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傷痕13

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「……悪い選択ではないな」

 ヴェルムドールはそう言って頷き、レイナも「そうでしょう」と答える。
 ザダーク王国のある暗黒大陸は船ではまともに辿り着かないし、出入りは未だザダーク王国の転送員限定。更には観光限定である。
 ならばレイナはどうやって辿り付くつもりなのかという話もあるのだが……。

「参考までに聞くが、どうやって暗黒大陸に来るつもりだ?」
「小船が一つあれば、それで事足ります」

 サイラス帝国の大型船がボロボロになったのに小船で辿り着けるとは思えないが、レイナが出来るというならば出来るのだろう。
 そこら辺は、あまり突っ込まない方が良さそうではある。

「……クロ。お前は今後どうするんだ?」
「今後?」

 急に話を振られたクロはキョトンとした顔をすると、クッキーを一つ口に放り込んで咀嚼する。

「どうと言われてもな。私は何でも屋だ。今後もそのつもりだが」
「……そうか。お前なら幾らでも道はあるように思うが」
「興味はないな。現状でも満足している」

 クロは内乱でも今回のアルヴァ襲撃でも活躍しており、それこそ騎士の道だって望むならば開けるだろう。
 ……とはいえ、クロの正体はアルヴァが融合する事によって蘇ったベルディアだ。
 その身体は魔族そのものであり、故に長い時を生きることが出来る。
 人の中に混じって生きることが出来る時間は、思ったよりも短いはずだ。
 たとえば自由に思える冒険者であっても現しの水晶などによる身分の証明が必要であり……クロがどうにかなっているのは内乱の混乱期に入ってきた事と、「何でも屋」という資格のいらない仕事である事が大きいだろう。

 ……だが、時間がたてばたつ程違和感は大きくなっていく。
 やがて魔族もクロと同様に人類領域の街中を闊歩する時代が来るかもしれないが、それまでもつかどうか。
 違和感は排斥の種となり、どちらがそれに耐えられなくなるかで結末も変わるが……ロクなことになりはしない。
 だから、「クロ」がこの街に溶け込んでいる今だからこそ伝えなければならないことがある。

「クロ。お前は魔族だ」

 そう、それだけは伝えなければならない。
 アルヴァ融合体だということは今は伝えずともいいだろう。
 その影響が悪い方向に出ているわけではないし、ルモンのような例もある。
 だが魔族だということだけは、知っておかなければならないことだ。
 それを知っているのといないのとでは、「その時」が来た時の影響も段違いなのは間違いないのだから。
 だが……そんなヴェルムドールの心とは裏腹にクロは「ほう」と軽い反応を返してくる。

「魔族か。なんとなく納得がいったよ」
「アッサリしてるねえ。自己の意味について問いかけたりする悲劇的場面ってやつじゃないのかい?」
「そんな事をして何になる?私は何処にいようと私以外の何にもなれないというのに」
「悟ってるわけだ。その悟りが君の真実であればいいのだけれども」
「やめろ」

 ヴェルムドールが魔神の頭を押さえつけて黙らせると、レイナが薄く笑い口を開く。

「まあ、確かに「自分」以外の何かになれる者は居ません。それ故に誰もが自分というものを知ろうと躍起になるのですから」
「ニノはいつだって最高だよ。他のものになる必要なんてない」
「素晴らしい考えですね。大抵の者は自分以上の何かになりたがる。だからこそ発展があるとも言えるのですが……」

 レイナの言葉を聞き流しながら、ニノはクッキーを咀嚼する。
 ニノにとっては非常にどうでもいいことであるからだが……代わりにクロがそれに反応する。

「自分以上の何か、か。そんなものになることが幸福になる道だとも思えないが」
「おや、幸福になる道をお探しですか?」
「探して見つかるとも思えんが……不幸になる道に進むよりは、いくらかマシだろう」
「……まあ、幸福談義も結構だが。思ったよりも冷静だな。それとも顔に出ていないだけか?」

 レイナとクロのやりとりに割って入るようにヴェルムドールが問うと、クロは「そうかもな」と返してくる。

「私自身、周りの連中より相当強いからな。規格外とも言えるその源泉を考えれば、魔族だというのは納得がいく。いくが……そうなると、私も生き方を考え直す必要があるかもしれない」
「なんで?」
「私が魔族であるならば、長い時を生きる事になる。短い寿命の者達と一緒には進めまい」

 ヴェルムドールの考え方よりも幾分か前向きな考え方だが、結局根元にあるものは同じだ。
 生きる長さが違うという事は、心通わす者との絶対の別れをも意味する。
 一人、二人……人数が多ければ多いほど、心削れる数も多くなる。
 シルフィドの中でも長く生きた者はそれ故に引きこもってしまうのだが……クロが人類の中に混じって生きるのならば、そうならないとも限らない。

「なら、ザダーク王国に来るか?」
「魔族の国に、か?」
「ああ。勿論個体差や種族差はあるが、大抵の人類よりは長生きだ。人に混ざるよりは大分マシだろう。なんなら、この国にある復興計画本部の職員として雇ってもいい。そこから始めれば、馴染むのも早かろう」

 ヴェルムドールの提案にクロは悩むような様子を見せた後、訝しげにヴェルムドールを見る。

「……それは良い提案だと思うが。何故私にそう世話を焼く? 別に全ての魔族を保護しようという博愛主義者なわけでもないだろう?」
「博愛主義者なように見えるか?」
「見えないな」
「ニノ愛主義者だものね」
「違うだろ」
「ふふっ」

 色々と余計な反応が入ったが、ヴェルムドールは軽く咳払いして話を続ける。

「深い意味は無い。俺とてこの大陸で好き勝手に暴れまわるゴブリン共を保護して回るほど暇でもお人好しでもないが、お前のような話の分かる奴は別だ」

 実際、以前オウガを一体保護したこともある。
 その後の調査でオウガにも個体差があり「話にならない」奴もいると発覚してはいるが……「話になる」者達は迎え入れる方針ではある。
 建て前で言えばクロもその基準に当てはまるという事だが……クロは長い沈黙の後に、「分かった」と短い返事を返す。

「復興計画本部だったか。何度か行った事もあるが……そこに世話になってみる事にしよう。その後の事は……まあ、それまでに考えるとしようか」

 よろしく頼む、と言うクロにヴェルムドールは「ああ」と頷き答える。
 帰ったらラクターに一つ土産話が出来たか……などと考えて、椅子に背中を預ける。

「その後、か」

 そう呟き、ヴェルムドールはカップを軽く傾けた。
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次回、増量で最終回です。
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