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連載
アルヴァ戦役
しおりを挟む世界会議から、数週の時が過ぎた。
キャナル王国の名も無き平原には、野営用のテントがあちこちに並んでいる。
立てられた旗も様々であり、何かの祭の会場か何かのような様相を呈しているこの場所は、これから行われる対アルヴァの侵攻戦の出撃場所であり……気の早い国は世界会議の後連絡がくると即座に準備を整え、この場までやってきていた。
別に早く来ればどうというわけでもないのだが、「出遅れてたまるか」といった心境がそうさせたのだろうか。
なにしろ、軍が軍として明確に「敵」と戦うのは勇者戦争以降ではこれが初めてという国も多い。
人類同士での大規模な戦いが絶えて久しい現在では騎士は権威の象徴としての意味が増してきた為、仕方のないことではあるのだが……そんな彼等も勇者伝説のように「邪悪な敵」と戦うとあって、どの顔にも緊張よりも興奮が強く見えた。
あるいは、自分と英雄譚の英雄や勇者と重ね合わせているのかもしれない。
とはいえ……アルヴァという「恐ろしい敵」を相手にしようとしているのに彼等に余裕があるのは、この場に四大国のうちの二つ、聖アルトリス王国とキャナル王国の軍が駐留しているからであろう。
キャナル王国軍は獣人の姿が多いようだが、これはキャナル王国に新しく創設された「光冠騎士団」の騎士達である。
キャナル王国の騎士団のうちの光盾騎士団が壊滅状態となり、更に象徴であった「光盾」が行方不明となったことから事実上の解散となり、新たに「セリスクラウン」を象徴として結成された騎士団であるが……セリスが王となった事を聞きつけて集まってきた獣人を中心に構成されているのが特徴であった。
他にはアルヴァが相手ということもあってか魔法使いらしき者……光杖騎士団の姿も多くあり、全体としてのバランスは高くまとまっている一団であった。
そしてもう一国……聖アルトリス王国軍は、何故か陣が真っ二つに分かれていた。
鋼色の鎧を纏ったほうは王国騎士団、聖銀の鎧を纏ったほうは神殿守護騎士団であるようだが……互いに牽制しあうようににらみ合う姿は、とても連携がとれているようには見えない。
恐らくは今回の連合軍で総指揮官となった「勇者トール」もどちらかの陣営に居るはずだが、勇者という旗印だけでは二つの陣営の仲の悪さを解消するには至らなかったようだ。
他に有名な国としては純白の鎧を纏った祈国セレスファの騎士団、闘国エストラトの闘士隊……といったところだろうか。
サイラス帝国とジオル森王国の軍は現在こちらに向かっている為、まだ到着していないし、ザダーク王国の軍もこの場にはいないが……それでも、かなり大規模な軍隊がこの平原に集結している。
数は安心とも言うが、どの顔にもアルヴァがこの場に襲ってきたらどうしようなどという不安は無い。
ちなみに、そうした国々とは離れた場所で冒険者連合のテントも見えるが……この中では影が薄い。
実はその中にも知られざる「勇者カイン」が紛れ込んでいると知れば扱いも変わるのかもしれないが、この場では冒険者連合など単なるにぎやかしや数合わせにしか思っていない国も多い。
また冒険者連合側もそのように振舞っているため、その印象が変わる事はないだろう。
冒険者をとりまとめる冒険者ギルド側としては、「大規模な集団行動が可能な勢力」と思われたところで何一つメリットはない。
故に、あまり目立ちすぎないように強く通告しているほどだ。
特に何かと目立ちやすいカインには冒険者ギルドのギルド長がわざわざキャナル王国の本部からやってきて「頼むから目立ちすぎないでくれ」と真剣な顔で頼んできたほどである。
「……別に好きで目立ってるわけじゃないんだけどなあ」
「なら、厄介事に首を突っ込むのをやめればよかろう」
「好きで突っ込んでるわけでもないんだけど……」
黒ずくめの女……アインに冷たくあしらわれているのは、その「噂のカイン」である。
傍目にはただの若手冒険者にしか見えないカインではあるが、その実冒険者ギルドでも有数の実力者として知られる有名人である。
そのパーティメンバーも凄腕の軽戦士のアイン、大貴族の娘にして槍の名手のセイラ、大商人の娘にして召喚魔法使いのシャロン……と、ハーレムとやっかみ混じりで言われる事も多い実力派メンバーである。
「まあ、そうだよね。カインが厄介事に首突っ込んでる時って、大抵女の子絡みだし」
「うっ。そ、そんなことない……よね?」
セイラに突っ込みを入れられたカインは助けを求めるようにシャロンへ視線を送るが、シャロンは困ったような笑みを浮かべてみせる。
「ん、うーん……。どうかな。でも、確かに女の子絡みのことはちょっと……すごく……とっても多い気はする、かな?」
「うう……そんなつもりじゃないんだけど……」
味方が居ない事を悟ったカインは気まずそうに目を逸らし、しかし突然思いついたように「あっ」と叫ぶ。
「そ、そういえば今回、アイツ来るのかな!? ほら、ネファス!」
「誤魔化した……」
「誤魔化したね」
「誤魔化したな」
勿論、誤魔化せるはずなど無い。
三人の冷たい視線に晒されて、カインは「ほんとにそんなつもりじゃないんだよ……」と小さく呟いた。
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