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今こそ、今だからこそ16
しおりを挟むイクスラースは、大きく破壊された次元城から戦いを眺めていた。
置いていかれた理由は、分かっている。
というよりも、理解せざるを得ない。
あの天地を揺るがすような魔法を相手取るにあたっては、イクスラース自身の魔力の少なさが致命的になる。
勿論、人類どころか普通の魔族と比べてもイクスラースの魔力は多いほうだ。
それでも、どちらかといえば魔法頼りなイクスラースの場合、それでどうにかできない場合の手段が非常に少ない。
だから、此処に置いていかれたのは極めて自然で……当然ともいえる結果だ。
そう、当然なのだ。
「……」
ギリッと、イクスラースは奥歯を噛み締める。
だからといって、納得できるはずなどない。
納得など、していいはずがない。
だが、今のイクスラースには力が無い。
力さえあれば。
そうすれば、あそこに飛び込んでいけるのに。
「何考えてるか分かんないけど、ニノはお前を守れって言われてる。だから、行くのはおすすめしない」
「……分かってるわ。今の私じゃ力が足りない」
背後で立っているニノに、イクスラースは頷く。
そう、圧倒的に力が足りない。
それに比べて、あのシュクロウスは奇妙だ。
先程海に叩き込まれてから、急に魔力が上がっている。
アルヴァを新しく取り込んだ程度では、あの魔力の上昇はありえない。
……となると間違いなく、海に「何か魔力の上がるようなもの」があったのだ。
それを取り込んだ結果が、今のシュクロウスであるに違いない。
そして、そこまで考えて……イクスラースは、自分の手元にあるモノに気付く。
新しい短杖……霊杖エレスティオ。
エレメント達に託された……エレメント達が残した「力」を凝縮した魔法石のついた杖。
その杖が……いや、魔法石が薄く発光していたのだ。
勿論、イクスラースは魔力を込めては居ない。
しかし、これは元々エレメント達が残した「力」そのものだ。
それは、つまり。
「そうしろと、いうの?」
カツン、と。
短杖から小さな音を立てて魔法石が落ちる。
輝き続ける魔法石は転がる事もせず、落ちたその場所で発光を続ける。
それをイクスラースは震える手で拾い上げ……その内部を見透かそうとするかのように、じっと見つめる。
あの時、エレメント達は言った。
力だけは、貴方のお側に。
それは、残した魔法石を使えという意味だと思っていた。
だが、まさか。文字通り、イクスラースの魔力となるということだったとでもいうのか。
そうだとすれば、まさに文字通り「ずっと側」にあり続けるだろう。
すべての生命にとって魔力とは、体内を流れるもう一つの血の様なもの。
そしてエレメントにとっては、肉体そのものでもあった。
だが今のイクスラースは、エレメントではない。
普通の肉の身体を持つ魔族であるが故に、その力を取り込むことなど普通は出来ない。
だが、イクスラースに出来ないわけではない。
しかしそれをするということは……下手をすると、今の自分とは遠く異なる化け物に身を落とすことにもなってしまう。
すなわち、ソウルイーター化。
自分の身を全て魔力体に変換する事で、魔力を喰らい力に変える生命体となること。
それは、とても危険な行為だ。
レルスアレナの場合は肉体を手に入れるための行為としてソウルイーターになったし、元々エレメントという魔力体であった。
しかし肉の体を持つイクスラースがそれをしてしまえば、どうなるか分からない。
下手をすると、ヴェルムドールの敵がもう一人増えて終わり……という結果になるかもしれない。
だが、それでも。これしか……可能性が無いのならば。
「覚悟を……決めるしかないか」
ごくりと喉を鳴らし、振り返らないままにイクスラースは背後のニノへ問う。
「ねえ、もし私が」
自分を見失った化け物と化したら、殺してくれないかと。
そう言おうとしたその瞬間、イクスラースの手の中の魔法石が激しく輝き始める。
「えっ……!」
いや、輝いているのではない。
魔法石が、魔力となって広がっているのだ。
そしてその光は……魔力は、その全てがイクスラースの体へと流れ込んでいく。
それはイクスラースの中を熱く満たし、隅々へと行き渡っていく。
久しく感じていなかった万能感。
力不足を痛感するだけだった身体に、確かな力が満たされていくのが理解できる。
そして、これは。
「……そう、そういうことなのね。こういう意味だったの」
全ての輝きが自分の身体に注ぎ込まれた後、イクスラースはそう呟く。
エレメント達の残した力。
その意味が、今のイクスラースにはしっかりと理解できていた。
「ねえ」
背後から、苛立った様子のニノの声が響く。
「もし私が、何?」
そういえば言いかけたままだったと心の中で苦笑しながら、イクスラースはニノへと振り返る。
「もし、私が……あそこに行って戦いたいと言ったら、貴女は協力してくれるのかしら?」
「ニノはお前を守れって言われてる」
だから、とニノは言う。
「お前が魔王様の戦いを手伝いたいなら、ニノはお前が死なないようにサポートする義務がある」
「そう、ありがと」
「お礼なんかいらないよ」
ニノの目が、緑色に輝く。
辺りを緑色に染めるほど強く……そして鮮烈に。
「ニノもあのデカブツ、本気でブッ殺したいと思ってたし」
そして、この瞬間……海岸に、新たな森が生まれた。
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