勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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アルヴァ戦役30

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「……勝利宣言をするには速すぎませんか、ヴェルムドール?」

 鍔迫り合いをしながら言うフィリアに、ヴェルムドールは薄い笑みを浮かべる。

「ならば聞こう。何故本気を出さん。出せないとは言わんだろう? 此処は神の領域と同様の異界だ」

 今までは想像するしかなかった「次元の狭間」だが……こうしてヴェルムドールが自分自身で来てみるとよく分かる。
 この場所は、ウィルムやライドルグの領域同様、見た目こそ違うが「隔離された別空間」だ。
 独自のルールがこの場所にはあり、全てのものがそれに従って動いている。
 ……であるならば、フィリアが此処で全力を出せないはずは無い。
 だというのにフィリアは基本的に防御に回り、攻撃らしい攻撃といえばライフソードを撃ち出す攻撃のみ。
 ヴェルムドール達が辿り着くまでの時間でグリードリースと……恐らくは無数の護衛のアルヴァ達を仕留められるだけの技を持っているはずだし、何より聖鎧兵も軍として運用しようと考えているならば此処にいる数は少な過ぎる。
 何よりもヴェルムドールを殺そうとしている割にはフィリアの行動は無駄が多過ぎる。
 ……総合すれば、どう考えてもフィリアは全力ではないのだ。

「時間をかければかけるほどお前には不利だ。こちらにはまだまだ戦力がいるし、お前の戦力は補充しなければ減る。他のアルヴァ共が此処の状況に気付けば、敵とて増えるだろう」

 もっとも人類連合軍が来た時にどうなるかは不明だが、それで大勢が変わるわけでもないだろう。
 つまりフィリアがやるべき事は、全力での短期決戦しかありえなかったのだ。
 フィリア自身がそれを理解していないとは、ヴェルムドールは決して思わない。

「勝つ気がない者に勝利は絶対にない。ただそれだけの単純な論理だ」
「……なるほど。確かに私は全力で貴方達を殺そうとはしていなかった。では、それは何故だか分かりますかヴェルムドール」
「さて、な」

 鍔迫り合いを続けていたフィリアの腕に力が篭り、ヴェルムドールの剣を押し返す。
 甲高い金属音と共に二人は離れ……しかしそこで、フィリアは地面に剣を突き刺す。

「貴方達を追い詰めれば、魔神が姿を現すと考えたからです。そしてそれは、この場でなければならなかった」
「……此処が隔離空間だから、か」
「その通りです。此処であれば魔神の存在は世界に影響を及ぼさない。そして場合によっては……」

 その先は、言わずとも分かる。
 場合によっては、倒すつもりだった。そう言っているのだろう。
 ヴェルムドール諸共、魔神を倒す。
 それが出来れば確かにフィリアの今後の憂いは綺麗さっぱりなくなる。

「……そんな事が出来ると思っているのですか?」

 何処となく嘲るように、イチカはフィリアに問いかける。
 魔神の間近に居たこともあるイチカだからこそ、魔神の力はよく分かっているのだろう。
 そして、それはヴェルムドールだってそうだ。
 なにしろ、自分自身を造った相手だ。間近に接した事で、どれ程強大な相手であるかもよく理解している。

「その為の準備は進めてきました」

 フィリアが指を鳴らすと、次元の狭間の空が短く明滅を繰り返す。
 それは、この次元の狭間に満ちる魔力がフィリアの支配下にあるということを示すもので……その事実に、全員が「ある可能性」に気付く。

「……そうか、この場所は」
「そうです。この場所は貴方を……そしてチャンスがあるならば魔神を確殺する為に用意した空間。この意味が分かりますか、ヴェルムドール」

 理解できる。
 ここはフィリアの領域。
 いつでも放てる魔力が可視化するほどに満ち、それがこの無限にも思える広さに余すところなく広がった異界。
 そして、光の鍵と闇の鍵という特別なアイテム無くば出入りも出来ない閉鎖空間。
 それは、つまり。

「……なるほど。この空間こそがお前の全力。此処に俺を誘い込んだ時点で、お前は勝利を確信していたと言いたい訳か」
「ええ。ここに誘い込まれた時点で貴方の負けは確定していました、ヴェルムドール」

 ヴェルムドールは、自分の手札を脳内で素早く確認する。
 転移魔法は……魔力任せでならばいけるだろうが、恐らくフィリアがその発動を許しはしないだろう。
 魔法解除ディスペルは……やはり無理だ。一つの世界規模のものを消し去るのは、流石のヴェルムドールといえど魔力がもたないだろうし……すぐに出来るようなものではない。
 やはり、フィリアをどうにかするのが一番現実的だ。
 あれほどのものを仕込んでおきながら使用しないのは、未知数の魔神を警戒するが故だ。
 その警戒がフィリアに「防御のみ」という魔力の温存手段をとらせている。
 この段階で手札をさらしたのはフィリアの言葉通り、魔神を誘い出す為なのだろう。
 ならば、まだフィリアは最終手段には出てこない。
 
 
「……それはどうかな」
「まだ何か手段を隠し持っているとでも?」
「そうだな、たとえば」

 ヴェルムドールに視線を向けたままフィリアの手が動き、その手のライフソードが何者かの剣を受け止める。
 だが受け止めたと思った剣は再び防御しにくい箇所を的確に狙い、その速度は一撃ごとに上がっていく。

 そう。それはたとえば、理不尽を貫く理不尽。
 不可能を砕き、未来を強引に切り開く世界の調整者。

「たとえば……勇者とか、な」

 魔族の勇者サンクリードの剛剣が、フィリアに向けて閃いた。
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