勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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世界会議の前に12

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「どうも、こんにちはー! 若旦那、ウェッジがきましたよー!」

 カインが扉を開けると、人懐っこい顔をした金髪の若い男が顔を出す。
 少し丸めの顔と身体は然程戦えるようには見えず、如何にもその辺にいそうな一般市民の雰囲気をかもし出している。
 腰に吊り下げた短杖も何処となく不似合いで、子供が英雄ごっこで木剣を吊り下げているかのような滑稽さがある。
 そんな全力で侮られる為に存在するかのようなウェッジではあるが、行商を任される程度の男ではある。
 実際、今もウェッジの視線はカインを飛び越えてアインに注がれている。
 ちなみにツヴァイは……というと、カインが扉を開けるより前に鳥の姿になって窓の外の木にまで飛び出している。

「若旦那はやめてって言ったはずなんだけど」
「おや、まさかもう旦那様の跡を継ぐ決心が? こりゃいけねえや。早速帰って式の準備を」
「それも違うから。普通にカインでいいって言ったじゃない」
「そうでしたかねえ。近頃都合の悪いことは聞こえないようになりまして」

 それって聞こえてるってことじゃないか……というカインのツッコミをスルーしながら、ウェッジは周囲をキョロキョロと見回す。
 
「それにしても……ありゃ? 先程男の方の声もしたような?」
「僕の声じゃないの?」
「はあ、そうですかねえ」

 それ以上は突っ込んではこないウェッジだが、急に面白い事を思いついたと言わんばかりの顔で笑う。

「いやあ。わたしゃてっきり、若旦那得意の伝説を増やしたんだとばかり」
「伝説って何……あ、待って。やっぱ言わなくていい」
「伝説っていやあ、アレですよアレ! アルヴァニア公爵家とネクロス公爵家の婚約話を派手にブッ壊したあげくにネクロス公爵家の暴れ……おっと、槍姫の心をも奪ったっていうアレに決まってますわな!」

 アインに冷めた目で……ついでに窓の外のツヴァイにも呆れた目で見られているのを感じて、カインは慌てて手をバタバタと振る。

「違う違う! アレは色々と……あー、説明できないけど違うんだよ!」
「またまたあ! っと、その槍姫様からの手紙も預かってますぜ」
「へ?」

 ウェッジは急に真顔になると、懐から一通の手紙を出してカインに渡す。
 ネクロス公爵家の封蝋がされたそれを受け取ると、カインはちらりとウェッジに視線を向ける。

「……ウェッジは、これについては?」
「中身までは知りませんがね。確実に届けろと、うちのお嬢様からもきつく言われてますぜ」
「そう、ありがと。あ、本はそっちの山だから」
「あいよっ。ちょいと失礼しますぜ」

 部屋の奥へと進み、まだ梱包途中だった本を手際よく梱包し終えてしまうと、ウェッジはそれを抱えて再び部屋の入り口へと戻っていく。

「そんじゃ、俺はこれで。若旦那、若いのは結構ですが、うちのお嬢様を泣かさんといてくださいよ!」
「だから若旦那は……あー、もう」

 聞く耳もたんとばかりに走り去っていくウェッジへと半端に手を伸ばしたカインは、やがて諦めたように手を引っ込める。

「で、その手紙はなんだ?」

 アインがカインの肩に手を置いて手元を覗き込むと、再び部屋の中に入ってきたツヴァイがその手を引き剥がす。

「……なんだ、ツヴァイ」
「こんなのに触ってはダメだ」
「お前はたまにワケの分からんことを言うな」

 肩をすくめるアインをそのままに、カインは手紙を広げ始める。

「……そっか」

 手紙に書かれていた内容は、カインとアインが出発してからのエディウスでの動きを纏めたものである。
 トールという男については不明であるが、アルトリス大神殿が最近何処かから迎え入れたらしいこと。
 結果的にネクロス公爵家のセイラ、そしてその婚約者候補と戦う事になった件についてネクロス公爵家から正式に抗議がいき、謝罪があったこと。
「アイン」を名乗る人物について「魔族」と判定したのはそういう情報提供があったからであり、過去の経緯から何かを企んでいると判断した上でのもので、神殿騎士団としての当然の行動であるとの回答がきたこと。
 それに対し、ネクロス公爵家とアルヴァニア公爵家からの「現時点で新魔王ヴェルムドールは明確に人類の敵であるとはいえず、悪戯に刺激するべきではない」という内容で再度の抗議を送ったこと。
 概ね、そのような内容が書かれていた。

「……ふむ」

 頷くアインの横で、カインは手紙を広げたまま難しい顔をする。
 これは状況が進展しているように見えて、何も進展していないというのに等しい。
 アインが魔族とバレた経緯についても不明であればトールという人物についても不明、更に言えば今後アルトリス大神殿側がどのような態度に出るかも不明である。
 まさに不明尽くしであり、最悪の想定をするならば今後も襲撃をかけてくる可能性は否定できないということだ。

「やっぱり、アインは何処かに身を隠してたほうがいいんじゃあ……」
「余計な心配をするな。それよりも、この手紙には問題がある」
「え?」

 アインは、カインの持っている手紙の文面をパシパシと指で叩く。

「確か、あの猪娘はネクロス公爵家だったはずだな?」
「え? うん」
「このアルヴァニア公爵家とやらは、どうして口を出してきた。さっきの男の話からすれば、むしろネクロス公爵家と確執がありそうなものだが」

 ちなみにセイラと婚約破棄になったアルヴァニア公爵家の人物というのは、現在ジオル森王国にいるネファス・アルヴァニアである。
 それに関しては色々……本当に色々とあったのだが、それはさておき。

「えーっと……聖アルトリス王国に公爵家は三つあるんだけど、アルヴァニア公爵家とネクロス公爵家は、然程政治的には対立していないんだ」

 セイラとネファスは性格的に合わなかったのか個人的な関係は最悪ではあったが、両家の関係としては基本的にそうなのである。
 特に新たな騒乱など御免だという点では両家は一致しており、そうした点でアルヴァニア公爵家が絡んできたのだろうとカインは推測していた。

「亜人論の問題も神殿の中の過激派が過剰に煽った面もあるし、これを機に抑え込むつもりなんじゃないかなあ?」
「人類社会のことは良く分からんが、そう簡単に抑えこめるものなのか?」

 アインの単純な疑問に、カインはうーんと唸る。

「どうかな。でも、無視はできないと思う。いくら神殿に権威があるっていったって、二つの公爵家から「お前達はそんなに戦争したいのか」と言われて「したいです」と答えて押し通すほど馬鹿じゃない……と思う」

 最後に自信がなくなったのか疑問系になるカインに、ツヴァイが舌打ちしつつも顎に手をあてて考え始める。

「つまり、神殿の連中が暴走する可能性があるというわけだな」
「……それは無い、と思う」
「何?」

 聞き返すツヴァイに、カインは真剣な表情で手紙の文面に視線を走らせる。

「神殿側の言い分は、あくまで過去の事例にのっとったものだ。それに対して、二公爵家は「現時点では危険とは言えない」と回答してる。つまりこれに対して神殿側が明確な反論を出来なければ、その時点で神殿側が今後行動する正当性は無くなるんだ」

 それでも行動してくるとすれば、それは大分薄暗いものとなるだろう。
 それとて暴走に違いは無いが、目に見える大規模な「暴走」という形にはならないはずだ。

「もし現在での「行動する理由」があるなら、最初の時点でもう提示してきてる……と思う。それがないってことは……たぶん、そういうのは存在しないんだ」

 それでも、警戒するに越したことは無い。
 相手の手札が見えない状態で油断することほど愚かなことはないのだから。

「……慎重にいこう」
「そうだな」

 頷きあうカインとアインを余所に、ツヴァイはじっと手紙を読み続けている。

「この婚約者候補というのは」
「……聞かないでくれるかな」

 カインは、ふいっと目を逸らして手紙を折りたたむ。
 婚約騒動の後にネクロス公爵に婿殿と呼ばれるのをなんとか回避したことだけは知られまいと……そんなことを、考えながら。
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