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アルヴァ戦役25

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 次元城アヴァルディア、玉座の間。
 この巨大な次元城のどの場所よりも美しく大きく、広い部屋。
 しかし大きく破壊されたその場所は天井も崩れ落ち、極彩色の空が部屋の中を照らしている。
 瓦礫を黄金の騎士が隅に片付けている姿は実にシュールで、しかしほとんど終わっているところを見る限りではこの場であった「何か」から相当の時間がたっていることは間違いなさそうだった。

「な、なに? これは……」

 無言で部屋を片付けている黄金の騎士がアルヴァではないのは一目瞭然で、しかし人類側の騎士とも思えなかった。
 これがヴェルムドール達であれば黄金の騎士がかつて魔王城に不完全な姿で現れた「聖鎧兵」であると気付いただろうが、その時気絶していたイクスラースにそれが分かるはずも無い。
 黙々と部屋の掃除を続けている黄金の騎士達の一体がイクスラースの側を通り、しかしイクスラースには全く気付きもしないかのように隣を通り過ぎていく。
 だが……その瞬間、イクスラースは背に氷を入れられたような感覚が自分を襲うのを感じる。
 それは知っているような知らないような……そんな不思議な感覚。
 まるで仇敵を目の前にしたかのような、そんな感覚を覚え……しかし、その感覚の正体が分からないままイクスラースは黄金の騎士を視線で追う。
 だが、その次の瞬間……視界の隅に奇妙なものを見た気がして、思わずそちらへ向き直る。
 それは、部屋の中央。
 すでに綺麗に片付けられた其処に置かれているのは、一目で高級と分かるテーブルセット。
 ティーセットの並べられたそのテーブルは美しいが、この玉座の間には如何にも相応しくは無いし、目の前の黄金の騎士達がそれを使うとも思えない。
 誰も居ないそのテーブルセットの主を探していると……突如、目の前に影が差す。

「最初に辿りついたのは貴女でしたか。意外といえば意外ですが……まあ、それもまた運命ということでしょうか」

 そんな事を口にしたのは、目の前に立つ女。
 美しい金の髪と、深い海のような青い目。
 見事な体躯を包むのは、清浄なる輝きを放つ白銀の衣。
 慈愛に満ちたその瞳は、イクスラースを静かに見下ろしている。

「……誰?」
「フィリア。直接会話するのは初めてですね、イクスラース」

 フィリア。
 その名を聞いた瞬間にイクスラースは黒薔薇の剣を引き抜き、フィリアに突きつける。

「馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれるかしら。貴方が私の知っているフィリアであるなら、尚更よ」
「貴女の怒りは正当なものです。しかし、忘れていたはずの貴女の記憶を掘り起こしたのはヴェルムドールです。私はそこまで貴女に背負わせるつもりはありませんでした」
「……そのおかげで、得たものも多くある。それをどうこう言われる筋合いはないわ」

 イクスラースの返答にフィリアは少しの沈黙の後に「そうですね」と呟く。

「記憶してしまうが故に迷い歪む者を、私は多く見てきました。ですが、貴女はそうなっていない。それが強い目的故かは分かりませんが……」
「論点が見えてこないわ」
「貴女は強いということです」

 フィリアの手に一瞬で生まれた剣がイクスラースの剣を弾き……しかし、それは再び一瞬で消え去る。

「貴女ほどの強さが人類にあれば、あるいは……」
「そう創ればよかったでしょうに」
「強さだけは、本人がそう在る事でしか手に入りません。それだけは、神であろうとどうにもできないのです」

 フィリアはそう答えると身を翻し、テーブルセットの方へと歩いていく。
 そうすると黄金の騎士がやってきて椅子を引き、そこにフィリアは優雅に座ってみせる。

「まだヴェルムドールが来るまで少しの時間があるでしょう。それまでの間、お茶でも如何ですか?」
「そんな何が入っているかも分からないもの、飲めるとでも?」
「そうですか」

 そう言って黄金の騎士が入れた茶を飲んでいるフィリアの様子には少しの慌てた様子もなく、本当にくつろいでいるのがイクスラースには分かった。

「……大体、ここにいるはずのアルヴァクイーンは何処に行ったの?」
「想像はついているのでは?」

 そう、確かに想像はつく。
 ここにいるはずのアルヴァクイーンの不在。
 ここにいないはずのフィリアの存在。
 壊れた天井と、フィリアの手駒らしき黄金の騎士達。

「……まさか、貴方が」

 だとしたら、何故このタイミングで。
 いや、そもそも何故フィリアが此処にいるのだ。
 確かに以前闇の神であるダグラスもこの空間に居たが、それでも魔力を随分と抑えていたようだった。
 だが、今目の前にいるフィリアからはそうした気配は感じられない。

「……一つ、言い訳をしておきましょうか」
「え?」
「貴女が記憶を取り戻したというのであれば、エレメント達の現状は見たはずです」

 それが、エレメントが世界中に化け物のようなモノとなって現れていることを示しているのは明らかで……イクスラースは再び表情を険しくする。

「アレは私の仕業ではありません」
「何を……!」
「彼等の魂はすでに命の流れに乗り転生しています。ですが、そのエレメントという形と魔力の残滓を取り込んだ輩がいる……ということです」
「ちょっと、それって……」

 イクスラースが詰め寄ろうとするが、フィリアは手でそれを制して立ち上がる。

「ですから、貴女が今世界に現れるエレメントについて何かを思うのであれば……すでに残滓の消えたアレ等は、貴女とは全く関わりの無いモノであるということを理解するべきです。あれは忌むべきモノが世界に送り出した悪意そのものです」
「待ちなさい! 貴方が言っているのはもしかして……」
「時間切れです。それに、貴女が悩む必要もない。それも含め、全て私がやるべきことです」

 そう言って立つフィリアの視線の先。
 壊れた大扉の先の薄暗い通路から現れたのは……黒い髪と赤い瞳、金糸や銀糸をあしらった豪奢な衣装を纏う男。
 ……すなわち、魔王ヴェルムドールであった。
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