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10巻

10-1

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 1


 よく晴れた、いつも通り平和な日に、それらは現れた。
 ゴブリン、ビスティア……そしてろうにゃくなんにょ様々な人々で構成された混成軍。
 種族も年齢もバラバラでありながら、彼等が身につけているものは鋼色にギラリと輝く立派な統一武装。
 バイザーを下ろせばゴブリンだろうと人間だろうと外見では区別がつかず、立派な「騎士団」にしか思えない。
 キャナル王国の首都エルアークの正門近くに現れた彼等は、待ち構えるかのように展開していたエルアーク守備騎士団と睨み合う。
 第三王女セリスが父王の悪事を暴いたことにたんを発した内乱は、いよいよ大詰めを迎えていた。
 セリスの父王打倒と首都エルアーク統治を王位さんだつの企みと断じ、正義を掲げて対立していたのは、第一王女ナリカ。
 そのナリカが拠点とする副都カシナートに第二王女エルトリンデが現れ、ナリカに取り入って裏で内乱を操っていた宮廷魔法使いマゼンダを討ったという話は、すでにここエルアークにも届いていた。
 そして、カシナートでの戦いの後、ナリカは雲隠れしながらも軍を再編成し、反撃を計画しているという報告もザダーク王国からもたらされていたのだが――

「……ザダーク王国からの情報通りか。聞いた時は冗談かと思ったが……」
「だが、あんな寄せ集めみたいな集団……いや、実際寄せ集めだよな。ナリカ様も大分追い詰められているということじゃないか?」

 エルアーク守備騎士団の騎士達がひそひそとささやくのも、当然といえる。
 騎士達はエルアークを守るために日々訓練をしており、鍛えあげた身体もその自信のもとになっている。それゆえに、たとえ立派な武装をしていたところで一般人に負けるはずがないという確信もあるのだ。
 だからこそ、エルアーク守備騎士団の面々の顔には余裕があった。
 混成軍の中からひときわ立派な格好をした騎士が進み出てきた時には、「率いているのはナリカ様ではないのか?」という疑問と、「ナリカ様らしくないとは思っていた」という納得がエルアーク守備騎士達の胸の内を満たす。
 ナリカ王女は誇り高く、がいぶんていさいを人一倍気にする人物である。また、獣人の血を色濃く受け継ぐセリス王女をかねてからうとんじていることから、差別主義者としても知られていた。
 そんなナリカ王女が、こんな寄せ集めのような混成軍を率いているとは、やはり考えられなかったのである。
 前に出た「立派な騎士」はバイザーを上げると、端整な顔に自信満々の笑みを浮かべ、朗々とした声で宣言する。

「聞け、王城を汚す反逆者にくみする愚か者共よ!」

 この一言で、「アイツを撃ってやろうか」という怒りがエルアーク守備騎士達の中に湧き上がった。
 確かにセリス王女とナリカ王女で争ってはいるが、どちらも王族であり敬愛すべき方々だ。
 そのセリス王女を「王城を汚す反逆者」などとののしることこそ愚かであり、不敬極まりない。
 あくまでこの戦いは「こっちのようする王族のほうがそっちが立てる王族よりも相応ふさわしい」と神輿みこしをぶつけ合う戦いであり、ナリカ王女やセリス王女を「反逆者」などとののしるのは、同じ王族にしか許されぬこと。
 だからこそ「こちらの王女にこそ光神ライドルグ様の加護がある」とか、「あっちの王女の軍は卑劣だ」といった表現でけなし合うのである。
 つまり、あの騎士の宣言は一言目から騎士失格なのだ。
 だというのに、その騎士は全く気にした様子もなく、むしろ高揚した顔で続ける。

「見よ! ナリカ様の威光の前に集まりし者達を! 光の神ライドルグ様の意思を体現するあの方の、剣となり盾とならんとする者達の雄姿を! 今日貴様らは、鮮烈なる光の意思の下にちゅうされるのだ!」
「……なんてひっでえ宣誓だ。作法も何もなっちゃいない」

 エルアーク守備騎士の一人が、見ていられないという風に首を振る。
 名乗るよりも先にああいう口上を述べるのは、マナー違反だ。騎士としての教育を受けていれば絶対にやるはずのないことである。
 そのあやまちを犯したということは、相手は見た目通りの若造で、大した人物ではないということだ。あんなものを最初の口上にかつぎ出すとは、ほど人が足りていないのか、と邪推したくもなる。
 確かザダーク王国からのしらせでは、エルトリンデ王女が副都を陥落させたとのことだったが……まさか、そこで優秀な人材が全て消えたというわけでもないだろう。
 すると、アレがナリカ王女のお気に入りだとも考えられるが……
 そんなことをエルアーク守備騎士達が考えている間にも、「立派な騎士」の口上はヒートアップしていく。

「……ゆえに、獣臭さの染みついた貴様らにもまだ人の心が一片でも残っているならば、降伏し忠誠の証を見せるがいい! 今ならば死をまぬがれ、その罪をあがなわんがために正統なる旗の下にすることができるのだ!」
「黙れ!」

 いつまでたっても終わりそうにない演説を大声で断ち切ったのは、エルアーク守備騎士団の団長である。
 基本的に相手の演説は遮らないのが騎士のマナーではあるが、名乗りもしない上に無礼な演説をこのまま延々と聞かされてはたまらない。
 この隙に、とっくに各門や王城には伝令が向かっており、時間稼ぎとしても充分すぎる。
 ならば、この無作法な口上を止めてやるのが、せめてもの情けというものであった。

「だ、黙れだと……!」
「無作法も非礼も若者ならば目こぼしもされ、それを許すはせんだつの義務。なれどこれ以上は許されぬ! 貴様こそ聞くがいい、我が名はジェパード! エルアーク守備騎士団団長、ジェパード・デルニーク! 正統をうたうならばざれごとではなく、その行動をもって示してみせよ! 未だ名乗りもせぬ若造にそれをす勇気があるかは知らんがな!」

 湧き上がる笑い声に「立派な騎士」は怒りに顔をゆがませ、吐き捨てるように叫ぶ。

「ぐ……くっ! 僕はセルゲイ・カルキノス! ライドルグ様の使者よりたまわりしこの魂剣ガルグオーヴァにかけて、貴様に真の正義を思い知らせてやろう!」
「やれるものならやってみるがいい! 重騎士隊、構えろ! 魔法隊は詠唱準備! 連中を絶対に通すな!」
「ナメるなよ、老害が! 全軍突撃! 思い知らせてやれ!」

 二人の号令に合わせ、二つの軍が動き出す。
 エルアーク守備騎士団側は、頑丈そうな全身鎧に身を包んだ重騎士達が盾と槍を最前列で構え、その背後に魔法隊と弓隊が並ぶ。
 先の戦いで壊れたエルアーク正門は未だ修繕されておらず、それゆえにこうして騎士を並べ防御するしかない。だがそれでも物理防御と魔法防御を扱う魔法隊がいれば、その瞬間的な防御力は城門をも超える。

「撃て! 重騎士隊は隊列を崩すなよ! 連中を絶対に通すな!」

 放たれる無数の矢と魔法。
 通常であればひるむであろうそれらにもセルゲイ軍は歩みを止めず、倒れた仲間の死体を踏みつけてエルアークへの進軍を続ける。
 その不気味さはまさしく異常であり、それを指揮するセルゲイは、狂ったように高笑いを上げていた。

「はは……はははっ! 素晴らしい! 素晴らしいじゃないか! 死をも恐れぬ無双の軍! こいつ等さえいれば僕の指揮は最大の効果を発揮する!」
「ご満足いただけているようで」

 セルゲイの背後から不意に現れて声をかけたのは、エルトリンデに討たれたはずの宮廷魔法使いマゼンダ。そのかたわらには、セルゲイよりもさらに立派な鎧を身にまとった高貴な女性の姿もある。
 笑みを浮かべるマゼンダに、セルゲイは高揚した表情のまま声をあげる。

「ああ、ああ! 満足だとも! 少々見栄えの悪いせんな連中が混ざっているのは不満だが、これならばナリカ様に勝利を捧げられる! そうでしょう、ナリカ様!」

 マゼンダの隣に立つ高貴な女性――ナリカは、混成軍をいちべつして鼻を鳴らして答える。

「ええ、実に醜悪な戦いよ。これならいい子気取りのセリスの配下では耐えきれないでしょう」

 吐き捨てるようなナリカの言葉にセルゲイはうめき、泣きそうな声をあげる。
 押している、勝っているのだ。
 なのに、何故ナリカは自分を評価してくれないのか。
 そんな気持ちで一杯なセルゲイを、ナリカはゴミを見るような目で見つめる。

「評価はしてあげるわ、セルゲイ。こんな戦術も何もない突撃、まさか裏があるとは向こうも思わないでしょう」
「は? 裏?」
「ええ、ええ。私がしっかり仕込んでおります。裏門でも始まる頃でしょう」

 そのマゼンダの言葉とともに、セルゲイ達とは反対側――丁度エルアークの裏門から警報の鐘のと怒号が聞こえてくる。

「な、なんだ!?」
「裏門の仕込みが始まった音ですよ、セルゲイ様。ええ、全て貴方あなたのご命令通りですよ」
「そ、そうか! そうだったな! マゼンダ、よくやったぞ!」

 ナリカは道中でマゼンダに聞かされていたが、今回の作戦では正面突撃だけでなく、分隊による裏門からの同時攻撃も行う。
 それは、裏門の守備騎士団にマゼンダが仕込んだ「裏切り者」により完遂されるはずだ。
 ナリカには「セルゲイの作戦」と伝えられていたその奇襲は、どうやら最初から最後までマゼンダの仕込みであるようだったが……まあ、予想通りだ。
 セルゲイは、マゼンダに操られるどう
 どちらも腹に何かを抱えているようではあるが、その全てを処分するのはこの戦いが終わってからでも構わない。
 そんなナリカの思惑を知らずにいるのか、それとも知った上でできるものかとあざわらっているのか。
 どちらともつかぬ笑みを浮かべるマゼンダは、実に楽しそうに呟く。

「まもなく裏門は開門し、戦いの舞台はエルアークの市街に移ります。そうなれば……くくっ」

 そのマゼンダの言葉通り、裏門はほとんど戦いもしないままに裏切り者によって開門された。
 市街戦突入の報を受けた正門守備騎士団も戦線後退を余儀なくされ、第二守備拠点への撤退を決定。
 こうして、エルアークの戦いは激しく……厳しいものへと変化していった。



 2


 ナリカ混成軍とエルアーク守備騎士団の戦いによる城下のけんそうは、フィブリス城にまで届いていた。

「……申し訳ありません。私の力不足です」

 玉座の前に立つ少女に、光杖騎士団副団長アンナはひざまずき、こうべを垂れていた。
 そんなアンナに、少女は静かに首を横に振ってみせる。

「いいえ、アンナ。貴女あなたはできる限りのことをしてくれています」
「しかし、エルアーク守備騎士団に私の指示が伝わっていなかったのは明らか。現状をかんがみても、恐らく……」
「ええ、エルアーク守備騎士団の要所要所に裏切り者がいるのでしょうね」

 アンナの言葉を、少女の隣に立つメイドナイトが引き継ぐ。
 メイドナイトの名は、レイナ。
 伝説のメイドナイトとうたわれる者で、玉座の前に立つ少女――キャナル王国第三王女セリスの友人としてフィブリス城に滞在する者である。

「裏切り者……そうですね、チェスターも結局、私よりナリカ姉様を選んだのです。エルアーク守備騎士団の中にそれと同じ考えの者が、いないはずもない……」
「セリス様、それは……!」

 一度セリスについておきながらしゅっぽんした光杖騎士団長の男の名を聞き、アンナは慌てて声をあげる。

「あの男は……チェスターはきっと元々、そのつもりだったのです! セリス様が気になさることではありません! そうでしょう、レイナ殿!」
「そうですね。あの男には邪悪なものを感じました。ここをしゅっぽんしたのも、私がいては目的を達成できないか……何かの不都合があったからでしょうね」
「そ、そうです。その通りです! ですからセリス様のお気になさるようなことでは!」

 アンナの必死のフォローに、セリスは小さくクスリと笑う。

「……ありがとうございます、アンナ。けれど、私は自分の責任から逃げようとは思いません。この内戦の発端を作ったのは、間違いなく私なのですから」
「なるほど、理解はされているようだ」
「なっ!?」

 部屋の隅に現れた黒装束の姿に驚き、アンナが思わず立ち上がる。
 フィブリス城の警備は完璧にしたはずだし、この部屋にはレイナもいる。
 その警備をくぐり抜け、レイナにすら気づかれぬまま、今までひそんでいたというのだろうか。
 アンナはそれを考え、黒装束の男の手腕にせんりつした。

「セリス様、貴女あなたが死ねば内乱は終わる。責任を自覚しているというのならば、当然そのしょくざいも覚悟しておいででしょう」
「ええ、覚悟は最初からできています」
「ふむ……」
「なればこそ、私はナリカ姉様を王と認めることはできません」

 黒装束の男が、動く。
 アンナが腰から短杖を引き抜き……セリスの手が、それを制した。

「その覚悟、お見事です。セリス様。私を貴女あなたの配下にお加えください」

 ひざまずき、黒装束の男は自らの顔を隠していた覆面を取る。
 覆面の下から出てきた赤髪のじょうの顔は、苦悩にゆがんでいた。

「は、配下だと……!? 貴様、どのつら下げてそのようなまいごとを!」
もうげんであることは承知しています。しかし、違和感なく接近するにはこのタイミングしかございませんでした」
「何が違和感だ! エルトリンデ様やセリス様を裏切っておいて、貴様……!」
「この戦いが終われば、罰は受けましょう! しかし、もはやナリカ様はマゼンダの操り人形も同然……!」

 涙すら流してみせる赤髪の男に、セリスは悲しげに笑いかける。

「……そうですか。では、貴方あなたは今後、私に忠誠を誓ってくれるのですね」
もちろんです、セリス様。私を信じてくださるのですね!」
「ええ……できれば、信じたかったです」

 セリスが言い終わるや否や、赤髪の男は隠し持っていた黒塗りの短刀を構え飛び出し……レイナの剣が、男を斬り裂いた。
 同時に、アンナが男の腕をつかみ地面に引き倒す。

「が、あ……」

 倒れてもんぜつする男をいちべつすると、レイナはアンナへと視線を向ける。

「致命傷ではないはずです。玉座の間をこれ以上の死で汚しては、あのじじいも良い顔をしないでしょうしね……後は任せて構いませんね?」

 レイナの不審者への対応の速さもさることながら、光の神を「じじい」呼ばわりする豪胆さにも、アンナはぜんとしてしまったが、すぐに気を取り直す。

「か、感謝します……おい、誰か! 不審者だ! 運べ!」

 慌てて駆け込んでくる光剣騎士達が黒装束の姿を見つけ、驚きの声をあげる。

「こ、これは……セリス様、ご無事ですか!」
「セリス様は無事だ! いいからこいつを縛り上げろ!」
「は、はっ!」

 黒装束の男を光剣騎士達が拘束して引きずっていくのを見ながら、アンナはセリスに向かって一礼する。

「申し訳ありませんが、私も一度失礼します。奴から情報を引き出さねば」
「ええ、分かりました」

 アンナ達が玉座の間を出て行ったのを確認すると、レイナはセリスに向き直る。

「……さて、これでアンナにある程度の手柄も立てさせましたね」
「ありがとうございます、レイナ。アンナは責任感が強いですから……裏切り者が出ただけでなく不審者の侵入を許したことで、あのままだと辞めると言い出しかねませんでした」

 当然、レイナは黒装束の男が忍び込んでいたことに気づいていたが、裏切り者の情報を聞き出すにはちょうどいいと思い、泳がせていた。
 しかし、それは侵入者に気づけなかったアンナを追いつめることにもなる。だから、捕縛と尋問を彼女に任せ、手柄を立てさせることにしたのだ。

「全てが終わった後に、言い出しかねませんけどね」

 レイナの言葉に、セリスが苦笑する。
 しかし、セリスはすぐに表情を引き締め、その手の中の長杖をぎゅっと握った。

「……そうですね。全て、終わらせなければいけません」
「できますか? アレは、そう簡単な魔法ではありませんよ」
「やらなければなりません。今この時のために、テリア様が残したものなのですから」

 かつて勇者リューヤとともに、魔王シュクロウスと大魔王グラムフィアを滅ぼした、賢者テリア。
 彼女も使っていたという長杖を手にしたセリスは、それをぶんと振るった。
 すると、長杖の姿はぐにゃりとゆがみ、パンという音を立てて光となって弾ける。
 そうしてセリスの手の中に残ったものは、黄金色に輝く短杖であった。

「このエルアークを守るための魔法……極光殲陣ラティル・レイル。アルトルワンドの継承者として……必ず、発動させてみせましょう」



 3


 フィブリス城にて、そんな会話が交わされている頃。
 城下町での戦いにも、いくつかの変化が訪れていた。
 その起点となったのは、転移魔法陣によって現れた二人の男女だ。
 現れるなりゴブリンを切り裂き、ビスティアを魔法で吹き飛ばす。

「くそっ、いくら何でも早すぎる! まだあれから半日も経ってないんだぞ!?」

 副都カシナートでの戦いから、まだ半日。ナリカがエルレイム城から消えた後の行動としては、異常なほどに早い。
 カシナートにも相当数の騎士達がいたというのに、彼等ではなくゴブリンやビスティア、さらには戦えるとも思えないろうにゃくなんにょで構成された軍勢をわざわざ率いて攻め込んできている。しかも、その人数分の立派な装備を用意して、だ。
 こんな魔物を交えた明らかに異常な軍勢では、エルアークを制圧したところで民衆の支持など得られないだろうに、一体何を考えているのか。
 ナリカの掲げる主張からすれば有り得ない行動であるために、ザダーク王国の諜報員がたまたま察知するまでは、誰もその可能性を考えることすらできなかったのだ。
 しかし、その情報をもたらしたザダーク王国は、この戦いに正面から介入することはできない。
 それはキャナル王国とは最果ての海を隔てているという距離的な問題、ザダーク王国は魔族の国であるという種族的な問題、あるいは金銭的な問題ではなく、単純に政治的な問題であるがゆえだ。
 キャナル王国の内乱は、あくまで自国内の問題だ。そこにザダーク王国がナリカとセリスのどちらかを支援する意図をもって軍事的介入を行えば、それはキャナル王国への内政干渉であり、ザダーク王国によるかいらい政権の樹立を他国に連想させるかもしれない。
 軍事的介入というのは、他国にも分かりやすく「こういう人道的かつ正当な理由で介入する必要があるのだ」という――平たく言えば「自分の利益のために戦っているのではないのだ」という建前を示さなければならない。
 魔王ヴェルムドールが国王ではなく、人類社会一般でイメージされる「悪のしゅかい」であり、ザダーク王国が人類を滅亡させようと企む悪の軍団であったならば、介入に際しての建前など一切気にする必要はない。
 しかし、ザダーク王国はあくまで国であり、ヴェルムドールは国王だ。その大前提を崩さぬために、ザダーク王国もそうした暗黙のルールを守る必要がある。
 だからこそ、ザダーク王国はこの事態に対して軍の派遣はできない。
 そう、できないのだが……もとより、聖アルトリス王国のエリア王女の要請を受けてこの地にやってきているカインとアインについては、その限りではない。
 カインは聖アルトリス王国で将来を有望視されている男爵家の長男で、その活躍を買われてエリア王女より、友人であるセリス王女に力を貸して欲しいと頼まれていた。
 そんなカインに協力したのが、ザダーク王国の諜報員アインである。
 ザダーク王国にはキャナル王国の内情を探るという思惑があり、かねてからカインと交流のあったアインは内偵役にうってつけだった。
 エリア王女はアインが魔族であることなど知るよしもないが、カインはその正体を知ってもなお、アインと変わらぬ関係を続けており、魔族は絶対悪だという先入観を持っていなかったのも幸いした。
 だが、それでもカインは人類の一員だ。戦争だからといって、今エルアークを襲撃している人間を躊躇ためらいなく斬れるはずもなく、ゴブリンやビスティアを中心に倒していく。
 その一方で、アインは相手が誰であろうとようしゃがない。
 アインの魔法が鎧ごと老人らしき男を打ち倒したことで、その場のナリカ軍全てが沈黙した。

「助力に感謝する……!」
「いえ、当然のことをしたまでです。それより……」
「ああ、分かっている! 付近の住民の避難を今のうちに! 防衛拠点までの道の確保を……」

 テキパキと指示を出すエルアーク守備騎士の手際を見て、カインはここはもう任せても大丈夫かと思い歩き出そうとした。
 が、背後から聞こえた「うおっ」という先程の騎士の声に振り返り、絶句する。

「なっ……」

 騎士をつかみあげていたのは、絶命したはずのセルゲイ軍の一人。
 兜が割れ若い青年らしき顔が見えるが、こんな頭を叩き割られている状態で動けるはずがない。
 だが、現実として動いている。
 その身体からはもう一滴の血も流れていないが、割れた頭から漏れる黒い霧は血の代わりなのか。

「ゲ、ゴ……ニ、人間ガ……」
「ぐ、あああ!」
「隊長!」
「おのれ化け物っ!」

 周囲にいた騎士達が剣を構え斬りかかるが、物理障壁アタックガードに弾かれ地面に転がる。
 それでも諦めず立ち上がろうとした騎士達の目に映ったのは、無数の火の玉。
 まともな詠唱もなしにそんなものを作り出した「化け物」の割れた頭は、つるりとした黒い何かで覆われ、いびつな角がメキリと生えていく。

「……収束光撃ギオライトっ!」
「ギアアアアアアッ!?」

 文字通りの化け物と化したそれの頭部をカインの魔法が砕き、化け物は黒い霧に変わって消えていった。
 つかみあげられていた騎士も地面に尻餅をつくように落ち、周囲のナリカ軍の死体も今の化け物に変わるのではないかと、不安そうに眺める。

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