勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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 ヴェルムドールの問いに、場は静まり返る。
 その場の全員の視線がフィリアに集まり……ニヤニヤしている魔神を除けば、全員の目は真剣そのものだ。
 フィリアはしばらくの沈黙の後、静かにヴェルムドールへと視線を向ける。
 それは今までの敵意に満ちたものではなく、多少の猜疑が混じりながらも冷静に相手を見極めようとするものだった。

「……ヴェルムドール。貴方の言っている事は、そこにいる魔神に逆らう道となります。同時に、魔力を司るということは私と同様……あるいはそれ以上に、歪みに敏感になるでしょう。その意味が、分かっているのですか?」

 魔力そのものを司るということは、今のレムフィリアの神々のように自分の担当分の歪みを……という話ではない。
 いわば全体という大きな枠での歪みを担当するということであり、それは命の神という役回りゆえに他の神よりも深く「歪み」に触れてきたフィリアとは別の意味で困難なものであることは間違いない。

「貴方が魔力の神になるというのならば、魔族という存在の意味は変わる。歪み始めた世界の常識は崩れ、全ては再構築されるでしょう。神々の降臨によって、それに伴う混乱も恐らくは最小化される……。しかし、その後に訪れるのは」
「神々という存在の必要以上の神格化による選民意識と対抗意識、そして表面上の友好……か」

 そう、かつての「最初の世界」はそうだった。
 神々という指導者にして監視者の手前、表面上は各種族は友好を保っていた。
 しかしその裏では自分達の崇める神々こそが至高であり、その庇護下にある自分達こそが……という考えが強くなっていった。
 それは自分達の創造者たる神々が近くに居て見守ってくれているという安心感から生まれ出る歪みであっただろう。
 どんな感情も最終的には歪みゆくのが定めである以上、魔力の歪みもまた不可避。
 その流れの調整がどれ程精神に負担をかけるかは、想像するまでもない。

「貴方が魔族を国という形で纏め上げたのは理解しています。しかし、人類がそうはいかないことも知っているはずです」

 ザダーク王国の政治形態を人類風に言うのであれば、王たるヴェルムドールを最上位に据えた独裁国家であり軍事政権である。
 これだけ聞くとあまり良い風には聞こえないが、それは人類国家における独裁国家や軍事政権が私欲を優先し私腹を肥やし特権階級を意図的に作るからであり、言わば「平等」が成り立たないのと同じ理屈の失敗を孕んでいるからである。
 これはつまり管理者が管理者としての役割を超え人より幸福であらんとする為であって……いわば管理者と指導者の意味を混合し管理者こそが歯車であるという事実から目を背け、滅私奉公の義務から逃れているからに他ならない。
 
 ちなみにヴェルムドールはどうかといえば、他者から見れば仕事まみれのワーカホリックである。
 これはヴェルムドールが王という立場が責任者であると正しく理解し、末端まで自分の「理解」を行き届かせようとするが故に起こる事態である。
 四方軍と四方将に国の運営における重要事項を任せているのは「適材適所」の原則に基づくものであるが、それも重要事項の最終責任者を自分として詳細を把握しておくことで不測の事態を防ぐ役割を果たしている。

 こうした政治形態の利点としては、トップが腐らなければ腐敗が発生しないというものがある。
 当然トップがその役目を果たさず配下がそれをいい事に見えぬ場所で不正を働けば腐っていくが、ヴェルムドールに限ってはそれは発生するわけもなく……魔族という魔王に忠誠を誓い一本気な者達だらけの魔族の間で「私腹を肥やそう」という者がいたとすれば、それはかつて西方に蔓延っていた者達くらいだろう。
 他の問題点としては「要」である王に何かが起これば一気に瓦解してしまうという弱点があることだろう。
 
 ……さて、ではこのザダーク王国で上手く回っている政治形態を人類国家にそのまま当てはめたと仮定しよう。
 そうした場合、まず間違いなく短期間で「最初の腐敗」が生まれるだろう。
 それが何処からかは分からないが、間違いなくそうなる。
 長期的に見ても「管理者の交代」によって管理者は特権階級へと変貌していくだろう。
 これは一つの成功事例が他に導入して同様の成功結果となるわけではないという事の証明とも言えるが、あらゆるものは形骸化するという事実の恐ろしさを示しているとも言える。

「ああ、理解している」

 だが、それでもヴェルムドールはそう答える。

「俺がザダーク王国を上手く運営することが出来ているのは、優秀で忠実な部下と国民に恵まれたからに過ぎん。だが逆に言えば、世界を上手く運営する必要など何処にある?」

 そう、それは本来は神の仕事ではない。
 どのような仕組みでも腐り形骸化するのは、もはや定めとしか言いようが無い。
 ならば神々がするべきは魔力の安定化による「更なる事態」への防御であって、人の営みは人に任せるべきなのである。
 まあ、こうして言葉にしてしまうと放任主義にも諦めにも聞こえるが……勿論そうではない。

「フィリア、お前は抱え過ぎた。なまじ魂などに関わる事が出来るからそうなったのか、元々そうなのかは知らんが……人類の図太さを認めろ。人類の愚かさを容認しろ。そして責任を奴等自身の下に戻してやれ。それが奴等の為でもある」
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