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夜空には、こんなにも3
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同じような言葉は両親からも言われた事があるし、言った事がある。
しかし、ソレとは違う「熱」を持った言葉であることはリアにも分かる。
そして……その意味が分からないほどにリアは子供ではない。
だからこそ、どう答えるべきか迷って……そのリアが何かを言う前に、アルの言葉が投げかけられる。
「今すぐに答えなくてもいい。リアの人生の話だ」
「人生……」
「ああ、人生だ。王都に俺と来る事で、リアが今まで選べたものとは違う選択肢を俺は提示しようとしている」
そう言って、アルは足を止め……腕の中のリアを見下ろす。
聖アルトリス王国の王子であるアルがリアを連れて行けば、王都では様々な反応があるだろう。
将来の伴侶にしたいと考えているなどと言えば、大混乱も必至だ。
何しろ地方貴族どころか庶民の……開拓村の村娘なのだ。
反対の声が雨嵐のようにあるどころか、リアに対する誹謗中傷も凄まじい事になるだろう。
無論そんなものは、はね付けてリアを守るつもりだが……そうした現実を知る事で、リアがどう変わってしまうか分からない。
強くなるか、それとも折れてしまうのか。
どうなったとしてもアルはリアを守ることに変わりは無い。
だが、リアはアルを選ばないかもしれない。
そうなったとしても、それを咎める気は無い。
リアの望む道を行けるように助けるつもりだが……それでも、「開拓村に居た頃と同じように」というだけにはいかない。
アルと関わる事で、リアの人生は一変してしまうのだから。
だが、それでも。
それでも、アルはリアを欲しいと思ってしまったのだ。
「言った以上、必ず責任はとる。これは俺の……聖アルトリス王国第一王子、アルフォードとしての宣言だ。だから……考えて欲しい」
そう言って、アルは再び歩き出す。
その腕に抱えられたまま、リアはアルの顔を……そして、その遥か上の天を見る。
すっかり日も沈み、星の輝く空。
何処まで広がっているのか想像もつかない夜空に浮かぶ月を眺めながら、リアは思う。
「……ねえ、アルさん」
「ん?」
「私は」
幸せです、と。
そう口にしようとしたその瞬間に、リアの頭の中に赤い光景が浮かぶ。
自分と父を裏切った、放浪者。
口の中から溢れる血の塊と、夜空に浮かぶ月。
月。
窓から見える月。
どうして、と呟く声。
頼りになる先輩だと思っていた魔法使い。
自分の研究の成功を祝う祝杯。
仕込まれた毒とによって混ざる酒の赤と、血の赤。
自分を罵り呪う声を聞きながら見上げる、窓に切り取られた夜空と……月。
月。
森の木々の隙間から見える月。
ぼろぼろの体と、折れた愛剣。
辺りに散らばるのは仲間と……今まで見たことも無い巨漢の「人ではない」生物の姿。
此処には死しかなく、少女もまたその長い腕からは逃れ得ない。
見上げる月は赤く、歪んで見えて。
月。
致命傷を負った自分に縋る、シルフィドの少女の泣き顔。
死なないでと叫ぶ少女の頭を撫でてやる事すら出来なくて。
月。
何度も何度も見上げた月。
変わらぬ月。
忘れてはならない、と心の奥底で「自分」が叫ぶ。
積み重なった屍の「自分」達が、闇の底から目を向ける。
頭の中のもやを吹き飛ばして、思い出せと叫ぶ。
この無念をなかった事にしてはならぬと。
積み重ねた想いを消してはならぬと。
リアを責め立て絡みつく「自分」達の怨嗟の声を……リアは、静かに撥ね退ける。
今は、今だけは黙っていて欲しいと。
飲み込まれそうになる自分を「此処」に留めて、リアはアルを見上げる。
「リア?」
リアの言葉が中断されたのを不思議に思っていたのだろう。
心配そうな顔をするアルの頬に、リアは手を伸ばす。
「アルさん、ありがとう。私……とても、とても嬉しいです」
そう、きっとこのまま一緒にいたら、リアはアルの事を好きになっていたかもしれない。
王都で一緒に色んなものを見て、色んな体験をして。
時にすれ違うこともあるだろうけれども、それでも心を通わせる事が出来ただろう。
「叶うなら……一緒に行きたかった」
「叶うさ。俺が叶える」
そのアルの言葉に、リアは悲しそうに笑う。
そう出来たら。
あの時そういう未来があったら、きっと幸せだっただろう。
あるいは、このまま何も気付かないでいられたら……そうなるのかもしれない。
でも、それは出来ない。
「ありがとう、アルさん」
リアは降ろして……とアルに頼んで、その腕の中から降りる。
まだ心配そうなアルに笑いかけると、リアは夜空を指差す。
そこにあるのは、月。
大きくて……とても綺麗な、月。
「ほら、アルさん。お月様が……」
「え? ああ。今日は特に綺麗に見える気がするな」
まだ、「終わり」は来ない。
なら、どうすれば「終わる」のか。
リアの手は、腰のベルトへ伸ばして……しかし、そこで唐突に「終わりの予感」に気付く。
だからこそ、伸ばした手は腰のベルトからアルの手へとその目標を変え……すると、その手を強く握られる。
「アルさん、ありがとう」
「なんだよ急に。俺は当然の事しかしちゃいないさ」
「……それでも。私はずっと、貴方にお礼を言いたかったんです」
たとえ、これが単なる幻に過ぎないとしても。
たとえ、此処にいるアルが本物のアルでないとしても。
だから、これが何より空虚なことであるとしても。
「ありがとうございます、アルさん。私は貴方とは一緒に行けなかったけれど……私はきっと……貴方のことが、好きでした」
夜空には、こんなにも大きな月。
素直に綺麗だと思えた、最後の月。
「……だから、さようなら」
そうして、全てが闇に閉ざされる。
……これは「有り得たかもしれない未来」の試練。
与えられる「もしも」を甘受しようと否定しようと突破したと看做される、最も優しく最も残酷な闇の試練。
もしも、もしもの話だ。
「リア」があのまま何も気付かぬままに「もしも」の人生を甘受したとしても、いつか終わりは来る。
実時間に換算すれば一刻にも満たぬ中で、空虚ながらも「救い」を得たかもしれない。
だが、「リア」はそれを良しとしなかった。
だから、この試練はこれで終わり。
ただ……それだけの話である。
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