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連載
全ては、この時の為に
しおりを挟む次元城アヴァルディア。
ヴェルムドール達が巨大次元城と呼ぶその城の玉座に、一人の女が座っていた。
銀色のウェーブがかかった髪と、金色の目。
均整のとれた身体を覆うドレスにも似た服の赤色は血の色にも似た鮮烈さであり……その金色の目もまた、愉悦に歪んでいる。
「ふふ……ふふふ、来たわね。私を殺しに来たのね!」
アルヴァクイーン……魔王グリードリースは、玉座から立ち上がると軽やかなステップで踊り始める。
「魔族と人類が手に手を取り合って、有限の戦力を掻き集めて無限たる私の軍に歯向かいに来た! ああ、ああ。なんたる混沌。私という脅威を生贄に団結したつもりかしら? ああ、ああ。愚かしくも愛おしい! 愛おしいわ!」
疑心の魔王。
それが彼女に与えられた役。
アルヴァの能力を使えば……偶然見つけた融合能力を使えば、それは簡単な事だった。
本人と入れ替わり本人であるかのように振舞っても、誰も気付かない。
現しの水晶ですら欺く融合は、実にグリードリース好みに世界を回している。
そしてそれ故に、グリードリースは自らの力の方向性にも気付く事ができた。
……すなわち、命を玩ぶ力。
少し力を加える方向性を変えるだけで、それは簡単に実現できた。
ゴブリンを、オウガのように強大に。
人間を、魔族のように強靭に。
まるで命の神であるかのような力は、しかしグリードリースには何の喜びももたらさなかった。
こんな事が出来たからなんだというのか。何も面白くは無い。
それよりも、融合のほうがグリードリースにはたまらなく魅力であった。
隣人が、友人が、恋人が、子供が、親が……突然「本人なのに全く違う何か」に入れ替わっている。
誰もソレが別人であることを証明出来ず、しかし近ければ近いほどそれに気付く。
たった一つ……たった一例「それ」が混ざっていただけで、世界は疑念に満ちたものになる。
こいつは、本当に本物なのか。
普段とは違う動作に疑心を覚え、ちょっとした変化に恐怖する。
永遠に変わらぬもの等無いというのに、不変にしか安心を覚えない。
そうしてやがて、「不変」の不自然さにすら気付いてしまう。
誰も何も信じられない。
何もかもが疑念に満ちて、けれど誰もその異常さを証明出来ない。
耐えられているうちはいい。
けれど、そうでなくなった瞬間……世界は脆い砂の城のように崩れ去るのだ。
「希望を掻き集めて、悪の魔王を倒す為に突入して……ふふ、ふふふ。か弱いお姫様のような臆病者達は手を重ね祈りを……かしら? 素敵ね、王道だわ! でも、だからこそ……崩れてしまえばいい」
玉座の間の中央でピタリと動きを止めたグリードリースは胸の前で手を重ね、ぎゅっと握る。
「命の神……顔すら知らないクソ女神。貴方達が直接手出しできない事くらいは私も気付いている。黙って結末を見ていればいいわ」
キャナル王国の件で、もうそれはグリードリースにも分かっている。
あそこまで国を壊しても、どの神も直接は干渉してこなかった。
そういうスタンスであるならば、全てが壊れるまで特等席から見ていればいい。
「さあさあ、始めましょう! 全ての終わりを! 狂乱の始まりを! 世界に散らばりし私のアルヴァ達よ、愛おしくも憎憎しき世界の最終章を奏でましょう!」
手を広げ、グリードリースは叫ぶ。
その声には魔力が乗り、何処かへと流れるように……広がるように消えていく。
それを眺めながら、グリードリースの顔は更なる愉悦へと歪んでいく。
これでいい。
これで全てが始まった。
あとは此処にやってきた「希望」を皆殺しにすれば、それでいい。
「うふふ……ふふっ! さあ、私も準備しなきゃね。お客様がやってくるわ!」
「そうですか。でも、貴女はもう準備する必要はありませんよ」
音が響く。
何かが、何かを貫くような音。
「えっ」
自分の腹部から突き出た刃を見下ろして、グリードリースは不思議そうな顔をする。
聞いた事の無い声なのに、知っているような気のする声。
けれど、そんなことよりも。
この刃は何なのか。こんな一撃だけであらゆるものを削られてしまったかのような、そんな恐ろしいまでの喪失感。
そう、まるで……魂を直接削られてしまったかのような。
「ご苦労様でした、グリードリース。ですが、貴方の役目は此処までです。この後の事を考えれば、ヴェルムドール達との接触によって貴方の魂は修正の仕様がない程に歪むでしょう。それは許容できません」
「貴方は……まさか……まさかっ!」
自分に刺さった刃を前に跳ぶ事で無理矢理引き抜いて、グリードリースは自分の背後にいた「誰か」へ向き直る。
そこに立っていたのは、一人の女。
美しい金の髪と、深い海のような青い目。
見事な体躯を包むのは、清浄なる輝きを放つ白銀の衣。
白く輝きを放つ剣を持ったその姿は……あらゆる命を断罪する死のような冷たい雰囲気に満ちている。
それは、疑いようも無く「命の神フィリア」であった。
「命の神……っ! 貴方、どうして此処に!」
「本当に分からないのですか? 此処が如何なる場所であるのか……想像すらしたことがなかったと?」
哀れむような瞳で見るフィリアに、グリードリースは歯軋りをする。
何故、此処に。
どうして、今。
混乱する思考を無理矢理まとめ、グリードリースは哂う。
「今更人類を救いに来たとでも? でも、もう間に合わないわ。それに……此処は私の城よ。乗り込んできて無事で済むと思っていたのかしら?」
音も無く、玉座の間のそこかしこにアルヴァの姿が現れていく。
それは「通常型」と呼ばれるものだけではなく……歪な姿をしたものも多数混ざっている。
「貴方も食べてあげるわ、命の神。私の中で滅び行く世界を眺めているといいわ!」
「……なるほど、それも不可能ではないでしょう。貴女は私の想像を超えて成長しました」
玉座の間を埋め尽くさんとばかりに増えるアルヴァに全く臆することなく、フィリアはそう呟く。
「ですが、やはり無理です。貴女は此処で死ぬ。それは確定事項です」
その言葉と共に……玉座の間に、三体の黄金の巨人が降り立つ。
「この時を待っていたのは貴女だけではありません、グリードリース。私もまた……この時を待っていたのです」
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