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8巻

8-3

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「……カイン」
「え、な、何?」

 両側から引っ張られていたカインは、アインに視線を向ける。

「お前、まさかとは思うが……特例制度で卒業して、そのエリア王女の頼みを引き受ける気だったのか?」

 特例制度とは、エディウス冒険者学校で一定以上の成績を収めた生徒が使える制度である。
 カインの場合、すでに充分すぎるほどの成果を挙げているため、それを使うこと自体は問題ない。

「んっと……うん」
「え、どうして? 別に特例で卒業する必要なんて……」
「学生っていう身分で受けていい話じゃないって思ったんだ」

 第二王女個人の頼みとはいえ、これは国一つに関わる問題である。
 故にカインは学生ではなく、一人の冒険者として受けようと考えたのだ。

「それにたぶん、簡単に済む話じゃない。長い旅になるかもしれないしね」

 だから、ますますセイラやシャロン達は巻き込めない。二人とも、重要な立ち場にいる大事な身だ。何があるか分からないような場所には、とてもではないが連れて行けなかった。

「カイン……」

 セイラは呟き、シャロンは黙り込む。
 カインの気持ちは痛いほど分かるし、確かにその通りだった。
 キャナル王国に行くというのであれば、まずセイラは踏み込めない。ネクロス公爵家の娘である彼女が動けば、聖アルトリス王国からの干渉の意思を示すことにもなる。たかが地方の男爵家の息子が動くのとは、わけが違うのだ。
 そして、違う意味でシャロンもまた動けない。聖アルトリス王国のみならず、各国で大人気の品々を独占的に扱うティアノート商会の一人娘。その身柄を拘束すれば強い影響力と交渉力を手に入れることができるため、彼女も政情不安定な国に気軽に行っていい身分ではない。
 いっそ、そんな立場など捨ててもいいと言えればいいのだが、他ならぬカイン自身がそれを望まないだろう。
 今この三人の中でカインに同行できるのは、そういったしがらみのないアインだけであることは明白であった。
 ……もっとも、アインからしてみれば別の意味での問題が山のようにあるのだが、詳しい素性を隠している以上、カインにそれを察しろというのは無理がある。
 自分をじっと見ているカイン達の視線に気づき、アインは黙り込む。
 個人的な心情としては、受けてやりたいと思う。しかし、アインは個人的な心情で動いていい立場にはない。
 どうするべきか……どうするのが、一番の正解か。
 考えるアインの視界に、一羽の黒い鳥が映る。
 その黒い鳥は部屋の中に飛び込むと同時に、黒装束の男の姿へと変化した。
 アインと何処どことなく似たその姿に、アインは驚いたような声を上げる。

「ツヴァイ……!? お前、どうして此処に……」
「任務を伝える」

 アインの言葉には答えず、ツヴァイは淡々と告げる。

「そこのカインとかいう男とともに冒険者としてキャナル王国に潜入しろ。これは魔王様からの勅命だ」
「なっ、どうして……」
「今回の襲撃事件に魔王様は並々ならぬ興味を抱いておられるが、この国のことにお前をこれ以上関わらせるわけにはいかん。キャナル王国の内乱について、今後のためになる行動を期待されているそうだ」

 つまり、カインの話は丁度いいと判断されたのだろう。
 確かに、手詰まり感のあったキャナル王国へ潜入するには絶好の機会だ。
 それに、立ち回り次第ではザダーク王国との友好に向けた一手にすることも確かに可能だろう。

「そこのカインとかいう男にも、伝言を預かっている」
「え、僕?」

 キョトンとした顔をしているカインに、ツヴァイは淡々と伝える。

「アインを救ってくれたことに感謝する、だそうだ。ああ、これは俺からも同じ言葉を贈ろう。こんなドジでも、一応俺の姉だ」
「うっ……」

 思わず縮こまるアイン。
 それをチラリと見て、再びツヴァイはカインへと視線を戻す。

「ザダーク王国は、人類との友好を……真なる平和を望んでいる。アインを同行させるのは、そのためでもある。故に……」

 ツヴァイはそう言うと、殺気すら込めた目をカインへ向ける。

「……アインに手を出したら、俺がお前を八つ裂きにするからな。そのあたりを勘違いして調子に乗るなよ……以上だ」

 そう言い残すと、アインが何かを言う前にツヴァイは再び黒い鳥となって飛び立っていった。


 冒険者カインと冒険者アインの二人がパーティ登録して旅立ったのは、その次の日の昼。
 ティアノート商会の面々に盛大に見送られての出発であった。



 6


「……」

 ザダーク王国西方の襲来の海岸と呼ばれる砂浜で、サンクリードは一本の剣を構えていた。
 緑色の宝石のはまったそれは、ウインドソード。サンクリードが、風の神ウィルムに授かった剣である。
 サンクリードはウインドソードに精神を集中し、魔力を流し始める。

「……風よ!」

 叫ぶと同時に、ウインドソードにサンクリードの魔力が宿った。
 強烈な風の力がウインドソードを包み、宝石が薄く発光する。
 それを何度か振るい、サンクリードは風の魔法剣を解除した。
 ここまでは、いい。風の魔法剣を使う分には、ウインドソードには何の文句もない。

「光よ!」

 続いて発動しようとしたのは、光の魔法剣。
 しかし、ウインドソードはサンクリードの流した魔力を受け取るどころか弾き返した。
 逆流した魔力がサンクリードを襲い、小さな痛みとともにわずかな脱力感を覚える。

「……ちっ」

 流石さすがに剣を取り落としたりはしないが、微かな不快感にいらち、サンクリードはウインドソードを砂浜に突き刺した。
 ウインドソードは、こういう剣だ。魔法剣用の剣としては、この上ないほどの性能を持っているのだが、風属性以外の魔法剣をまったく受けつけない。それどころか、こうして攻撃してくる始末。命を預けるには、あまりにも問題がある。
 サンクリードがウインドソードを鞘に収めると、少し離れた場所に転送光が輝き出す。
 それが集まり弾けると、そこに魔王軍北方将ほっぽうしょうアルテジオ、そして彼の妻であり鍛治師のマルグレッテの姿が現れた。
 剣らしきものを包んだ布を抱えたマルグレッテは、サンクリードを見つけると笑みを浮かべて走り寄ってくる。

「サンクリード様っ、剣をお持ちしました!」

 サンクリードの魔力は強すぎるため、並の剣ではすぐに壊れてしまう。そこで、マルグレッテに自分専用の剣の製作を依頼し、マルグレッテも並々ならぬ情熱を注いで研究と試作を続けていた。その剣が、ついに完成したらしい。
 駆け寄ったマルグレッテは、満面の笑みでサンクリードを見上げながら、布を開いて中身を掲げてみせる。
 そこにあったのは、シンプルなデザインの剣。透明な宝石のはまったそれは、サンクリードの手にしっくりと馴染む。

「ほう……」
「硬剣ライザノークです。イクスラースさんの持ってきた模造聖剣と、聖鎧兵とかいう敵の欠片かけらを使いました。斬れ味はそんなでもないのですが……」
「そうか」

 サンクリードは頷き、マルグレッテに離れていろと告げる。
 マルグレッテが慌てて遠ざかっていくのを確認すると、サンクリードは硬剣ライザノークを軽く振り回した。
 重さは先程振っていたウインドソードと大差なく、大きさに見合っているといったところだ。

「風よ」

 風の力が集って硬剣ライザノークの刀身を包み込み、サンクリードは小さく頷く。
 確かに、安定している。今までの剣のような危うさがない。
 ならばと、サンクリードは少し強めに魔力を流し込む。
 しかし、これも硬剣ライザノークは受け止めて反応を強くした。
 それを見てアルテジオは感嘆の声を上げ、サンクリードは笑みを浮かべる。
 これならば、あるいは――そう感じたサンクリードは、さらに魔力を硬剣ライザノークに流し込んでいく。その度にライザノークは反応を強め……そして突如、キインという甲高い音を奏で始めた。

「……む」

 この辺りが限界か、とサンクリードは魔力を流すのをやめようとした。
 しかし、限界なのではないとすぐに気づいた。サンクリードの腰に差した剣――ウインドソードが、ライザノークと同様の音を奏でていたからだ。

「これは……?」

 硬剣ライザノークを握っているのとは逆の手でウインドソードに触れようとすると、手が触れる寸前でウインドソードは一陣の風となって消え去った。

「え……っ!?」

 思わずマルグレッテが声を上げるが、驚いたのはアルテジオとサンクリードも一緒だ。
 ウインドソードが消え去ったその直後、緑色の風がライザノークの刀身を包み始める。
 それはライザノークの透明な宝石に吸い込まれていき……緑色に染めていく。
 やがて宝石が完全に緑色に染まったかと思うと、再び透明に戻った。
 そうしてサンクリードの手に残されたのは、先程と同じ硬剣ライザノークだけだ。

「今のって……?」

 マルグレッテは、自分の目の前で起こったことが信じられなかった。
 ただ事実だけを述べるならば、ウインドソードが消えた。それだけだ。
 しかし、そんな単純なことではない。
 ウインドソードが、ライザノークに吸収されたように見えたのだ。
 剣が剣に吸収されるなどあり得ないし、マルグレッテもそんな気持ち悪い剣を造った覚えはない。
 とはいえ、ウインドソードは特殊な剣だ。聞いた話ではあるが、あれは風の神ウィルムがサンクリードに授けた剣だという。つまり、ただの剣ではなく神器だ。だとしたら、何があってもたぶん不思議ではない。
 ……が、それでも何故、ウインドソードがライザノークに吸収されるような形になったのかが分からない。しかも、見た目は最初とまったく変わっていないように思える。

「……」

 サンクリードは手元のライザノークをしばらく黙って見下ろしていたが、やがてそれを構えて集中を始める。

「……風よ!」

 風の魔法剣を使うべく魔力を流すと、透明だった宝石が緑色に変化して輝き始めた。
 そして、風が集う。
 刀身を包む風の力は荒々しく、宝石は強く――しかし安定した光を放つ。


 その感覚を確かめながら、サンクリードは確信した。
 先程よりも、ライザノークの性能が上がっている。恐らくは斬れ味も、だ。

「……随分と面白い剣を造ったものだ」
「む、むう……なんだか意図しない仕様があって複雑なんですが」
「結果が良ければ全て良しだろう。それに……なんだろうな、恐ろしく手に馴染む」

 そう言うとサンクリードは、ライザノークを掲げてみせた。
 鈍い輝きを放つ刀身を見て、マルグレッテはいぶかしげな顔をする。

「……むー。さっきより明らかに品質が上がってますね」
「やはりか?」
「ええ。鍛冶師としては認めたくないですけど、確かです」

 神器と合体したのだから、当然といえば当然なのだろう。
 しかし、何故そうなったのか。恐らく原因はウインドソードではなく、ライザノークのほうにあるのだろうとマルグレッテは考えていた。
 ならば、硬剣ライザノークは他の剣を吸収して強くなる剣なのかというと、それも違う気がする。
 先程の共鳴反応。
 ウインドソードのほうから、ライザノークへと融合したかのような現象。
 たとえば、これがウインドソードではなく、他の神の手による神器であればどうなるのか。
 やはり同じように融合するのだろうか。融合して……その先に、何があるのか。

「……聖剣」

 ポツリ、と、その言葉がマルグレッテの口からこぼれ出る。
 まさか、と思う。しかし、納得できる部分はある。
 模造聖剣ルフィルソード。
 聖鎧兵の欠片かけら
 それも確か、神の手によって生まれたものではなかったか。
 ならば……マルグレッテが造ったもの、硬剣ライザノークの正体とは――

「聖剣の……素体?」

 かつて勇者リューヤは、神々の力を束ねた聖剣を振るったという。
 その神々の力を束ねるための器が何であるかは不明だったが、文字通り「剣」だったのではないか。
 今ウインドソードが硬剣ライザノークと融合したように、勇者リューヤは素体となる剣を授かり、それに神器を融合させていたとも考えられる。
 だとすると……今この場にあるのは、もう一本の聖剣になる可能性を秘めた剣ではないのだろうか。

「……なるほど、な」

 マルグレッテの呟きに、サンクリードは納得したように頷く。
 聖剣となるべき剣であるならば、これほどまでに手に馴染むのも納得がいく。
 聖剣を振るうのは勇者であり……サンクリードもまた、勇者なのだから。

「だとすると、マルグレッテ。お前は聖剣を打ったことになるな」
「え? え、ええっ!? いえいえいえ! 同じのもう一本打てって言われても無理ですしっ!」

 身体全体をブンブンと横に振るマルグレッテに、サンクリードはクスリと笑う。

「誰もそんなことは言わんさ。だがある意味で、お前でなければ打てなかった剣だろう」

 確かに、一本しかない模造聖剣をつぶして素材にしようなどと考え実行するのは、マルグレッテ以外にはいない。その意味では、彼女でなければ造れなかった剣である。

「もしコレが聖剣になるならば……」

 サンクリードはそう言って、ライザノークを愛おしそうにでる。

「完成したその時こそ俺は、全力で剣を振るえるのだろうな。それまで、この剣はできる限り壊さないようにせねばならん」
「今の状態でも神器が混ざってるから、壊れるとも思えませんけどね……」
「……そうか?」

 少しばかり楽しそうにライザノークを見下ろすサンクリードに、マルグレッテは慌てて首を横に振る。

「いえいえいえ、今のナシで! できる限り壊さない方向でいきましょう!」

 首を振り続けるマルグレッテに、サンクリードとアルテジオが同時に噴き出す。
 からかわれたのだと気づいたマルグレッテは頬を膨らませ、アルテジオがその頬を突ついた。

「……まあ、この剣をもう少し試したいのは山々だが」
「ええ。ご報告の必要があるでしょうね」

 頷き合うと、サンクリードはライザノークを鞘におさめ、アルテジオはマルグレッテを抱える。
 そうして三人は、魔王城へと転移した。



 7


「ふう……」

 執務室で書類仕事をしていたヴェルムドールは、小さく息を吐く。
 今処理しているのは、新しいイベントの要望に関するものだ。
 建国したばかりの頃は殴り合い関連のイベントしかなかったが、最近ではバリエーションが増えてきている。
 最強料理決定戦、「魔王軍大演習」大会、魔法コンテスト……こうした要望が色々と出るのも、ザダーク王国が文化というものを手に入れ、発展してきた証拠といえるだろう。

「しかし、まあ……」

 それでも、魔族の本能に根付いている殴り合い関連のイベントの要望は圧倒的に多い。
 数の多さから考えれば、一度くらい開催してみてもいいのだろうが……

「開催するとなあ……下手すると、各軍の業務が麻痺するぞ……」

 恐らく、殴り合い大会にはザダーク王国の全魔族が参加を表明するだろう。

「……まあ、これについては要検討ということで」

 書類から目を離した瞬間、ガチャリと執務室の扉が開いてサンクリードが顔を出す。

「王よ、話がある」
「なんだ。また剣を壊したのか?」
「それはいつものことだろう。わざわざ報告に来るまでもない」
「……まあな。俺のベイルブレイドを渡してもいいんだが、お前の持ち味を殺すんじゃないかという気もするんだよな……」

 ヴェルムドールが今日何度目かの溜息をつくと、サンクリードは腰の剣をカチャリと鳴らしてみせた。

「……ん? 新しい剣か。お前がわざわざ見せに来るってことは、マルグレッテの作品か?」

 ヴェルムドールがそう言って立ち上がると、サンクリードの背後からコンコンと開け放たれた扉を叩く音が聞こえてくる。
 そちらを見れば、遠慮がちに扉を叩いたマルグレッテ、そしてその背後に立つアルテジオの姿があった。

「マルグレッテと……アルテジオか。どうした、入ってこい」
「あ、いえ……その、入室の許可をいただいておりませんから」

 マルグレッテの言葉に、ヴェルムドールはキョトンとした顔をする。

「入室の……許可……?」

 そういえば、そんな言葉も存在していた気がする。
 ヴェルムドールの配下にはノックどころかドアから入ってこないやからも多いため、近頃すっかり忘れていた。何しろ魔王直属のメイドナイト、堅物で有名なイチカですら、気づいたらヴェルムドールの横や背後にいるような始末なのだ。

「そうか……そういえば、そんな言葉もあった、な」
「え、ええっ?」
「いや、いいんだ。マルグレッテ、お前は正しい。久々に俺は感動したよ。何か褒賞を与えたいくらいだぞ」
「へえっ!? えうあ……えええっ!?」

 オロオロして助けを求めるように見上げられて、アルテジオは苦笑する。

「魔王様、そのくらいで。マルグレッテが混乱しています」
「そうか? まあ、いい。それよりお前達も来たということは、サンクリードの剣絡みか?」
「はい、その通りです。それに関して少々問題も発生しまして」

 問題、と聞いてヴェルムドールは再び椅子に腰を下ろす。

「問題、か。現状でも充分すぎるほどに問題はあると思うが……まあ、いい。とにかく適当なところに座れ。話を聞かせてもらおう」

 ヴェルムドールが促すと、マルグレッテとアルテジオは部屋に入り、ソファーに腰を下ろす。
 一方のサンクリードは執務机の上に剣を外して置き、ソファーへと歩いていった。
 ヴェルムドールはそれを一瞥いちべつすると、机の上に置かれたベルを持ち上げて振る。
 チリンチリン、と涼やかな音が鳴った直後、廊下に何かが爆走する足音が響き始める。
 やがて真っ赤な何かが部屋の前をギギイと音を立てながら通り過ぎ、ものすごい速さで戻って来たかと思えば部屋の中に突入。慌てて立ち止まろうとしたようだが、勢い余って顔面から倒れ込んだ。
 それはヒョッコリと立ち上がり、優雅に一礼する。

「クリム、お呼びにより参上ですっ! 何か御用ですか、魔王様っ」
「そうだな、とりあえず怪我はないか」
「はいっ、この部屋はふっかふかの絨毯じゅうたんが敷いてあるので大丈夫です!」
「そうか、安心だな」
「はいっ!」

 ヴェルムドールがチラリと扉の向こうを見ると、悔しそうに舌打ちしているマリンと悲しそうな顔をしたレモンの姿があった。
 このベルはイクスラースの提案で、近くにいる誰かを呼ぶためにと導入したのだが、毎回こうしてメイド部隊三人の競走になっている。

此処にいる全員分の茶の用意を頼む」
「はい、承知しましたっ!」

 ビッと敬礼して走り去ってくクリムを見送り、ヴェルムドールは小さく溜息をつく。

「……で、あー……そう。剣の話だったか。これがそうか?」

 執務机の上の剣に視線を向けると、サンクリードは頷いた。

「そうだ。硬剣ライザノークという」
「ふむ……ん?」

 何処どこかで聞いたような名前だ、とヴェルムドールは思ったが、とりあえず机の上のライザノークに手を伸ばしてみる。
 ヴェルムドールが鞘に触れようとした、その瞬間。

「うおっ!?」

 ライザノークから発生した風がヴェルムドールの手を弾き、机の上に積まれたままだった書類を吹き飛ばした。
 その光景に思わずサンクリードとアルテジオが立ち上がり、マルグレッテが小さく悲鳴を上げた。
 ヴェルムドールは特に怪我をしていないことを確認すると、再びライザノークへと手を伸ばす。すると、やはり同じようにライザノークから発生した風がヴェルムドールを拒んだ。

「……随分と面白い剣だな。所有者以外は認めないってところか?」
「い、いえ。そんな機能は……あ、えっと、それよりもお怪我はっ!」
「ない。気にする必要もないぞ。それよりも、この剣について説明してくれ」

 ヴェルムドールに面白がるような笑みを向けられると、マルグレッテは真剣な表情を作り直す。

「は、はい。えっとですね、まずはその剣……硬剣ライザノークについてなのですが」
「ああ。んん……いや、待て。やはり聞いたことがあるような気がするな」

 ヴェルムドールは首をひねると、机の上のベルを鳴らした。そして音が鳴り止んだ瞬間に、レモンが部屋へと転がり込んでくる。
 自分以外のメイドが部屋にいないことを確認すると、ふうと安堵の息を吐いたレモン。
 そうしてようやく落ち着いたのか、レモンはヴェルムドールの眼前でスカートの端を軽くつまんで持ち上げる礼をして、ふわりと微笑む。

「魔王様……レモン、お呼びにより参上いたしました」
「図書館で調べ物を頼む。キーワードは硬剣ライザノーク、あるいはそれに類似する言葉だ」
「はい、お急ぎでしょうか?」
「早ければ早いほどいいのは確かだが、別に緊急じゃない。確実性を優先してくれ」
「承りました……必ず……必ず、ご期待にお応えします」

 レモンが部屋を出て行くのを確認すると、ヴェルムドールはマルグレッテへと視線を戻す。

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