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連載
魔王様のお仕事3
しおりを挟むラクターとサシャによる酒盛りが始まって数刻。
何処からともなくやってきたイチカが換気の為にドアも開けていった以外は特に何事もなく仕事は進む。
不在の間に仕事の一部を任せたアルテジオの方にも帰還の知らせは届いているはずだが、特に仕事の量がそれで増えたともヴェルムドールは感じない。
むしろ、いつもよりも仕事が少ないといっていいだろう。
少しの物足りなさを感じつつヴェルムドールは最後の書類の処理を終え、酒盛りをしていたラクター達の方を見る。
するとソファーからずり落ちて床でいびきをかいているラクターは居たもののサシャの姿がない。
「……ん?」
まさか酒に酔って何処かにふらふらと行ってしまったのだろうかとヴェルムドールは思う。
窓もドアも開いているし、飛べるのだから有り得ない可能性ではない。
ヴェルムドールは立ち上がり、卓上のベルを鳴らすべきかどうか思案する。
「ういー……ふへへ」
だが、サシャの声が部屋の中から……正確には樽の中から聞こえてきて、ヴェルムドールは樽に近づき中を覗き込む。
「あ、王様だー。あははー」
「……何をしてるんだ、お前は」
そこには、樽の中に転がった珠……の中で大の字になっているサシャの姿があった。
顔が真っ赤なところを見ると酔っているのだろうが、ラクターとあれだけ気持ちよく酒を呑めるというのは才能なのかもしれないと思い直す。
基本的にラクターは満足した時が潰れ時だが、樽一つ程度で満足して寝ているのはヴェルムドールも初めて見る光景だ。
「とりあえず、そこから出てこい」
「ふぁーい」
ふよふよと浮上してくるサシャを掴んで持ち上げると、サシャは「うへへ」と奇妙な笑い声をあげる。
「酔っ払いというやつか……まったく、どうしたものか」
相手が珠では、ベッドに寝かせるというわけにもいかない。
ならばやはり水につけるのが正しいのだろう。
タライの中にサシャを放り込むと、ヴェルムドールは小さく溜息をつく。
折角早めに仕事は終わったが、部屋の中には酔っ払いが二人転がっている。
これを放置して何処かに行くというのも、少しばかり薄情だろうか?
「おい、ラクター……起き……」
とりあえずラクターを起こそうとしたヴェルムドールは、その手を途中で止める。
確かラクターは起こそうとすると暴れるといったような報告があった気がしたのだ。
そして此処で暴れられるということは、執務室が極めて甚大な被害を受けるということでもある。
それを分かっていて起こすというのは……少々どうだろうか。
そもそもここで呑んでいていいと放置したのはヴェルムドールなのである。
「……仕方がないな」
ラクターはそのままにすることにして、もう一人のタライの中の酔っ払いへ目を向けると……そこにはぷかぷかと浮かぶ珠の中で気持ちよさそうに大の字になっているサシャの姿がある。
「へへへー……しあわせですー」
「そうか。それはよかったな」
「はいー」
どういう理屈かは知らないが、酔っている以上イクスラースの推論がこのルスぺリオという生き物の真実にはいちばん近いのかもしれない……とヴェルムドールは思う。
「そういえばお前、魔力が足りないんだったな」
「え? ふぁい、そうですねー」
「俺が残りの魔力も補充してやろうか?」
やり方としては、最初に水の魔力を注いだ時と変わらないだろう。
そして勿論、これは単なる好意ではない。
イクスラースにも……あるいはロクナにも見抜かれていただろうが、ヴェルムドールは意図的にサシャに恩を売ろうとしている。
レザリカ大陸の住人に「魔王」あるいは「魔族」に対する知識がないというのは、実に良い話であった。
つまりこれは前提となるものがゼロということであり、漂流者であるサシャを送り返した時の彼女からの印象次第で如何様にでもこちらの印象を変えられるということでもある。
だからサシャにはすぐに帰ってもらっては困るし、出来るだけ「魔族」に好印象を持ってもらわなければならないのだ。
今の提案もその一環なのだが……サシャは「むー」と言いながら難しそうな顔をする。
「それは素敵な提案なんですけどー……私も未婚ですし、あまり男の人のモノで体の中をいっぱいにしちゃうというのもどうかなあって」
「魔力は魔力だろう?」
「そうなんですけどー……ほら、私達って大部分が魔力で出来てるじゃないですかー。他人から魔力を貰うっていうのは「その人を受け入れる」みたいな意味があるんですけど、流石に保護形態を解除するくらいまで魔力を貰っちゃいますと、そのー……えへへ」
笑って誤魔化されてしまったが、恐らくは何か極めて重要な意味になってしまうのであろうことはヴェルムドールにも理解できた。
となると、これ以上ヴェルムドールが魔力を注ぐというのはやめたほうが無難だろう。
「そうか。ならやめておいた方がいいな」
「そうでひゅねー。私も王妃様っていうのには憧れたりもしますけどー」
「……何?」
聞き流すにはあまりにも不穏な台詞に聞き返すが、すでにサシャは寝息を立てて寝てしまっている。
いつの間にか服が暖かそうな寝巻に変わっているあたり、「中のサシャ」が魔力で構成されているという推測は正しいのだろう。
「つまり……ああ、そういうことか。相手の全てを受け入れる。そして相手の全てを自分で染める……か」
注いだ魔力を加減して良かった、とヴェルムドールは小さくつぶやく。
あの時に多めに水の魔力を注いででもいたら、どんな事態になっていたか知れたものではない。
「……少し心配になって見に来たのだけれど。何よ、平和そうね?」
「そう見えるか。俺は帰ってきて早々に仕事以外での疲労を感じているところだが」
開け放たれたままの扉の向こうから顔を出したイクスラースにヴェルムドールはそう答え、深い……とても深い溜息をついた。
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