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干渉2
しおりを挟む「あれー? イチカさんです。何してるですかー?」
魔神が消えた場所を見つめていたイチカの近くへふよふよと現れたのは、先程の偽サシャとそっくりの水晶玉少女だ。
偽サシャに比べると気配が濃厚で、むしろ隠そうとする気すら見えない。
魔力もかなり特徴的な魔力を内包し、他とは間違えようが無い。
少なくとも……先程のように、まるで空気であるかのように存在感が無い、などということはない。
表情も気が抜けていて、野生に放ったら即座に捕食されそうですらある。
「イーチカさーん?」
反応しないイチカの周囲をくるくるとサシャは回ると、右横で止まってむう、と首をかしげる。
いつも姿を捉えることすら困難な動き方をしているイチカが、こんな静止したように立っている。
それはサシャにとっては初めての経験だ。
つまり、ひょっとするとこれはイチカではないのではないだろうか?
いや……イチカにそっくりな人形という可能性すらあるかもしれない。
「むむう……? よく出来てるです……いい仕事だ、並の職人の腕じゃねーぜです」
「どこでそんな台詞聞いてきたんですか」
「ひゃーっ!?」
人形と思っていたイチカに掴まれて、驚いたサシャが悲鳴をあげる。
ジタバタと逃げようとするも一度掴んだイチカの手が獲物を逃がすはずなどなく、水晶珠の中でサシャの手足がバタバタと動くだけだ。
「……どうやら、今度は本物のようですね」
「な、何の話ですかあっ!?」
「別に。たいしたことではありません……が、丁度いいです。一緒に来なさい」
「ふへ?」
イチカはサシャを掴んだまま転移し……薄暗い部屋へと辿り付く。
魔法の明かりが辺りを照らし出すその場所は、サシャがあまり近寄らない地下の大図書館であり……ロクナの部屋と化している場所でもある。
サシャがそれを正確に理解するその前に、部屋の主のロクナがイチカを見つけて近寄ってくる。
「何か来るから誰かと思えば、イチカじゃないの。どうしたの、そんなの連れて。壷でも割ったとか?」
ロクナの軽口にサシャが小さくビクリと震える。
割った事は無いが、中に入って遊んでいる事はよくある。
しかしイチカは気にもせず、サシャをロクナの腕の中にポンと乗せる。
「……なによ」
「しばらく任せます」
「ほへ?」
「ちょっと、話が見えないわよ」
疑問符を浮かべるサシャとロクナに、イチカは決定事項を伝えるかのように淡々と告げる。
「ヴェルムドール様の下へ向かいます」
「ほへー」
「はあ!?」
気の抜けた返事をするサシャとは逆に、ロクナは驚きの声をあげる。
いや、どちらかというと抗議の声に近いだろうか。
それも当然だ。何しろ「留守を守れ」というヴェルムドールの命令を丸ごと無視すると宣言しているのだから。
むしろロクナの反応が当たり前すぎるとすら言えるし、イチカの行動が意外すぎるとも言える。
ロクナの反応には、そうした驚きも含まれているのだ。
「……何考えてんのよ、イチカ。アンタ、自分で言ってる事の意味分かってんでしょうね?」
「勿論です。これはある意味で、ヴェルムドール様の信頼を裏切る行為でしょう」
「分かってるじゃない。それでも行くっていう理由は何?」
ロクナの真剣な色を宿した問いに、イチカは何かを考えるように沈黙し……やがて、静かに口を開く。
「あの方が、私にそう助言しました」
「あの方……? まさかっ」
イチカがヴェルムドール以外で「あの方」などと呼ぶ相手の正体に思い至り、ロクナはイチカの襟を掴む。
「魔神!? アイツが来たって言うの!? いつ、何処で! 私はアイツの魔力をこの身で感じている……少なくともこの近くに現れたなら見逃すはずがないわ! そうか、アイツとの何かの連絡手段を」
「そんなものはありません」
ロクナの想像をバッサリと切ると、イチカはロクナの手を引き剥がす。
乱れた襟を一瞬で整えると、イチカはロクナを正面から見据える。
「私はあの方に会う手段など持ち合わせていませんし、あの方が此処に現れた手段は私ですら想像の及ぶところではありません」
「……いままで、奴は何度来たの」
「今回が初めてです。故に、少々驚いています」
「驚いてるってやつの面じゃないわよ」
ロクナはそんな冗談を言うと、足でタンタンと床を叩きながら思考を巡らせる。
魔神。
今まで欠片も姿を見せなかったソレがこの場で何がなんだか分からぬ手段を使ってイチカに接触してくる理由。
「……ヴェルっちに会えと言ったのね?」
「正確には、ヴェルムドール様の元へ行け、と」
「そうしたら何が起こるというの」
「分かりません。だからこそ行くのです」
確かに、その助言内容であればロクナも行く事を選ぶだろう。
行けばいい事が起こるとも解釈できる。
行かなければ悪い事が起こるとも解釈できる。
イチカが行かなければ発生し得ない何かがあるとも解釈できる。
イチカが行けば発生しない何かがあるとも解釈できる。
魔神が今までイチカに接触しなかったというのなら……今回の接触と助言には、きっと何かの重大な意味がある。
「……分かったわ」
だから、ロクナはそう言うしかない。
「アンタの抜けた穴は私がなんとか埋めるし、ソレの世話もしといてあげる。放し飼いでいいのよね?」
「むー!」
話題に全く付いていけてなかったサシャがぷうと頬を膨らませるが、イチカは全く気にせず「お願いします」と答える。
「……気をつけなさい。私よりアンタの方が魔神には詳しいんでしょうけど。ただの親切で助言しにくるような奴には思えないわ」
「ええ、確かによく知っています。気紛れで、いつも退屈している気分屋。恐らくは、私が介入すれば何処か面白くなるような……そんな何かがあると考えているのでしょう」
ロクナなりの心配の言葉に、イチカはいつもどおりの無表情でそう返す。
「……ご心配には及びません。遥かなる時を越えて積み重ねし「私」に、隙はありませんから」
そう言って一礼すると……イチカの姿は、転送光に包まれて消えていった。
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