勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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魔王様のお仕事

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 執務室のドアをヴェルムドールが開けると、待っていたというかのようにサシャがすいと中に入っていく。

「おおー、ここがそうなんですか?」
「ああ。綺麗な水があればいいんだったか?」
「はい!」

 部屋を飛び回るサシャをそのままに、ヴェルムドールは部屋に置かれたベルを鳴らす。
 特に何の変哲も無いベルではあるが、耳のいいメイド達は即座に聞きつけてやってくる。
 大体三人で仕事の取り合いになるのだが……マリンがまだキャナル王国に設置した復興計画本部の補佐もしている為、身体能力で勝るクリムがこうした場合には先にやってくる。
 ならば今回もそうであろうとヴェルムドールは思っていたのだが、ベルを鳴らした直後に扉をコンコンとノックする音が聞こえてくる。
 ドタバタと音がしないということはレモンだろうが、それにしても反応が早い。

「入れ」
「失礼します……」

 ドアを開けて入ってきたのはやはりレモンで、弱々しい笑顔がその顔に浮かんでいる。
 押しの弱そうな彼女では押しの強い連中の揃った魔王城での勤務は大変だろうとヴェルムドールはクリムやマリンにフォローを頼んだこともあるのだが、何を言っているのかというような目で見られたのはよく覚えている。
 まあ、そんなわけでレモンのことはヴェルムドールとしても多少気にかけてはいるのだが……出来るだけ威圧しないようにレモンへとヴェルムドールは話しかける。

「すまんが、一つ頼みたいことがある」
「それは、その。これでしょうか……?」

 レモンの姿が一度扉の向こうへと引っ込み、すぐに水を入れた木のたらいを持って現れる。

「ああ、それだ。よく分かったな?」
「偶然、聞いてましたから……だから、すぐに用意できました」
「そうか。どう説明したものかと思っていたが……助かる」

 ヴェルムドールのねぎらいにレモンは顔をほんのりと赤らめて首を横に振り「当然です」と答えてみせる。
 そんな様子をサシャはじっと見ていたが……レモンが視線をチラリと向けたのを感じ、ふよふよとヴェルムドールの背後へと移動する。

「どうした。お前も何か一言あるだろう?」
「あ、ありがとうございます?」
「いえ、仕事ですから」

 そう答えたレモンはたらいを部屋の隅に運ぶと、満足そうに微笑む。

「ひとまず……ここで、よろしいですか? 出来るだけ邪魔にならない位置を選んで、みました」
「ああ。それでいい。よくやってくれたな」

 ヴェルムドールの言葉にレモンはスカートの裾を持ち上げて一礼し、しかしそこで首を傾げてみせる。

「今、お持ちしたのは「とりあえず」のものですので……後ほど、魔王様のお部屋と、お客様をもてなすのに相応しいものをご用意しようと思います」
「そうか。任せよう」
「はい、ありがとうございます。それでは……」

 レモンが静かに退室していくのを見送ったヴェルムドールは、そのまま椅子に座り執務机に向かう。
 早速書類の処理を始めようか……と最初の書類に手を伸ばすと、その眼前にサシャがぬっと現れる。

「……どうした。タライは不満だったか? 出来れば少しだけ我慢してほしいのだが」
「いえ、そういうことじゃなくて。あの女の人、なんかすっっっごい怖かったんですけどっ! 大丈夫ですよね!? あの水、浸かっても大丈夫な水ですよね!?」
「何を妙な心配を……」
 
 ヴェルムドールの呆れたような言葉にサシャは「妙な心配じゃないですっ!」と叫ぶ。

「見てなかったんですか、あの人の目! 今まで会った人の中で一番怖かったですよ!? 笑ってる分、怖さが三倍増でしたもの!」

 両手の指を三本ずつ立てて「三倍」を強調するサシャを書類の上からどけて、ヴェルムドールは面倒くさそうに立ち上がり部屋の隅のタライへと歩いていく。

「要は、この中に入っている水が心配なわけだな」

 ヴェルムドールはタライを持ち上げると窓まで歩いていき、タライの中身を外へとぶちまける。
 勢いよくタライから放たれた水は下へと落ちていき……「ぎゃおー!」という叫びと「アウロックさーん!?」という二つの声が聞こえてくる。

「……む?」

 窓から覗いてみると濡れ狼となったアウロックが立っていて、その近くにはオロオロしているマーロゥの姿がある。

「なんだお前等、こっちに来ていたのか」
「魔王様!? いきなり何しやがんですか!」
「ん? ああ、すまん。たいして気にしていなくてな。どうせ避けるだろうと思っていた」
「ぐうっ!?」

 それを言われてしまうと、魔族のはしくれとしては何も言いようがない。
 避けずとも物理障壁アタックガードで防いでしまえばいいのだから、どっちもしていないアウロックの鍛錬不足というのはその通りである。
 
「そういえばお前、魔法が苦手だったな。ただのビスティアだった頃はソレでよかったかもしれんが、魔人になった以上はそうはいかんぞ。こっちに来たなら丁度いいから鍛えていけ」
「う、うぐぐ……わ、分かってますよ」
「そうか。お前には期待している。励めよ」

 そう言って窓を再び閉めると、ぽかんと口を開けたサシャがそこにいた。

「……どうした?」
「えーと。なんかその、理不尽な光景を見た気がして。でもそっか、王様ですもんね」
「何を勘違いしてるかは知らんが」

 閉めたはずの窓がガタガタと鳴ると力尽くで開けられて、樽を背負った赤毛の大男が入ってくる。

「お、やっぱり帰ってきてるじゃねえか。そういう予感がしたんだよ」
「俺は王だからと無闇に威張ったことはないし、こいつらも王だからと俺に必要以上の敬意を払うことはないぞ?」
「いい酒が入ったんだ。飲もうぜ、なあ! オルレッドの野郎、ノリ悪ぃんだよ!」

 肩をバシバシと叩いてくる赤毛の大男……ラクターをうんざりとした顔で指差すヴェルムドールに、サシャは「そうみたいですね……」と、呆けたような顔で答えた。
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