640 / 681
連載
アルヴァ戦役25
しおりを挟む次元城アヴァルディア、玉座の間。
この巨大な次元城のどの場所よりも美しく大きく、広い部屋。
しかし大きく破壊されたその場所は天井も崩れ落ち、極彩色の空が部屋の中を照らしている。
瓦礫を黄金の騎士が隅に片付けている姿は実にシュールで、しかしほとんど終わっているところを見る限りではこの場であった「何か」から相当の時間がたっていることは間違いなさそうだった。
「な、なに? これは……」
無言で部屋を片付けている黄金の騎士がアルヴァではないのは一目瞭然で、しかし人類側の騎士とも思えなかった。
これがヴェルムドール達であれば黄金の騎士がかつて魔王城に不完全な姿で現れた「聖鎧兵」であると気付いただろうが、その時気絶していたイクスラースにそれが分かるはずも無い。
黙々と部屋の掃除を続けている黄金の騎士達の一体がイクスラースの側を通り、しかしイクスラースには全く気付きもしないかのように隣を通り過ぎていく。
だが……その瞬間、イクスラースは背に氷を入れられたような感覚が自分を襲うのを感じる。
それは知っているような知らないような……そんな不思議な感覚。
まるで仇敵を目の前にしたかのような、そんな感覚を覚え……しかし、その感覚の正体が分からないままイクスラースは黄金の騎士を視線で追う。
だが、その次の瞬間……視界の隅に奇妙なものを見た気がして、思わずそちらへ向き直る。
それは、部屋の中央。
すでに綺麗に片付けられた其処に置かれているのは、一目で高級と分かるテーブルセット。
ティーセットの並べられたそのテーブルは美しいが、この玉座の間には如何にも相応しくは無いし、目の前の黄金の騎士達がそれを使うとも思えない。
誰も居ないそのテーブルセットの主を探していると……突如、目の前に影が差す。
「最初に辿りついたのは貴女でしたか。意外といえば意外ですが……まあ、それもまた運命ということでしょうか」
そんな事を口にしたのは、目の前に立つ女。
美しい金の髪と、深い海のような青い目。
見事な体躯を包むのは、清浄なる輝きを放つ白銀の衣。
慈愛に満ちたその瞳は、イクスラースを静かに見下ろしている。
「……誰?」
「フィリア。直接会話するのは初めてですね、イクスラース」
フィリア。
その名を聞いた瞬間にイクスラースは黒薔薇の剣を引き抜き、フィリアに突きつける。
「馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれるかしら。貴方が私の知っているフィリアであるなら、尚更よ」
「貴女の怒りは正当なものです。しかし、忘れていたはずの貴女の記憶を掘り起こしたのはヴェルムドールです。私はそこまで貴女に背負わせるつもりはありませんでした」
「……そのおかげで、得たものも多くある。それをどうこう言われる筋合いはないわ」
イクスラースの返答にフィリアは少しの沈黙の後に「そうですね」と呟く。
「記憶してしまうが故に迷い歪む者を、私は多く見てきました。ですが、貴女はそうなっていない。それが強い目的故かは分かりませんが……」
「論点が見えてこないわ」
「貴女は強いということです」
フィリアの手に一瞬で生まれた剣がイクスラースの剣を弾き……しかし、それは再び一瞬で消え去る。
「貴女ほどの強さが人類にあれば、あるいは……」
「そう創ればよかったでしょうに」
「強さだけは、本人がそう在る事でしか手に入りません。それだけは、神であろうとどうにもできないのです」
フィリアはそう答えると身を翻し、テーブルセットの方へと歩いていく。
そうすると黄金の騎士がやってきて椅子を引き、そこにフィリアは優雅に座ってみせる。
「まだヴェルムドールが来るまで少しの時間があるでしょう。それまでの間、お茶でも如何ですか?」
「そんな何が入っているかも分からないもの、飲めるとでも?」
「そうですか」
そう言って黄金の騎士が入れた茶を飲んでいるフィリアの様子には少しの慌てた様子もなく、本当にくつろいでいるのがイクスラースには分かった。
「……大体、ここにいるはずのアルヴァクイーンは何処に行ったの?」
「想像はついているのでは?」
そう、確かに想像はつく。
ここにいるはずのアルヴァクイーンの不在。
ここにいないはずのフィリアの存在。
壊れた天井と、フィリアの手駒らしき黄金の騎士達。
「……まさか、貴方が」
だとしたら、何故このタイミングで。
いや、そもそも何故フィリアが此処にいるのだ。
確かに以前闇の神であるダグラスもこの空間に居たが、それでも魔力を随分と抑えていたようだった。
だが、今目の前にいるフィリアからはそうした気配は感じられない。
「……一つ、言い訳をしておきましょうか」
「え?」
「貴女が記憶を取り戻したというのであれば、エレメント達の現状は見たはずです」
それが、エレメントが世界中に化け物のようなモノとなって現れていることを示しているのは明らかで……イクスラースは再び表情を険しくする。
「アレは私の仕業ではありません」
「何を……!」
「彼等の魂はすでに命の流れに乗り転生しています。ですが、そのエレメントという形と魔力の残滓を取り込んだ輩がいる……ということです」
「ちょっと、それって……」
イクスラースが詰め寄ろうとするが、フィリアは手でそれを制して立ち上がる。
「ですから、貴女が今世界に現れるエレメントについて何かを思うのであれば……すでに残滓の消えたアレ等は、貴女とは全く関わりの無いモノであるということを理解するべきです。あれは忌むべきモノが世界に送り出した悪意そのものです」
「待ちなさい! 貴方が言っているのはもしかして……」
「時間切れです。それに、貴女が悩む必要もない。それも含め、全て私がやるべきことです」
そう言って立つフィリアの視線の先。
壊れた大扉の先の薄暗い通路から現れたのは……黒い髪と赤い瞳、金糸や銀糸をあしらった豪奢な衣装を纏う男。
……すなわち、魔王ヴェルムドールであった。
0
お気に入りに追加
1,736
あなたにおすすめの小説
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります
ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□
すみません…風邪ひきました…
無理です…
お休みさせてください…
異世界大好きおばあちゃん。
死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。
すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。
転生者は全部で10人。
異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。
神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー!
※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。
実在するものをちょっと変えてるだけです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!
秋田ノ介
ファンタジー
主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。
『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。
ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!!
小説家になろうにも掲載しています。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。