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第1章 家をつくろうと思っていたら街ができてい
22.買い物デートって響きには恐ろしさを覚えたものです
しおりを挟む朝ご飯を食べて、宿を出る。女将さんにはこれから遠征に出る旨をファナさんが伝えていた。年単位で部屋は契約しているとのことなので、遠征をするからといって部屋を開けるわけでもなければ、料金が変わるというわけでもないようだ。ただ女将さんが心配するから伝えておくのだという。
まだ街が本格的に活動しはじめる前の朝の時間だ。ちらほら道を行くのは、冒険者か、客商売の店主くらいだろう。大方の街の人はまだ夢の中だ。爽やかな静かな朝の陽気は、なんだか気分をワクワクさせてくれて、楽しい。少し薄暗い空間が明るくなっていくからだろうか。
いや、ファナさんと一緒にいるから楽しいだけかもしれない。
冒険者ギルドに近づいてくると、人通りが増え始める。たぶんこれからギルドに向かう冒険者と、クエストを受けて意気揚々と出発する冒険者だろう。みんな、いかつい。
重めの扉を開いてギルド内に入ると、もうすでに結構冒険者がいて、受付に並んでいた。もちろん美人のお姉さんの方の受付だ。
もう俺は諦めているので、いつものお兄さんの方の受付に行く。こちらは露骨に空いていた。
冒険者たちの気持ちも分からないでもないが、ここまで空いているのなら空いている受付に行った方が得なのではないだろうか。それにお兄さんもかわいそうだ。しっかり働いてくれているというのに。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよぉ」
俺とファナさんが挨拶をすると、お兄さんがのんびりと挨拶を返してくれる。
「ファナ、マコト君、待ってたよぉ。実は君たちにまた指名依頼が入っているんだ」
「どんな依頼ですか?」
「今回は街の外に行く依頼。詳しくは別室で話すよぉ」
お兄さんに連れられて、ギルドの会議室に入る。ローテーブルを挟んで、向かい合う。
「で、どんな依頼なんだ? 街の外ってことはまた霊薬の採取依頼か?」
「いや、今回は遠征依頼だよぉ。採取依頼ではあるけど、討伐依頼でもある」
「何かモンスターの素材か」
「そう、今回は猛進牛の革だよぉ」
ファナさんがお兄さんと依頼内容について話し合っているのを聴きながら考える。採取依頼ならこれまで何度もこなしてきたけど、はじめてのモンスターの討伐を中心とした依頼か。
いつもならためらっていたかもしれないが、今日はちょうどファナさんと話し合ってきたところだ。
「で、どうする? 受ける?」
お兄さんが問いかける。ファナさんがこちらをちらりと見てきたので頷く。
「受ける。ちょうど今朝マコトとそろそろ討伐依頼でも受けるかという話をしていたんだ」
「タイミングがよかったんだねぇ。じゃあ、詳しい説明をしていくよ」
お兄さんが懐から冊子を取り出して、説明を始めた。……懐にそんな大きな本入れていたとか、実はお兄さんも『無限収納』を持っているのではなかろうか。
開かれた冊子には、牛の絵が描かれていた。しかし、俺の想像する牛よりはずっと筋肉質で、ロデオに出てくるような牛や闘牛よりもずっと強そうだ。
「この牛の背中の部分の革が欲しいんだよね。なるべく広い面積で」
「了解。なるべく傷をつけないようにだな」
「それで、必要数は20、1か月以内に欲しいそうだよぉ」
「それは……無理がある依頼だと一蹴していたところだな。――私たちでなければ」
「そうだよねぇ。いつもならギルド側も依頼主から受付すらしないよ。でも今は君たちがいるから受けてもらえるかなと思って、依頼主から依頼の斡旋を受託したんだよ。まあ、君たちに断られたら無理だよとは伝えたけどねぇ」
お兄さんが肩をすくめた。20頭分くらいだったらとか思ってしまうのは、俺の想像する牛が地球の牛だからだろう。きっと俺の想像よりずっと大きいのだろうな。
しかも、遠征依頼というくらいだから、この街から離れたところにしか生息しないはずだ。遠くから大きな牛を運ぶだけでも重労働だ。トラックもないし。
そう考えるとこの依頼、俺の無限収納がなければムリゲーだ。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くな。行こう、マコト」
「はい、ファナさん。お兄さん、失礼します」
「いってらっしゃーい」
お兄さんに見送られ、部屋を出て、ギルドを出た俺たちはその足で商店街に向かった。
崩れかけの石畳の道の両脇には、屋台や長屋風の商店が続いている。冒険者や商人らしき人たちが慌ただしく行きかっていた。街は静かだが、にわかにここだけは騒がしいな。
「遠征に行く前に買い物をしなくてはな。普通なら新人冒険者は、まずは野営をするなら必要な備品を揃えて、残りは荷物の隙間に携帯食料をありったけ詰め込むものだが、マコトは普通じゃないから、気にしなくていいだろう」
「普通じゃないって言われるとなんだか複雑な気分ですが、確かに普通じゃないので、それもそうですね」
ファナさんが笑ってそんなことを言うので、俺も微妙な表情で苦笑する。自分が一般的な冒険者像からかけ離れていることはわかってます。
そんな会話をしながらもファナさんは、店先にカーゴがいくつか並べられた半露天みたいなパン屋さんで、丸いパンを手に取った。
「おじさん、これ、100個くれないか」
大人買いである。
「100!? そんなに買って食べきれるのかい!?」
突然そんなことを言われたパン屋のおじさんも案の定驚いている。
「ああ。すごい大食漢なんだ、彼」
ファナさんが俺を指差しにっこり笑う。無限収納を気軽に人に話せないからって、そんな適当な言い訳が通じるわけ――
「へえ! そんななりで!? こりゃ驚いたな。よし、じゃあ、100個持ってくるからちょっと待っててくれよ」
通じたー!?
しかも『そんななり』って、ちょっと失礼じゃないか?
いろんな意味で複雑な感情が渦巻いて、ついついファナさんをじっと見つめていると、店の裏に歩いていったパン屋のおじさんを目で追っていたファナさんが「ん?」と振り向いた。
「どうした、マコト。そんな熱い視線を向けられると照れるんだが」
全然照れていない表情でからかわれる。
「ファナさんが美人だなと思って、見ていたんです」
「な……だから、お前は、そういう……」
からかい返すと、ファナさんが真っ赤になった。いつも褒めているのに、いまだに慣れないらしく、言うたび真っ赤になるファナさんは、いつもの勝気な印象と相まって、ギャップ萌え。最高にかわいい。
これを言うと、さらに真っ赤になって走り去ってしまいそうなので黙っておくが。
「ほーい、100個持ってきたぞ。15銀貨。袋はおまけだ」
「ありがとうございます。はい、15銀貨です」
45Lくらいの袋を3つ分をパンでパンパンに膨らませて持ってきたおじさんから、ファナさんが袋を受け取った。
その間に俺は鞄から取り出すふりをして無限収納から出した銀貨15枚をおじさんに渡した。銀貨や金貨は意外とかさばるので、最近はもっぱら俺の無限収納がお財布の役目をはたしている。
その後は八百屋さんに行ったり、いろんな露店を巡ったりしながら食料品を揃えた。時間が止まってくれるので、好きなだけ買えばいいのだ。後、必要なものと言えば……。
「後はベッドと食器類くらいですかね。テントは、念力でその場で生やすか、穴を掘ればいいですし」
「そうだな。雑貨屋と、寝具店に行くか」
カモフラージュのため、お互いにいろいろ荷物を持つようにしていたら、結構な大荷物になってきている。
ただ、急ぐでもなく、美味しそうなものを集めたり、お金のことも気にしないで気に入ったものを買い物したりと、久々のショッピングは楽しめた。
寝具店に一緒に来る男女は、どうみられるんだろうか、なんて思って。
冒険者がテントなんて買わないはずだから、同棲前のお買い物デートに見えたりするだろうか、なんて。
ちょっとウキウキしてしまうのは男のサガというものだろう。
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