473 / 681
連載
今こそ、今だからこそ
しおりを挟むザダーク王国の首都アークヴェルム。
日々発展していくその都市の一角にあるモーフィート杖店。
そこに、一人の紫色の少女……イクスラースが訪れていた。
「……うん、中々いいわね」
イクスラースの手の中で、真新しい短杖がキラリと光る。
基本の材質は魔力との親和性が非常に高く、また美しさも備えた聖銀。
先端には複雑な装飾が施され、小さめの透明な魔法石がはめ込まれている。
短杖としては美しいバランスを持ってはいるが、正直魔法威力の増加は期待できなさそうな……そんな杖。
しかし、実際に手に持ってみればそれが杞憂であることは魔法石から伝わる力で充分すぎる程に理解できる。
「いやあ、この度はいい仕事をさせて頂きました」
イクスラースの前で満足気な笑みを浮かべるのは、このモーフィート杖店の店主、ノルムのモーフィート。
黒い髭をもっさりと生やしたモーフィートの店で短杖を買ったのは、つい最近の事だ。
アルムの紹介で来た店だが、前回この店で買った短杖は中々のものであった。
しばらくは買い換えないだろうと思っていたのだが……そうもいかない事情も出来てしまった。
とはいえ、今回は「既製品」ではなく材料の一部持込みによるオーダーメイドだ。
そうなると一見の店では中々頼みにくいが、常連となる程通いつめている杖店や杖職人がいるわけでもない。
ヴェルムドールに事情を話せば手配してくれるだろうが、それはそれで挙がる手が多すぎてとんでもない事になるだろう。
下手をすれば「杖職人決定大会」が催されてもおかしくないが、そこまで時間が有り余っているわけでもない。
加工の時間を考えれば、出来れば次元の狭間への襲撃までに仕上げてくれる職人が望ましかったのだ。
……となると、もう「モーフィート杖店」くらいしか選択肢は無い。
というわけで今回の短杖製作を依頼したのだが……その杖に使われているのは、あのエレメント達から受け継いだ魔法石である。
完全にイクスラースの趣味を反映して作られた短杖にイクスラースは満足そうに頷くと、大金貨を入れた袋をポンと放る。
金に糸目をつけないフルオーダーメイドだが、実に満足するものが出来た。
しかも突然の依頼にも関わらず丁寧で速い仕事だ。
どうやら、わざわざアルムが薦めてきたのも伊達ではないようだ。
ちょっとくらいはあのド変態を見直してもいいかもしれない。
そう考えながらイクスラースは短杖を眺めていたが、モーフィートが笑顔を浮かべながら自分を見ていた事に気付いて笑顔を引っ込める。
「……なによ?」
「いえ、その短杖なのですが」
「追加料金? いいわよ。この出来なら何の文句もないわ」
「いえいえ!」
財布に手を伸ばそうとするイクスラースを慌ててモーフィートは押し留めると、イクスラースの手の中の短杖を指差す。
「その短杖のことなのですが……実は、固有名があるのです」
「でしょうね」
イクスラースは、驚きもせずに頷く。
何しろ使っている物が物なのだ。
大量生産品とは違う名品であるのが普通だろうし、固有名を持つ銘品クラスになったとしても、何の驚きも無い。
「……で、その名前は?」
「ええ。霊杖エレスティオ……だとか」
「ふーん……?」
想像したのとは少しばかり違う名前であったが、特に気に入らないというわけではない。
むしろ、美しい名前の部類に入るのだろう。
霊杖エレスティオ。その名前を口の中で再度呟き、「うん」とイクスラースは頷く。
「そ、分かったわ。ありがと」
「ええ、またのご利用を」
霊杖エレスティオを腰の後ろに差すと、イクスラースはモーフィート杖店に背を向ける。
今日はこれを受け取る為だけに街に出てきたのだが……予想よりも早く用事が終わってしまった。
城では今はアルヴァとの戦いに向けた調整の真っ最中だ。
何処に行っても仕事で一杯であり、あのオルエルでさえも逃げる事叶わず捕まっている。
そんな城に帰っても折角の休みの日が仕事漬けになるだけなので、何も嬉しくは無い。
そんなものを淡々と毎日の日課のように出来るのは、ヴェルムドールとイチカくらいのものだろう。
そんな事をしているくらいならば、魔法の研究でもしていたほうが余程ヴェルムドールの為になる。
ヴェルムドールだって、そういう「自分にしか出来ない事」をしていた方が嬉しいだろう。
……そこまで考えて、イクスラースは首をふるふると横に振る。
別にそういう意味ではない。
ヴェルムドールの為というのは仲間的な意味であって、あの怖い女共のような感情とは違う。
そんな風に自分に言い聞かせていると、思考も自然と落ち着いてくる。
「……とはいえ、どうしようかしら」
すでに最大の目的である短杖は手に入れた。
次元の狭間に向かう軍と残る軍の選抜は実施中だし、闇の鍵も光の鍵もある。
イクスラース個人で出来る事など何も無さそうなものだ。
魔法の研究にしたところで、これから始まる事に役立つ魔法といえば何があるだろうか?
「……」
しばらく黙って考えた後、イクスラースは転移魔法を起動した。
2
お気に入りに追加
1,741
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26


実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】

転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。