勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

文字の大きさ
上 下
623 / 681
連載

全ては、この時の為に

しおりを挟む

 次元城アヴァルディア。
 ヴェルムドール達が巨大次元城と呼ぶその城の玉座に、一人の女が座っていた。
 銀色のウェーブがかかった髪と、金色の目。
 均整のとれた身体を覆うドレスにも似た服の赤色は血の色にも似た鮮烈さであり……その金色の目もまた、愉悦に歪んでいる。

「ふふ……ふふふ、来たわね。私を殺しに来たのね!」

 アルヴァクイーン……魔王グリードリースは、玉座から立ち上がると軽やかなステップで踊り始める。

「魔族と人類が手に手を取り合って、有限の戦力を掻き集めて無限たる私の軍に歯向かいに来た! ああ、ああ。なんたる混沌。私という脅威を生贄に団結したつもりかしら? ああ、ああ。愚かしくも愛おしい! 愛おしいわ!」
 
 疑心の魔王。
 それが彼女に与えられた役。
 アルヴァの能力を使えば……偶然見つけた融合能力を使えば、それは簡単な事だった。
 本人と入れ替わり本人であるかのように振舞っても、誰も気付かない。
 現しの水晶ですら欺く融合は、実にグリードリース好みに世界を回している。
 そしてそれ故に、グリードリースは自らの力の方向性にも気付く事ができた。
 
 ……すなわち、命を玩ぶ力。
 少し力を加える方向性を変えるだけで、それは簡単に実現できた。
 ゴブリンを、オウガのように強大に。
 人間を、魔族のように強靭に。
 まるで命の神であるかのような力は、しかしグリードリースには何の喜びももたらさなかった。
 こんな事が出来たからなんだというのか。何も面白くは無い。
 それよりも、融合のほうがグリードリースにはたまらなく魅力であった。
 隣人が、友人が、恋人が、子供が、親が……突然「本人なのに全く違う何か」に入れ替わっている。
 誰もソレが別人であることを証明出来ず、しかし近ければ近いほどそれに気付く。
 たった一つ……たった一例「それ」が混ざっていただけで、世界は疑念に満ちたものになる。
 こいつは、本当に本物なのか。
 普段とは違う動作に疑心を覚え、ちょっとした変化に恐怖する。
 永遠に変わらぬもの等無いというのに、不変にしか安心を覚えない。
 そうしてやがて、「不変」の不自然さにすら気付いてしまう。
 誰も何も信じられない。
 何もかもが疑念に満ちて、けれど誰もその異常さを証明出来ない。
 耐えられているうちはいい。
 けれど、そうでなくなった瞬間……世界は脆い砂の城のように崩れ去るのだ。

「希望を掻き集めて、悪の魔王を倒す為に突入して……ふふ、ふふふ。か弱いお姫様のような臆病者達は手を重ね祈りを……かしら? 素敵ね、王道だわ! でも、だからこそ……崩れてしまえばいい」

 玉座の間の中央でピタリと動きを止めたグリードリースは胸の前で手を重ね、ぎゅっと握る。

「命の神……顔すら知らないクソ女神。貴方達が直接手出しできない事くらいは私も気付いている。黙って結末を見ていればいいわ」

 キャナル王国の件で、もうそれはグリードリースにも分かっている。
 あそこまで国を壊しても、どの神も直接は干渉してこなかった。
 そういうスタンスであるならば、全てが壊れるまで特等席から見ていればいい。

「さあさあ、始めましょう! 全ての終わりを! 狂乱の始まりを! 世界に散らばりし私のアルヴァ達よ、愛おしくも憎憎しき世界の最終章を奏でましょう!」

 手を広げ、グリードリースは叫ぶ。
 その声には魔力が乗り、何処かへと流れるように……広がるように消えていく。
 それを眺めながら、グリードリースの顔は更なる愉悦へと歪んでいく。
 これでいい。
 これで全てが始まった。
 あとは此処にやってきた「希望」を皆殺しにすれば、それでいい。

「うふふ……ふふっ! さあ、私も準備しなきゃね。お客様がやってくるわ!」
「そうですか。でも、貴女はもう準備する必要はありませんよ」

 音が響く。
 何かが、何かを貫くような音。

「えっ」

 自分の腹部から突き出た刃を見下ろして、グリードリースは不思議そうな顔をする。
 聞いた事の無い声なのに、知っているような気のする声。

 けれど、そんなことよりも。
 この刃は何なのか。こんな一撃だけであらゆるものを削られてしまったかのような、そんな恐ろしいまでの喪失感。
 そう、まるで……魂を直接削られてしまったかのような。

「ご苦労様でした、グリードリース。ですが、貴方の役目は此処までです。この後の事を考えれば、ヴェルムドール達との接触によって貴方の魂は修正の仕様がない程に歪むでしょう。それは許容できません」
「貴方は……まさか……まさかっ!」

 自分に刺さった刃を前に跳ぶ事で無理矢理引き抜いて、グリードリースは自分の背後にいた「誰か」へ向き直る。
 そこに立っていたのは、一人の女。
 美しい金の髪と、深い海のような青い目。
 見事な体躯を包むのは、清浄なる輝きを放つ白銀の衣。
 白く輝きを放つ剣を持ったその姿は……あらゆる命を断罪する死のような冷たい雰囲気に満ちている。
 それは、疑いようも無く「命の神フィリア」であった。

「命の神……っ! 貴方、どうして此処に!」
「本当に分からないのですか? 此処が如何なる場所であるのか……想像すらしたことがなかったと?」

 哀れむような瞳で見るフィリアに、グリードリースは歯軋りをする。
 何故、此処に。
 どうして、今。
 混乱する思考を無理矢理まとめ、グリードリースは哂う。

「今更人類を救いに来たとでも? でも、もう間に合わないわ。それに……此処は私の城よ。乗り込んできて無事で済むと思っていたのかしら?」

 音も無く、玉座の間のそこかしこにアルヴァの姿が現れていく。
 それは「通常型」と呼ばれるものだけではなく……歪な姿をしたものも多数混ざっている。

「貴方も食べてあげるわ、命の神。私の中で滅び行く世界を眺めているといいわ!」
「……なるほど、それも不可能ではないでしょう。貴女は私の想像を超えて成長しました」

 玉座の間を埋め尽くさんとばかりに増えるアルヴァに全く臆することなく、フィリアはそう呟く。

「ですが、やはり無理です。貴女は此処で死ぬ。それは確定事項です」

 その言葉と共に……玉座の間に、三体の黄金の巨人が降り立つ。

「この時を待っていたのは貴女だけではありません、グリードリース。私もまた……この時を待っていたのです」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

過程をすっ飛ばすことにしました

こうやさい
ファンタジー
 ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。  どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?  そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。  深く考えないでください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません

八星 こはく
恋愛
【愛されスキルで溺愛されてみせる!伯爵×ぽんこつメイドの身分差ラブ!】 「私の可愛さで、絶対ご主人様に溺愛させてみせるんだから!」 メイドカフェ激戦区・秋葉原で人気ナンバー1を誇っていた天才メイド・長谷川 咲 しかし、ある日目が覚めると、異世界で別人になっていた! しかも、貧乏な平民の少女・アリスに生まれ変わった咲は、『使用人も怯えて逃げ出す』と噂の伯爵・ランスロットへの奉公が決まっていたのだ。 使用人としてのスキルなんて咲にはない。 でも、メイドカフェで鍛え上げた『愛され力』ならある。 そう決意し、ランスロットへ仕え始めるのだった。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。