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連載
魔王というもの3
しおりを挟む魔王となれる器。
勿論前提は、ヴェルムドールの信頼できる者……ということだろう。
その条件だけでなら、すぐにでも何人かの名前を出せる。
筆頭は、「魔王に一番近い魔族」である魔竜ラクター。
肉体的には間違いなく現魔族で最強である上に、豪放磊落な性格の裏には確かな知性が根付いている。
その上、四方将で唯一と言っていいほど「育てる」事に長けた男でもある。
たとえばアルテジオも「使う」事に関しては長けているが、「育てる」事に関してはラクターの老獪さには敵わない。
間違いなく「魔王」に一番近いモノを持っているのはラクターだろう。
だがその反面、激情に駆られれば一番手がつけられないのもラクターである。
歪神化という未知のリスクを考えた場合に「一番適任」であるかは悩みどころだ。
次に、四方将の一人であるアルテジオ。
実力的には申し分なく、性格的にはラクターとは逆の冷静沈着。
厳しい修練を必要とする魔法剣士であり、蓄えた知性と状況判断力は充分過ぎるほどに指導者足りえる。
しかし、やはり激情に駆られれば手がつけられない。
もう一人は、やはり四方将の一人であるファイネル。
どうにも残念なところばかりが目立つが、実力的には他の四方将にも劣らない。
それどころか隠し持った手札の数では魔族一であるともいえ、日々それは増え続けている。
恐らくはラクター相手であっても引けを取らないだけの実力を持っているファイネルは、文字通りの「戦闘の天才」だ。
ただし、前述したように残念なところが非常に目立つ。
むしろ、致命的といってもいい。
具体的に言えば、政治的なセンスはゼロだ。
勇者であるサンクリードを除外すると、四方将はこうして大体が候補にあがる。
四方将以外でなら……やはり筆頭はイチカということになるだろう。
あらゆる戦闘術を極め、各種の技能も完璧に近い。
更には魔族に共通する「激昂しやすい」という弱点すらない。
ラクターとは別の意味で「魔王に近い」魔族であるとすら言えるだろう。
「……」
ヴェルムドールはイチカを一瞬振り返り、しかしすぐに視線を戻す。
だが、その選択肢だけは無い。
一見イチカは理想的な選択肢ではある。
しかし……それは能力面で見た時の話なのだ。
何故ならばイチカの全ては長い輪廻への疲弊と、それを反転させた想念から出来ている。
いわば現在のイチカの終着点は「フィリアを倒す事」という一点にあり、そこから先はイチカにとっては未知の領域なのだ。
それはイチカが長年望み続けた光景であり……それを魔王という鎖で縛る事など許されはしまい。
無論ヴェルムドールがそれを望めばイチカはそうするだろう。
だが、それがイチカの本当の望みかといえば話は別だ。
イチカの未来をそれで塗り潰せば、ヴェルムドールにはフィリアを非難する資格など無くなるだろう。
そしてそれは、イクスラースであっても同じことだ。
「……ヴェルムドール」
思考の海に沈むヴェルムドールを、裾を引っ張る手が引き戻す。
ヴェルムドールよりも大分身長の低いその手の主を振り返り、ヴェルムドールは目を見開く。
「私を選びなさい、ヴェルムドール。今の私なら、貴方の役に立てる……いいえ、私しか貴方の望む「器」は居ない」
そこにいたのは、イクスラース。
まさか自分から名乗り出てくるとは思わなかったが……それ以前に、イクスラースの言った言葉が引っかかった。
「自分しか居ない、だと?」
「ええ。貴方だって知っているでしょう? 私は単なる捨て駒。でも、そうなる前はフィリアの用意した唯一の「魔王」であったと」
「……だが、それは」
「同じフィリアの創ったアルヴァクイーンに出来ている。ならば私に出来ない道理は無い」
それはそうかもしれない。
恐らくはフィリアはアルヴァクイーンを創る際に、イクスラースから力を大分削ったはずだ。
つまり、アルヴァクイーンの力の一部は元々イクスラースの力であったとも言える。
そして……アルヴァクイーンの力を移し変える際に、恐らく一番相性がいいのもイクスラースだろう。
性格的にも、イクスラースは「王」として充分なものは備えている。
「……だが、お前もまた運命から解放されるべき身だ。これ以上の重圧をお前に抱えさせることは出来ん」
そう、イクスラースの終着点もまたフィリアを倒すことにあるはずだ。
それを為せば、彼女もまた自分の目的を見つけるべき時に移行しなければならない。
そんなヴェルムドールの思考を、イクスラースの蹴りが遮る。
「う、お……っ!?」
「しっかりこっちを向いて私を見なさい、ヴェルムドール!」
あまりに突然すぎてイチカすら止めきれない程に唐突で、容赦の無い蹴り。
普段の立ち居振る舞いからすれば優雅さの欠片もないチンピラキックに、思わずヴェルムドールはよろめきかける。
ダグラスすらも唖然とするその光景の中で、イクスラースはヴェルムドールを無理矢理回転させるように自分へと向き直らせる。
「この頭でっかちの仕事狂いっ! 運命なんか見てないで私を見なさい! そして答えるのよ……今の私が、何かから解放されたがっているように見えるのかしら!?」
「いや、だが。お前は」
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そう、だからこそイクスラースは思う。
「これが枷だというのなら……私は解放されることなど望まないわ」
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