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7巻

7-1

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 1


 ザダーク王国の住民達の生活と深く関わる場所といわれたら、誰もが「ギルド」を最初にあげる。
 仕事の仲介、商売に関連する申請、さらには生活全般の相談まで、ありとあらゆることをギルドは一手に担っていた。
 そのギルドの中でザダーク王国最大の規模を誇るのが、王都アークヴェルムのギルド本部だ。
 いつも多くの魔族でごった返しているその建物を、一人の少女が見上げていた。

「はぁー……凄い。なんだか、故郷を思い出すなあ……」

 呟きながら、少女は辺りを物珍しげにキョロキョロと見回す。
 大荷物を抱えた姿は、いかにも地方から出てきたばかりといった風体である。
 彼女は見た目こそ幼いが、年齢はとても「少女」と言えるようなものではない。
 人類種族であるメタリオとシルフィドのハーフで、百歳を超える立派な大人。しかも結婚もしている。
 名前は、マルグレッテ。
 ザダーク王国で鍛冶を志す者ならば誰もが知っている、伝説の鍛冶師である。
 彼女については、前魔王崩御後、誰もが近づくことすら恐れた魔王城に入り笑顔で素材集めをしていたとか、エンシェントゴーレムに「ちょっと削っていいか」と真剣に尋ねていたとか、そんな噂話がささやかれている。
 しかし、これらは噂ではなく、実のところ全て事実であったりする。
 鍛冶の素材になりそうだと感じたならば、ドラゴンの奥歯でも嬉々として引っこ抜きに行くのがマルグレッテという人物なのだ。

「ありゃ、お嬢ちゃん。どうしたんだ、迷子かい?」
「おいおい、魔人が見た目通りの年齢なわけないだろ。えーと、王都は初めてですか? 此処ここはギルドですよ」

 ギルドの中をのぞいていたマルグレッテに、丁度そこから出てきた二人のビスティアが声をかけた。
 最初に迷子かと聞いてきたのが黒色の猪のビスティア、次に王都は初めてかと言ったのが茶色の熊のビスティアである。
 どちらも親切そうな顔をしているが、目的はナンパだった。

「あ、いえ。あー、初めてといえば初めてかもですね。前に来たのって確か、アークヴェルムができる前ですし」
「すると『お姉さん』のほうがいいのかな。なあ、おい」
「ハハ、すいませんね無礼な奴で。あ、俺はノートムで、こいつはキョウドっていいます。お嬢さん、よかったら……」
「え? えーと……」

 マルグレッテがどうやって断ろうかと考えていると、マルグレッテとノートム達の間にズイと男が割り込んできた。
 マルグレッテをかばうように入ってきたのは、灰色の猫のビスティアだ。

「おいおい、通りかかってみりゃあ……こんなお嬢さんを男二人で取り囲みやがって。恥ずかしいと思わねえのかい?」

 弓を背負ったそのビスティアを見て、ノートム達はうっと声をあげた。
 彼の名前は、ミダム。狩人をなりわいとするクールでニヒルなミダムの目的は、やはりナンパである。

「お嬢さん。よかったら俺と旨い魚料理の店にでも行きませんか?」
「あのー……その、私はですね?」

 困ったような笑顔で断ろうとするマルグレッテの肩に、また別の男の手がポンと置かれた。

「オイオイ、ミダムさんともあろうもんがナンパかい? お嬢さんが困ってんじゃねえか」
「ぬっ……」

 続いて出てきたのは、普段はだらしないながらも男気があると評判の牛のビスティア、エジィだ。もちろん、目的はナンパである。

「お嬢さん、こんな奴等はほっといて俺と遊びにいかねえかい?」
「いや、だから私はですね」
「……何をやってるんですか」

 響いた声に、マルグレッテはパッと嬉しそうな笑顔に変わる。

「あーちゃん!」
「あーちゃん?」

 こんな美少女にそんな親しげな名前で呼ばれるとは、どんな野郎なのか。
 嫉妬交じりにビスティア達は、その方向を見て……表情が凍りつく。

「まったく……ちょっと放っておけばこれなんですから。だから一緒に来なさいと言ったでしょう」
「えへへ、ごめんなさい」

 そこにいたのは、銀色の髪を短く切りそろえた一人の男。
 明らかに魔人だと分かるその男は、ザダーク王国でも知らない者はいない。
 ほうしょうの一人、北方将アルテジオ。
 こうそうのアルテジオとも呼ばれる、ザダーク王国最強メンバーの一角だ。

「マジかよ……」
「いや、でも、あーちゃんて……」

 ヒソヒソとささやきあうビスティア達をよそに、マルグレッテは満面の笑みでアルテジオの胸元に飛び込んだ。
 片手に串焼きを持ったアルテジオは、もう片方の手でマルグレッテを抱きとめると、ビスティア達をギロリとにらみ付ける。

「ひえっ!」

 思わずそんな声が出たビスティア達から視線を逸らさぬまま、アルテジオはゆっくりと告げる。

「……いいですか、その呼び名は妻以外に許した覚えはありません。即刻忘れるように」
「は、はいぃぃ!」
「よろしい」

 コクコクと高速で首を縦に振るビスティア達から視線を外すと、アルテジオは自分の胸元に顔を擦り付けているマルグレッテを優しい瞳で見下ろす。

「ほら、マルグレッテ。串焼きは買ってきましたから、行きましょう。こんな所にいたら次から次へとナンパされてしまいます」
「えへへ、ごめんなさい。でも、やっぱり王都のギルドは立派だね!」
「ふふ、北のギルドと一緒にしたらダメですよ。あちらは実用性重視なのですから」

 冷血と噂されるアルテジオの様子をポカンとした様子で眺めていたビスティア達だったが、振り返ったアルテジオに射殺されそうな目でにらまれ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「……まったく、仕様のない」
「あはは、でもあーちゃん。私はあーちゃん一筋だからね?」

 串焼きをモグモグと食べながら言うマルグレッテに、アルテジオはフッと笑って頭を撫でる。

「分かっていますよ。マルグレッテの愛を疑ったことは一度だってありません」
「うん! あ、あーちゃんも食べる? 美味しいよ?」

 串焼きを差し出されるも、アルテジオはゆっくりと首を横に振った。

「ありがとうございます、マルグレッテ。でも私は今、あまり空腹ではないのですよ」
「そうなの? 美味しいのになあ」

 そう言って、マルグレッテは串焼きを幸せな気分でしゃくする。
 よく焼いた突撃猪の肉に、特製のタレをかけた串焼き。
 アークヴェルムの名物料理だが、実はこれは魔族の国ザダーク王国のみならず、人類領域を含む世界全体にとって革新的な料理であった。
 この世界の料理は、塩やしょうだけで味つけすることがほとんどである。他の調味料や香辛料がないわけではないが、実はそれらを組み合わせてタレにするという発想は、これまでなかったのだ。
 ゆえに、単純に旨いものを作りたいという欲求でタレの開発に成功したザダーク王国の料理人達は、もっと尊敬されるべきだ、とマルグレッテは本気で考えている。
 マルグレッテは百年以上も人類領域のシュタイア大陸には行っていないから、今がどうなっているのかは分からないが、たとえばこのギルドの建物一つをとっても、きっと現在のシュタイア大陸のものと比べてそんしょくないだろう。
 ノルムと呼ばれる、メタリオとよく似た性質の魔族達の技術は、実にあなどりがたいものがある。
 マルグレッテの鍛冶の得意分野は武器防具だが、ノルムの中にはマルグレッテをうならせるセンスを持つ者がかなり存在するのだ。
 もちろんマルグレッテとて彼らに負けるつもりはなく、ライバル候補達の登場で、最近はさらにやる気に火がついていた。

「ねえ、あーちゃん。まだ約束の時間までは結構あったよね?」
「ええ、そうですね。何処どこか見たい場所がありますか?」

 そんなやる気に満ち溢れるマルグレッテがアークヴェルムに来ているのは、デートをするためだけではない。

「うーん。変わりすぎてて分かんないからなあ……」
「そうかもしれませんね。私ですら、しばらく離れると分からなくなります」

 串焼きを食べ終わったマルグレッテとアルテジオは、並んで歩き出す。
 そもそもマルグレッテが今日来たのは、魔王軍の西せいほうしょうサンクリードのためだ。
 サンクリードの使う魔法剣は威力が強すぎて、剣がすぐに壊れてしまう。だから、魔法剣にも耐えられるような彼専用の剣を鋭意開発しているのだが、とりあえずの間に合わせの品として、マルグレッテは何本かの剣を持ってきていた。
 剣を渡す際にサンクリードにそれらを振ってもらい、振り具合などを見て、今作っている剣の参考にしようと思ったのである。
 もちろん、それだけならサンクリードに工房まで来てもらえば済む話なのだが。

「……明日、なんだよねえ」
「ええ、明日です」

 明日は、ザダーク王国がジオル森王国からの観光客の第一陣を受け入れる日。
 暗黒大陸が初めて自主的に人類を受け入れる日である。
 友好条約締結に際してジオル森王国の代表団がやってきたことはあるが、一般の住民にはあまり知られていない。ほとんどの魔族にとって、前回やってきた人類とは勇者達であることを考えると、初めての「お客さん」とも言える。第一陣は王族や貴族限定となるらしい。

「ねえ、あーちゃん」
「なんですか、マルグレッテ」
「このまま、平和で……いられるのかな」

 不安そうな顔で、マルグレッテはアルテジオの腕に抱きつく。
 現魔王ヴェルムドールが現れる前の暗黒大陸は、ひどいものだった。
 勇者によって前魔王グラムフィアが倒されたことで、群雄割拠の時代に変わった。
 そこに秩序はなく、最強の称号を求めて暴れまわる魔族達で溢れ返った。
 当時から鍛冶師として有名になりつつあったマルグレッテは魔族達に狙われ、アルテジオがそれを斬り裂いてきた。
 あの血に塗れた時代と比べれば、書類に埋もれる今のなんと幸福なことだろうか。
 何しろ、マルグレッテの命ではなく、ナンパされる心配をするような状況なのだから。
 それだけで、アルテジオには今の平和の尊さが理解できる。

「そのための観光計画です」
「……うん、そうだね」

 マルグレッテを抱き寄せて、アルテジオはどんてんの空を見上げる。
 この晴れることのない空のように、我が国の未来がどうなるかも、未だ見えない。
 それでも、やれることからやっていくしかない。

「きっと、望む未来はきます」

 明日は、観光計画の本格開始日。
 そこからきっと、何かが変わっていく。
 それが良い方向に未来を導いてくれることを、今は祈るだけだった。



 2


 竜の尻尾亭は、アークヴェルムに造られた観光客用――つまりは人類用の国営宿泊施設である。
 ザダーク王国の威信をかけて造られた竜の尻尾亭の従業員は当然魔族であり、人類の接客などしたことがない。
 魔族相手の接客方法は非常に独特だ。通常、ザダーク王国の宿泊施設で従業員に教えるのはまず、宿を壊さないように客を制圧する方法である。次に教えるのは二度と暴れたくなくなる殴り方と締め上げ方であり、その次に客への礼儀を指導している。
 とはいえ、人類相手に「暴れたら後悔させてやる」と言わんばかりの殺気を撒き散らすのはマズい。だから、竜の尻尾亭の従業員教育ではまず、人類の軟弱さと気弱さから教えなければならなかった。
 対人類の接客については、実際に人類領域に行ったことのある魔族達――諜報部隊や、場合によってはヴェルムドール、とうほうしょうファイネル、参謀役ロクナといった面々――が直接教えた結果、「なんとかそれっぽい」とヴェルムドールが評するまでにはなった。
 そんな竜の尻尾亭では現在、明日の開店に向けての準備で大忙しである。
 何しろ、自分達の働きが人類のザダーク王国に対する評価にダイレクトに繋がるのだ。そんな大事な仕事を、初日から失敗するわけにはいかない。

「ハ、ハチェットさーん!」
「どうしました、騒々しい」

 玄関ホールで忙しく動き回っていた施設長のハチェットが、慌てた様子で走ってくる一人の魔族の少女の声に振り向く。

「あ、あのですね……明日の夕食用に用意したリンギルが変異しました!」
「取り押さえてまかないにしてしまいなさい。すぐに追加のリンギルを市場で買ってくるように」
「そ、それが今までのリンギルにない新技を持ってまして! さっき副料理長がノックアウトされちゃいました!」

 ハチェットは苦渋の表情でこめかみを押さえると、アワアワとしている魔族の少女に指示を出す。

「とにかく、貴女あなたは追加のリンギルの確保を。厨房には私が行きます」
「は、はい。リンギルタイフーンに気をつけてください!」

 走っていく魔族の少女を見送った後、ハチェットは厨房に向かう。
 リンギルはザダーク王国東方で栽培している果物だが、収穫時期を見誤ると魔力を溜め込みすぎて変異し、空を飛んだり収穫者を襲ったりするのだ。
 何やら騒がしい厨房からは、色々な物が壊れる音が聞こえてくる。
 食器の確保も必要だな……と考えながら厨房をのぞくと、ハチェットの方に、何かに弾き飛ばされた料理長が背中から突っ込んできた。
 それをハチェットは片腕で引っつかんで床に降ろし、ジロリとにらみ付ける。

「……何をしているんですか、貴方あなたは」
「も、申し訳ない。しかし、リンギルタイフーンが二段構えの技とは想像もつかず……ぐふっ」

 口で「ぐふっ」と言って気絶する料理長をポイ捨てすると、ハチェットは厨房の中を改めてのぞく。

「……これは酷い」

 食材が厨房の中に散乱し、あちこちにノックアウトされた料理係達が倒れている。
 壁に無数の包丁やフォーク、ナイフ、果てはスプーンまでもが突き刺さっているが、あれは誰かが乱れ投げでもしたのだろうか。
 いくつかのリンギルが壁に縫いとめられている光景は、そういう芸術だと言い張れそうなシュールさがある。
 さらにはブーメラン代わりにされたと思われる銀の皿が酒樽に刺さっているのを見つけて、ハチェットは頭痛が酷くなるのを感じた。後であれをやった奴はぶん殴ろうと心に決めながら、そもそもの原因であるリンギルをにらみ付ける。
 厨房の中央で勝利を高らかに謡うかのように乱れ飛んでいる無数のリンギル達。ハチェットの視線を感じたのか、そのうちの一つが厨房の入り口に立つハチェットへと猛烈な勢いで飛んでくる。
 強力な拳の一撃にも似たその攻撃を、ハチェットはかわすことすらしない。

「……はぁ」

 ただ小さく溜息をつくと、飛んできたリンギルを正面からつかみ取った。

「失敗しました……まさかここまでの惨状とは。鍛え方が甘かったですかね。いや、それよりも早急に買出し部隊の編成を……」

 手の中のリンギルを粉々に砕くと、ハチェットは厨房を飛び回るリンギルをゆううつそうに眺めた。

「……まったく、余計な仕事を増やしてくれますね」

 手近に刺さっていた包丁を一本壁から引き抜くと、ハチェットはリンギル達へと飛びかかる。
 銀光がきらめいたのは、ただ一瞬。
 その無数の銀光は、リンギル達を一口サイズにカットしていく。
 そのまま放置していれば、カットされたリンギル達は床や机に落ちてしまっただろう。
 しかし、そうはならなかった。なんとか意識を保っていた料理係達が、手にボウルを抱えてカットされたリンギルを回収していったのだ。

「ハチェットさん、支援は俺達に任せてください! 今の俺達でもそのくらいはどうにか……!」
「支援?」

 ハチェットは料理係の言葉に、首をかしげる。

「おかしなことを言いますね。もう終わりましたよ?」

 その言葉と同時に、残っていたリンギルが今度は四等分にカットされて落ちてきた。
 料理係達が慌ててそれを地面に落とさないように回収したのを見届けると、ハチェットは包丁を調理台の上に戻す。

「すぐにダメになった食材と器具、食器のチェックをします。終わったら買出し部隊の編成を。あと、銀皿を投げた馬鹿は覚悟しておくように」
「は、はい!」

 手早くチェックと片づけを始める厨房に、今度は接客係が飛び込んでくる。

「ハチェットさん! お土産用の置物が届いたんですけど、何処どこ置いときましょう!?」
「チェックは済んでるんですね? いえ、いいです。私が確認します。向こうの担当者は逃がしてませんね?」
「は、はい! ギークが雑談で足止めしてます!」

 何やら物騒な会話をしながら厨房を出るハチェットと接客係だが、それは当然のことだ。
 この観光計画はザダーク王国の威信をかけた一大事業。そこに関わる物品に一切の手抜きは許されない。
 納品リストをめくりながら廊下を進むハチェット達のもとに、今度は別の接客係が駆け寄ってくる。

「あ、ハチェットさん! 予備の制服が届いたんですが、地下倉庫で構いませんか!?」
「問題ありません。ただし、保存の魔法は忘れずかけるように」

 ハチェットはそのままホールに到着し、山と詰まれた木箱のもとへ向かう。
 丁度そこでは、一人の接客係とノルムが楽しそうに会話をしていた。

「お待たせしました。施設長のハチェットです」
「ん? おお、これはどうもご丁寧に。今回の土産物の監修のテックハーゲンです」

 テックハーゲン。その名を聞いて、ハチェットは驚いたように目を見張る。

「テックハーゲン? まさか、赤鉄のテックハーゲン殿ですか?」
「ハハハ、そのテックハーゲンです。いやいや、その名で呼ばれるのも久々ですな」

 ザダーク王国全土で使われている金属、赤鉄の開発者テックハーゲン。
 ノルムの職人でも特に有名である彼がこの仕事に関わっているのは知っていたが、本人が直接来るとはハチェットにも予想外だった。

「まさか貴方あなたが来るとは……」
「いえいえ、今回の仕事は国の威信をかけた一大事業。届ける瞬間まで気を抜きたくはありませんからな」
「……なるほど。流石さすがはテックハーゲン殿」

 そう言って笑うと、ハチェットは木箱の中から一つの小さな箱を取り出した。
 その中に収められているのは、魔王城を模した小さな石の彫刻だ。特に何の効果もない置物ではあるが、精巧な細工はザダーク王国の技術の高さを伝えるには充分である。
 それを何度かひっくり返して頷くと、ハチェットは他にもいくつかの置物を取り出して同じことを繰り返す。

「はい、問題ございません。確かに受け取りました」
「それはよかった。では受け取りのサインをいただけますかな?」

 テックハーゲンの差し出した書類にサインをすると、ハチェットは手近な従業員に箱を倉庫に運び込むように指示をした。

「あの……ハチェットさん」
「何ですか?」
「ちょっとした疑問なんですけど、ほんとにそんな簡素な置物でいいんですか? もっとこう、他にもお土産になりそうなものは色々あると思うんですけど」

 接客係の質問に、ハチェットはふむと頷く。
 確かに言う通りだが、これにはきちんと理由がある。

「そういう色々なモノは、街中で買ってもらおう……というのが魔王様のお考えなのですよ」

 宿で提供するものは、あくまで記念品だ。
 手のひらサイズの荷物にもならないミニ魔王城を眺め、ハチェットは明日から始まる本番のことを思う。

「ハ、ハチェットさーん!」

 そんな背中にかけられる声と足音に溜息をつき、ハチェットはミニ魔王城を箱にしまった。
 どうやら、まだ片付けねばならない仕事は山ほどあるようだ。



 3


 ザダーク王国の各地で明日の準備が進められる中、魔王城でもまた同様の仕事に追われていた。
 明日の観光客第一陣には、ジオル森王国の王族もいる。流石さすがに王族を一般客と同じ竜の尻尾亭に宿泊させるわけにもいかず、魔王城では王族の歓待の準備をする必要があった。
 もともと、この日までに魔王城メイド部隊が完成するはずだったのだが……諸事情により、メイド部隊はクリム、マリン、レモンの三人娘のみだった。
 クリムは掃除、マリンは部屋の準備を含む各種の雑務、レモンは料理のしたごしらえの真っ最中だ。
 魔王直属であるメイドナイトのイチカが忙しいのはいつものことだが、今日はサボリ魔のニノまでもがフル稼働である。イチカと同じ魔王直属メイドナイトのニノは、普段はヴェルムドールの側にいるだけだ。しかし、さすがに今日はヴェルムドールに直接頼まれたとあって、働く気になったようである。
 さらに言えば中央軍所属の魔人オルエルは買出し、同じく中央軍所属のアウロックは……つまみ食いがイチカにばれて、裏庭の芋畑に頭だけ出して埋められていた。
 そうして魔王城全体が忙しく動き回る中、二階のテラスにヴェルムドールと中央将ゴーディの姿があった。

「むむ……魔王様、その手は待っていただけると」
「ダメだ。この手を待ったらお前、そこのサンクリードで決着を狙う気だっただろう」
「ぬう、バレましたか」
「お前の必勝パターンくらい把握している。自分の手を研究されていることも考慮するべきだな」

 二人がやっているのは、ザダーク王国全土に広がったボードゲーム「魔王軍大演習」である。
 といっても、二人ともサボっているわけではない。
 ヴェルムドールは手伝おうとして「いいから休んでいてください」とイチカに断られただけであるし、ゴーディはそんなヴェルムドールの護衛をしているのだ。
 別にゴーディが壊滅的に不器用だから、イチカに動くな触るなと言われたわけではない……とは本人の談である。
 そういうわけで、暇を持て余しゲームに興じているのだ。

「ふーむ……これは手駒の再構成をする必要がありますな」
「ああ、いいぞ。時間はたっぷりあるしな。それにどうせ、次も俺が勝つ……次勝ったら、俺の七連勝か?」

 自信満々に言うヴェルムドールに、駒を入れた箱をいじっていたゴーディの手がピタリと止まる。
 しかし、すぐにカチャカチャと駒をいじりだすと、ゴーディは不敵に笑った。

「フッ、それはどうですかな? 気づかぬうちにそれがしの必殺の一手が首元に迫ったことが何度あったことやら。それを見抜けぬようでは、次はそれがしの勝ちですな」
「ほう、言うじゃないか。なら、次お前が勝ったなら……そうだな。この前羨ましがっていた、限定彩色版のお前の駒をやろう」
「……確かに聞きましたぞ? それがしあなどったこと、後悔なさるとよろしかろう」
「やってみろ。叩き潰されてから同じ台詞せりふが言えるか確かめてやる」

 邪悪。そんな表現がピッタリな表情を浮かべて、二人は笑い合う。
 ヴェルムドールとゴーディの「魔王軍大演習」の実力は、互角だ。ただし、低いレベルで。
 普段、ヴェルムドールは書類に埋もれ、ゴーディは遊びというものにほとんど手を出さない。
 結果として、二人は魔王城の中でもこのゲームに関して最弱に位置することになってしまったのだが、その二人が遊ぶと、なかなかに白熱した戦いになる。
 たとえば、これがニノ相手となると二人とも大差で敗北し、イチカが相手となると、向こうにゴブリン限定のハンデを課しても圧勝される有様であったりする。
 単純にプレイ時間で言えばイチカのほうが少ないはずなのだが、それはセンスというものだろう。

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