勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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7巻

7-2

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 少しの無言の時間が訪れ、ヴェルムドールはゴーディが真剣な表情で駒を確かめているのをじっと眺める。

「どうされました?」
「いや、なんでもないさ」

 ゴーディにそう答えると、ヴェルムドールはテラスの外へと視線を向けた。
 ここからだと、アークヴェルムの街がよく見える。明日の準備のためか、今日は街中を走り回る者がやけに多い。忙しそうではあるが、その顔はどれも喜びに満ちていた。

「……随分と、発展したな」
「ええ、魔王様の治世の賜物です」

 駒をいじる手を止めないまま、ゴーディはそう返す。
 ちょっと前まで、この魔王城の外には何もなかったのだ。それが今は、こうして立派な街ができている。魔王たるヴェルムドールを慕う魔族が集まり、アークヴェルムができ、各地に文明的な魔族の村や町ができ上がった。
 そして今、観光計画による雇用の創出でアークヴェルムの人口はさらに増えた。
 そこまで考えて、ヴェルムドールは思わず噴き出す。
 実力主義の単純な世界で生きていた魔族達が、今は雇用というシステムの下で過ごしている。
 街には様々な嗜好品が溢れ、ゴブリンですらファッションを気にするようになった。
 といっても、嗜好品がデザイン重視のナイフや武器飾りであったり、流行のチェインメイルの編み方などが話題になったりするあたり、魔族の実力主義や脳筋という性質自体が変化しているわけではないようだが。
 とにかく魔族は魔王ヴェルムドールのもとで確かな文化を手に入れ、それを受け入れた。
 その結果、ジオル森王国との交易や観光ツアーなどが可能となったのだが……考えてみれば、元からそれを可能にするだけの下地はあったのだ。
 それを活かしていなかったのは前魔王のグラムフィアであり、あるいはその発展を阻害したのは勇者達であっただろう。
 もし最初からこうだったなら、勇者達も魔族を単純に滅ぼすべき敵とは考えなかった……かもしれない。
 ヴェルムドールはここまでの発展を最初から想定していたわけではないが、それでも自分のやっていることは正解だったと思える。

「……よし、こちらの準備はできました。覚悟はよろしいですかな?」

 聞こえてきたゴーディの言葉に、ヴェルムドールはハッとする。
 すぐに自信満々の笑顔を作り直し、ヴェルムドールは盤に駒を並べ始めた。

「そうかそうか。もっとかかるかと思っていたが……諦めたということか?」
「ご冗談を。戦略さえあれば、後はそれに合う駒を選ぶのみ。それがしの将としての才能を甘く見られては困りますな」
「くくっ、その理屈でいけば魔王たる俺の才能を甘く見てもらっては困るがな」

 言いながら、ヴェルムドールはコインを投げる。
 二人で遊ぶときのルールは、表ならばヴェルムドールが先攻、裏ならばゴーディが先攻である。
 結果は……裏。

「どうやら、運はそれがしにある様子。先程のお約束は果たしてもらうことになりそうですな?」
「どうかな。先に攻めるのが有利とは限らんぞ。何処どこぞの人類の王国を見ていれば分かるだろう」
「さて、それがしは魔族ですからな。では、このそうよろい此処ここに……と」

 ヴェルムドールがゴーディの一手を見て、ふむとうなる。
 今までのゴーディの戦術とは違う、文字通りの攻めの一手。防御からのカウンターが得意なゴーディには似合わないようにも思える。
 その意外性を狙ったのかもしれないが、基本的にそうよろいは防御向きの駒だ。それをあえて攻撃の最初の一手に使う意味が、必ずあるはず。

「むむ……」
「さて、それがしの戦術を読み切れますかな?」

 ニヤリと笑うゴーディに負けまいと、ヴェルムドールは必死に頭を働かせる。
 しかし、考えれば考えるほどゴーディの罠にはまる気もする。
 どうしたものかと思い……ヴェルムドールはふと、自分達を見つめる視線に気づく。

「……ん?」

 視線の方向――テラスの入り口に視線を向けると、そこには布団を抱えて運んでいるニノの姿があった。どうやら仕事の真っ最中のようだが、いつもの不機嫌そうな表情をさらに深めて、ニノはヴェルムドールとゴーディを見ている。

「どうした、ニノ。何か用か?」
「……」
「ニノ?」

 ヴェルムドールの問いにニノは答えず、布団を抱えたまま無言でヴェルムドール、ゴーディ、そして机の上の盤に視線を向けて……もう一度、ヴェルムドールを見た。

「ニノ、どうした?」

 少し心配になったヴェルムドールが椅子から立ち上がると、ニノは布団をその場に下ろす。
 そのまま布団を静かに見下ろし、ニノは両手を広げて布団に倒れ込んだ。
 フカフカの布団にモフモフと体全体を押し付けながら、ニノはじとっとした目でヴェルムドールをにらむ。

「……お、おい。ニノ?」
「ニノは深く傷ついた」
「ん?」

 どういう意味だろうとヴェルムドールが聞き返すと、ニノは布団に顔を押し付ける。

「ニノはこんなに頑張ってるのに、ゴーディは魔王様と楽しそうに遊んでる。ニノだってゴーディみたいにカップを洗おうとして粉砕するような不器用さがあって、ゴーディみたいにそうよろいを真っ先に突撃させるような下手糞だったら魔王様と一緒に遊べたのに。ニノは自分の有能さが恨めしい」
「粉砕ってお前……いや、突撃……? あ、まさか! お前この一手、さてははったりだな!?」
「チッ! よくお気づきになりましたな!」

 舌打ちするゴーディに次の一手を打つと、ヴェルムドールは椅子から立ち上がってニノに近づいていく。そして、布団でしているニノの側にしゃがみ、優しげな笑みを向けた。

「まあ、ニノ。そう言うな。俺はお前を頼りにしているんだぞ?」

 その言葉を聞いたニノはチラリとヴェルムドールを見ると、ヴェルムドールの袖をクイと引っ張った。

「魔王様が傷ついたニノよりゴーディを優先したから、ニノはさらに傷ついた。魔王様は責任とって、ニノを可愛がるべき」
「む、うーむ……ニノが仕事を終えてから、というのはダメか?」
「今から仕事を魔王様とニノの共同作業にすればいい。できればイチカの目の前が最高」
「うーむ……しかしなあ……あー、まあ。仕方ないか。ゴーディ、ゲームは中断だ。お前もニノの仕事を……」
「ゴーディはいらない」

 そして放置された布団を通りがかったそうよろい達が手際よく運んで行き、ニノの仕事をヴェルムドールとゴーディが邪魔にならない範囲で手伝い始める。
 そんな三人を見つけたイチカは、とりあえず何も言わずにそのまま去っていった。
 相変わらずザダーク王国の空はどんてんで、それは今日も明日も変わることはない。
 しかし、忙しそうに動き回る人々の心には、確かな光が満ちていた。



 4


 勇者伝説によれば、暗黒大陸は、その名の通りの場所であるという。
どんてんの空からは光が射さず、風には血の匂いと感覚を狂わす濃厚な魔力が混ざっている。
 地にはまともな作物が育たず、不可思議な植物と魔樹の生える森が広がる。
 荒れ狂う最果ての海に囲まれたこの地はまるで、考えうる限りの苦痛と地獄を凝縮したかのようだ』

「……と、これが貴方あなた達人類の本に記されている、我々の大陸に関する記述です」

 そう言うと、ザダーク王国の外交官ナナルスは手元の本をパタンと閉じた。
 ジオル森王国の王城前に広がる庭園に集められてナナルスの話を聞いているのは、これからザダーク王国へと向かう観光客の第一陣、総勢二十四名だ。
 試験的な側面が強い今回は、「厳正なる抽選」で選ばれた二十二名と、その他二名で構成されている。この場合の「厳正なる抽選」というのは、厳正なる調査によって選別された中からの抽選、という意味だ。
 その他の二名というのは、ジオル森王国の第四王子エリックと、かつて勇者リューヤとともに前魔王グラムフィアを滅ぼした、ジオル森王国の英雄ルーティ・リガスである。
 エリックは王族代表での見極め役、ルーティは特別枠としての招待である。

「さて、ではこれが何処どこまで真実なのか。それはこの後のお楽しみにしますとして……注意事項を説明させていただきます。まず、街中での差別的発言の禁止。次に街中での攻撃魔法、それに近い魔法の使用禁止。武器の使用も禁止となっております。これは皆様の身を守るためでもありますので、じゅんしゅくださるようお願いいたします」

 そうして説明されていくルールは、主に以下のようなものだった。
 言葉、あるいは何らかの攻撃手段による行為、あるいは戦闘類似行為の禁止。
 指定された区画以外への出入り禁止、指定された物品以外の取引の禁止。
 こうして言葉にすると制限が多いように感じられるが、仕方のない面もある。
 何しろ、人類を客として招き入れるのは初めてなのだ。
 目の届かない場所で何があるか分からないし、物品についても、たとえば魔力を多く含むものが人類にどんな影響をもたらすか予測不可能だ。
 そうした危険性を考慮した結果、現状の形となったのだが、今後様子を見ながら制限を緩めていく予定である。

「さて、それでは皆様をザダーク王国へとご招待するわけですが……ご存知の通り、両国間を繋ぐ安定したルートというものはございません」

 これもまた、周知の事実だ。
 勇者が乗ってきた聖竜イクスレットの話になぞらえて、ドラゴン達で最果ての海を越えるという方法もあるが、確実に安全だとはいえない。

「そこで、ザダーク王国のようする転送員によって皆様の送迎をいたします。事前にお知らせしております番号の転送員のもとへ行き、彼らの指示に従ってください」

 ナナルスの説明にあわせて、庭園に一定間隔で並んでいた転送員の魔族達が番号札を掲げる。

「皆様をご案内する転送員は、ザダーク王国の審査で認定された転送技能を有する者達ですので、どうぞご安心ください。それでは、よい旅を……」

 説明を終え、次から次へと転移していく観光客達。
 そして最後に庭園に残ったのは、ジオル森王国の兵士達とナナルス、そしてエリックとルーティだけだった。

「……ふむ、ナナルス殿。私とルーティ殿の担当の転送員が見当たらないのだが……?」
「ええ、お二人に関しては特に安全に配慮せねばならないということで、特別な転送員を用意しております」
「特別な……?」
「ええ、まもなく到着するはずですが……」

 転移光が三人の側に現れ、ナナルスの言葉が途切れる。
 やがてそこに現れたのは、一人の女性の姿だった。
 それはエリックに感嘆の声を上げさせるほどに美しい顔立ちを持つ人物で、そしてルーティにとってはよく知った相手でもあった。

「転送員のファイネルだ。ナナルスより聞いていると思うが、二人は特別コースにて案内することになる。現地ではまた違う者が案内することになるが……まあ、あとはその者に聞いてほしい」
「ファイネル様、口調が……」
「うっ……わ、分かっている。あー……まあ、そういうことで……んんっ。ご案内しますので、私から離れぬようにご注意ください」

 そう告げて、ファイネルは二人に両手を差し出した。


 その手をエリックとルーティがとると、ファイネルはしっかり握り返す。
 そうして転移魔法が起動し、一瞬の後に、三人の周りの風景はザダーク王国の魔王城一階、大広間に変化していた。
 そうごんという言葉が似合う大広間は明るい光に溢れ、せいれんな空気に満ちている。
 しかし、それにエリック達が目を凝らす間もなく、目の前に立つ女性が一礼した。

「……ザダーク王国へようこそ。私はお二人の案内役を務めます、メイドナイトのイチカと申します」
「あ、ああ……私はエリックだ。今日はお招きいただき感謝する」
「ルーティです。どうぞよろしくお願いしますね」

 確かイチカという人物は、魔王ヴェルムドールの直属だったはずだ……と、ルーティは思い出す。
 ルーティは予想以上に自分達が特別扱いされていると理解し、同時に、エリックがイチカに強い興味の目を向けていることに気づいた。
 ルーティは、小声でエリックをいさめる。

「……エリック王子、初対面の相手に失礼ですよ」
「え? あ、ああ……すまない」

 ハッとしたように視線を外したエリックに、イチカは冷静に言葉を返す。

「私に、何か至らぬ点でもございましたか?」
「い、いや! そういうわけではない。ただ……その、なんだ。本物のメイドナイトを見るのは初めてで……それに勇者リューヤも黒髪だったと父や兄から聞いていたからな。貴女あなたのような髪であったのだろうか、と思ってな」
「……なるほど」

 イチカは頷くと、手をパンと叩く。
 すると、大広間の向こうから慌てたように一人の黒毛のビスティアが走ってきた。

「な、何だよイチカのねえさん! 俺の出番はまだだろ!? あ、まさか……やっぱりイチカのねえさんじゃ無愛想すぎて間がもたな……」

 大声で騒ぎ出すアウロックを殴って床に沈めると、それをイチカは指差す。

「髪の長さでいえば、このくらいだと思われますが」

 どちらかというと長毛種に近いアウロックの頭髪部分の長さは、人類領域でよく見られる成人男性の髪型に近い。しかも、黒毛……もとい、黒髪である。
 それを見て、ルーティもああと頷く。
 確かに、しっかり手入れされていると思われるイチカの髪よりは、アウロックの少しごわごわとしていそうな黒毛のほうが記憶にあるリューヤに近い。

「そうですね。確かにこちらのほうが近いかもしれませんよ、エリック王子」
「そ、そうなのか……」
「ああ、触るのはお勧めしません。磨いてはいますが、駄犬ですので」

 エリックはそれを聞いて、伸ばしかけていた手を引っ込めた。
 即座にやってきた二体のそうよろいが、倒れているアウロックの腕と足をつかんで運んでいく。
 それをエリックは見送り、感嘆の息を吐いた。
 エリックの知るビスティアは野蛮で恐ろしい怪物ばかりだが、今のビスティアは恐ろしいどころか、確かな知性とひょうきんさを兼ね備えているように見えた。

「アレについてはまた後でご紹介いたしますが、一応国内のビスティアの代表格です。そちらの大陸のものと違うのはご理解いただけたかと思います」
「ああ、まあ……な」

 言いながら、エリックは部屋の隅に整列しているそうよろい達に目を向けた。
 彼等の一部がジオル森王国の国境警備を担っていることは知っていたが、その実力の高さからみて、ジオル森王国に派遣されたのは、選び抜かれた精鋭であろうと考えていたのだ。
 しかし、その彼等と同じ強さを秘めていると思われるそうよろい達が此処ここにいる。
 もしエリックの想像通りならば、この大広間に並んだそうよろい達だけでもジオル森王国の騎士団と正面からやりあえるはずだ。
 もっとも、高いレベルの魔法を使うジオル森王国の騎士団が負けるはずなどないと考えているし、友好国であるザダーク王国との戦力差を比較するのは信義に反する行為でもある。
 当然それは理解しているのだが……考えてしまうのだ。
 たとえば、先程のビスティアにしてもそうだ。
 もしあれが暗黒大陸の――ザダーク王国の常識であるならば、シュタイア大陸のビスティアとの違いは何なのか。魔王ヴェルムドールの治世の結果なのだろうか。
 もしそうならば、ザダーク王国との友好は考えていた以上に大きな意味を持つことになる。

「二階のテラスで、お茶の用意を整えております。まずは、ゆっくりとおくつろぎください」

 エリックが思考の海から戻ってきたタイミングを見計らい、イチカがそう声をかけた。

「あ、ああ……ところでイチカ殿。他の観光客は……」
「はい、今の時間は城下町の大通りを見学中です。二階のテラスから様子をご覧いただけますよ」
「私達も、それでよかったのだがな」
「そういうわけにもまいりません。ご理解ください」

 無論、それはエリック自身にも分かっている。友好国の王族という身分は、決して軽くない。ザダーク王国側が特別な対応をしているのは当然である。
 しかし、そんな対応をされたからこそ、一般的な「凶悪な魔族」の話を聞かされてきたエリックは思ってしまうのだ。

「……ルーティ。私は、かの伝説の時代を知らぬがゆえに言えるのだが……私には魔族が伝説の語るような邪悪なものであるとは思えぬ。しかし、人類と魔族が敵対していたことは動かしようもない事実だ。それでも、思うのだ……伝説の真実は今我々が抱えるような、ただの国家間の紛争に過ぎなかったのだろうか?」

 その言葉に、ルーティは何と答えるべきかと迷う。
 ルーティが――勇者リューヤが戦った人類領域の魔王シュクロウスは、間違いなく人類の敵だった。そして、シュクロウスによって存在が明らかになった、暗黒大陸の大魔王グラムフィアもまた、確かに邪悪だった。それは間違いない。
 しかしその一方で、ファイネルのような「敵でなければ友人になれたかもしれない」魔族と出会ったのも確かだ。
 あの戦いは、間違いではなかったと思っている。
 だが……魔族自体の認識はどうだろうか。
 ファイネルは、サンクリードはどうだろうか。ヴェルムドールも、決して善とは言えないがすべき邪悪であるとも言えない。
 迷い、答えを出せないルーティの様子を感じ取ったのか、二人を先導していたイチカが静かに口を開く。

「……過去がどうであるかに、意味はございません」
「ほう?」
「必要なのは、現在がどうであるか……でございますでしょう?」

 階段を上りきったエリック達の頬を、涼やかな風が撫でる。
 テラスから見えるのは、伝説の通りのどんてんの空。そして、広がる街の風景。

「現在がどうあるか……か。なるほど、たかが五十年しか生きておらぬ私が今回選ばれたのは、そういう意味もあるのかもしれんな」

 エリックはそう呟くと、テラスから街に視線を向けた。



 5


 テラスにいるエリックを目に留めた者は、城下町の中でも多かった。
 普段は魔王軍の誰かが出てくる場所に、見たことのない人物がいて珍しかったのかもしれない。
 その中には、城下町の商店街を観光中のシルフィドの一行もいた。
 彼らからしてみればザダーク王国の住民達のような物珍しさではなく、むしろよく知っている顔が目立つ場所にあったがゆえの注目である。

「お、あれはエリック様じゃないか?」

 一人の銀髪のシルフィドが、魔王城を指差す。特別枠のエリックとルーティ以外の観光客達は今、丁度案内役の魔族から魔王城の説明を受けようとしていたところであった。

「お、本当だ。いやあ、眺めがよさそうだ」
「ハハハ、少しばかり羨ましいですな」
「はいはーい、お静かにー。説明始めますよ」

 そう言って、案内役の魔族の女性――モカが手を叩く。
 彼女達が今いるのは、魔王城の正門前だ。開け放たれた門からは美しい庭園が見えていて、その風景は「魔王城」という言葉でイメージするおぞましさからはかけ離れている。

「さて、ご覧の城が我が国の偉大なる国王にして魔王、ヴェルムドール様のお住まいになっている魔王城でございます。実は現在、全面的な改装を実施しておりまして、ザダーク王国の最新の建築技術が駆使されております。夜になると、このアークヴェルムの名物とも言えるイベントがございますが……それは後々のお楽しみということでっ」
「質問があるのだが、よろしいだろうか」

 説明が途切れるのを待って発言した一人のシルフィドの男に、モカは笑顔を向けて頷く。

「今、最新の建築技術という話があったが……かの伝説の時代の魔王城も、今でも再現不能と言われる数々の魔法技術が詰め込まれた城であったと聞く。そういった面でも最新と考えてよいのだろうか?」

 シルフィドの男の言葉に、他のシルフィドもそういえば……と思い出す。
 確かに伝説では、城全体を覆う巨大結界、資格なき侵入者を拒む扉など、真実か誇張かも分からないような様々な仕掛けが出てくる。

「詳しくは国防上の秘密になるのでお答えできません……が、魔王城はあらゆる意味で最新技術の結晶であるとだけお答えしますっ」

 実際は、伝説の時代――つまり前魔王グラムフィアの時代に失われた技術も相当数あるし、必要ないとされ使われていない技術も当然ある。

「なるほどな……」

 男の興味は、それが今後の交易における対象となるのかどうか、だった。此処ここでそれを言うのが場違いだから口に出さないだけで、男の瞳はそびえ立つ魔王城に釘付けだ。
 いや、男だけではない。他のシルフィド達も、何らかの分野でジオル森王国に関わる貴族達である。国を発展させる意欲を持つ貴族ばかりが選出されたせいもあり、彼等は自分達が目の当たりにしたザダーク王国という未知の可能性に魅せられていた。
 かの勇者伝説では、ほぼ未開の地のように描かれていたし、ザダーク王国の窓口はナナルスという外交官一人で、彼から語られる魔族の国の様子は限られたものだった。
 実際の「ザダーク王国」という国をその目で見た者は王と一部の大臣達しかおらず、他の貴族達は話を聞いても半信半疑でしかなかったのだ。
 だからこそ未開の地のイメージが抜けず、ザダーク王国からの主な輸入品が農産物であっても、むしろ当然と考えていた。
 そういう意味では、彼等は今初めて、「ザダーク王国」という国を理解したのだ。
「魔族の住むよくわからない場所」であったザダーク王国は、彼等の中で「友好国であり有望な取引相手」に修正されていく。
 ザダーク王国の魔族が理知的であることは、ジオル森王国の貴族であれば、ある程度は知っている。それでも対外的な国の立場を考えれば、大っぴらに魔族との友好を、とは言えない部分もあった。
 ジオル森王国内でも、魔族を支援して人類を滅ぼす気かと声高に叫ぶ者も多く、そうした声に対する反論として「話してみると実際はいい奴らだよ」では通じないのが政治であり、外交というものだ。
 だが、ザダーク王国が他の国と比べてそんしょくない文化レベルを持つ国であるということが分かれば、話は別だ。成熟した文化と広大な領地を持つザダーク王国は友好国として相応ふさわしいし、友好関係を築くことで世界の平和が保てるならば、それが一番いいに決まっている。

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