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第1章 家をつくろうと思っていたら街ができてい
1.気がついたら森の中
しおりを挟む目の前には大木がある。こんな大木、屋久島の案内をしてる特番でしか見たことない。
ペタペタと手のひらで大木を触ってみたところではたと気が付く。
なんで俺、こんなとこにいるんだろう。
周りを見回してみるとここは森の中のようだ。木漏れ日がさらさらと輝いていて、吹き抜ける風が気持ちがいいが、そんなことはどうでもいい。
なんで俺、森にいる。
さっきまで、アスファルトと電気の消えた住宅に包まれた深夜の道を歩いていたはずなのに。
その証拠のように俺は森の中にいるというのに、スーツに革靴を身にまとっていた。
ああ、せっかく買ったそれなりに高い革靴に泥汚れがついてしまっている。すっくない給料でやっと買ったのに。
って、そんなことはどうでもいい。なんの前触れもなく、森の中にいたってのがまずおかしいだろう。
落ち着いているつもりだったが、俺は存外混乱していたらしい。深呼吸をして、なんとか精神を落ち着かせようとする。
「ふう……」
空気が美味しい。
って、これっていわゆる夢なんじゃないだろうか。
やっとその考えにいたったところでほっと一息つく。夢の中なのに、夢だと気が付くなんてめずらしいが、まあないこたぁない。仕事帰りに道を歩いていたら、何の前触れもなく森の中にいたって方がずっとありえない。
しかし、俺仕事帰りの夜道から家まで帰りついた記憶がないんだが、これはいよいよ末期?
無意識に家に帰ってくれてたらいいんだけど、道端で意識を失っているんだとしたら本当に末期だ。
幸い春だからいいけど、もう少し前だったら凍死必須である。
まあでも納得なところもあるが。なんせ3日も家に帰っていない。
会社のシャワーをあびて仮眠室でちょっと仮眠したくらいで、俺の身体はくったくたの状態である。
ていうか、会社にシャワーやら仮眠室とかある時点で確信犯ですよね。
とんだブラック企業に入社してしまった。転職しようにも、転職先を探す時間も取れないし。仕事をやめたところで薄給すぎて、この先の生活が立ち行かない。
「どっこいしょ」
まあ、せっかくこんな心地よい夢が見れているんだ。俺は目の前の大木に背を預けて、地べたに座った。
「森林浴を満喫しましょうかね」
はあーと深い呼吸をして、そんな気楽な発言を、この後すぐに俺は後悔することになる。
◆
「はぁっ……はぁ……はぁ……っ」
荒い息をなんとか整えようとする。ダメだ、少しでも音を立てたら気づかれてしまう。
漏れ出そうになる悲鳴も息も止めて、壁に身を寄せる。ギチギチという物音が近づいては、遠ざかっていくのを聴きながら、必死に目をつぶる。
のんきに森林浴をしていた俺を襲ったのは、恐ろしい化け物だった。すっごい巨大な蜘蛛くもだったのだ!
森なんだから、虫くらいいるのが普通だろうと思われるかもしれない。
いや、でもアイツは2~3メートルはあった。そんな巨大な蜘蛛、普通じゃない。
そのときは、そんな気持ち悪いものを夢に登場させるとは、俺の脳みそ、なんて悪趣味なんだろうと気楽に構えていたわけだが、事態は一変する。
蜘蛛から逃げようと腰を上げた俺に向かって、その蜘蛛は直径20センチはあるだろう太い糸を吐きながら飛びかかって来たのだ。
驚きすぎて転んだおかげで、幸い糸にはからめとられなかったのだけれど、蜘蛛の顔は、目前に迫っていた。ぎちぎちとならされるキバに、ひっと両腕でガードをしたところで、蜘蛛が噛みついてきた。
俺の左腕に、ちょうど、蜘蛛のキバが刺さる。深さ4センチは刺さった。
反射的に殴り掛かったら、運よく蜘蛛の眼球を突き破れて蜘蛛が怯んだ。
その隙をついて逃げ出したのだが、蜘蛛って複眼なのだ。ひとつ目潰ししたところで、全然視界はなくならないらしい。
俺は木々を盾にしながらなんとか走り回って、逃げ出した。
走っている間に、意識していなかった左腕が、ズキズキと痛み出す。歯もカタカタとなり出して、視界がチカチカとしてくる。
こんなに出血しながら走ってたら、そりゃ血の気も引くわなとどこか冷静な自分が思ったが、身体は震えながら走り出すしかない。捕まったら殺される。
中途半端に攻撃が決まってしまったからだろうか、蜘蛛も猛烈に怒っているような、気がする。
ギチギチとキバを鳴らしながら、木と木の間を飛び移って、俺の後を忠実に追ってくる。
また木を盾に、蜘蛛とは木を挟んで裏側に翻ったところで、ついに俺は足首を捻って転んだ。
立ち上がっているうちに、追いつかれるかもしれない。目の前が真っ暗になっていく。でも、視界はスローモーションのようにゆっくりだ。
迫る地面にぎゅっと目をつぶろうとしたところで、俺はそれを発見した。
木の根っこの脇に隠されるように、地面に空いた穴に。
穴があったら入りたい!
俺は木の裏側に聞こえる蜘蛛の着地音を聞きながら、地面を転がって穴に入り込んだ。
「っ!」
ちょうど俺の身体がようやく入るくらいの大きさの穴に逃げ込んだ俺を、蜘蛛は見失ったらしい。
去っていく蜘蛛の後姿を穴から少しだけ頭を出して、確認する。
長く息を吐く。
上がっていた心拍数と呼吸が、徐々に下がっていく。
それと同時に一瞬忘れていた痛みがぶり返してくる。むしろさっき走っていたときより、ずっと痛い。
「ははは……こりゃ、夢じゃあ、ないな」
俺はかすれた声で小さく呟いた。
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