆然と顔を見つめてしまう。

「俺自身はなにもしてないからな」
「……は?」

 そのうえ予想外すぎる答えが返ってきたため、私はこれ以上ないほど無礼な言葉を思わず呟いてしまった。そんな俺に何をいうわけでもなく、ウィリアムス様はいたずらに苦笑した。

「それはつまり、貴族という身分で平民に養ってもらっているに過ぎない。俺のすごいことと言ったら貴族の家に生まれた運くらいじゃねえか? それに。前に言ったように、学園ここじゃ俺らの身分はただの“学生”だ。何をもって偉ぶれって言うんだ?」

 にっこり笑ったウィリアムス様のお言葉に私は雷をうたれた気分であった。
 そうか。
 お父上の『私達は、平民ではない。彼らを支配する領主なのだ』の言葉の『支配』というところだけに注目してしまっていたが、何もお言葉はそれだけではなかったのだ。
 そうウィリアムス様はおっしゃったのだろう。そうか、そうなのだ。
 でも、それならば父上が本当に私に言いたかったこととは何だったのだろうか。 養われているという貴族なのだから平民をあがめろというのだろうか? それでは後半の意味がわからない。

「お前んち、通信具置いてあるか?」

 思わず疑問が顔にでていたのだろう。クスリと笑ったウィリアムス様がどこからか取り出した魔道具を手にそう聞いてきた。



 学園の息子から連絡がきた。
 屋敷の通信具――うちにあるのは手紙の転送型の魔道具だ――宛てに、息子から手紙が寄越されたときには驚いた。
 辺境とは言え、防備を任されるソシルノフ家には王都や主要軍と連絡を取り合う必要があるため取り付けたものだ。
 読めば、とある友人が簡易式の通信具を貸してくれた、とあるが、送信が可能な通信具など学生が持ち得る品じゃない。
 いや学生が持ち歩けるサイズが開発されたということだろうか。王都に問い合わせなければならないな、と頭に留めながら手紙を読み進めた。

『父上のおっしゃられた言葉の意味が俺には理解しかねます。“私達は、平民ではない。彼らを支配する領主なのだ――――それを忘れるな”とはどのような意味だったのでしょうか』

 その文を見つけて頭を抱えた。我が息子は素直で根の良い奴であるが、少々、……いやかなり素直すぎる。

「はぁ……」

 深い溜め息を漏らしながら、返信の手紙を書き綴るのだった。

『息子よ、私は「私達は、平民ではない。彼らを支配する領主なのだ。つまり、私達は民に食わせてもらっているかわりに統治している。それを忘れるな」と言ったはずなのだが……。それより、王都では新型の通信具が開発されたのか? 従来の通信機に登録せずとも通信が可能な……』

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そんな大層な理由もなく前世の庶民感覚が抜けないだけというウィルの真実。
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