勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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たとえ、この身は滅ぶとも3

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 そうして、ヴェルムドール達が出発しようとしていたその頃。
 跳んだラクターは、地を蹴った時とは比べ物にならないほど軽い音を立てて何処かの建物の屋根へと降り立った。
 少し先に見えるのは、遠くから見れば「城」に見えた建築物。
 しかし、こうして近くから見るとなるほど、確かに「城」である。
 人類の英雄譚に出てくる「姫の住む城」のような、そんな形。
 くすんだ外壁はかつて白かったであろうことを伺わせ、あちこちにある窓は防犯や防御のことなど一切考えていない配置だ。
 門のようなものはなく、正面には大きな扉。
 争いで滅びた王城ともなれば打ち壊されていてもおかしくなさそうなものだが、硬く……しかし、しっかりと閉ざされている。

「ほぉ……」

 しかもラクターの見る限り、扉は然程古くは無い。
 どうやら何処かの誰かが修繕か新しいのをつけたのは間違い無さそうだ。
 そして、そんなことをするであろう者となれば……相当に限られてくる。
 
「少なくとも、この城にゃ来たってことみてえだな」

 ラクターはそう呟くと、地面に降りようとして……そこで、自分の周りの風が変化した事に気付く。

「……あぁ?」

 風が集う。
 濃い魔力を宿らせ、本来ならば有りえぬ形に纏まろうとしている。
 風が集う。
 ラクターを取り巻くように、複数の気配が顕現する。
 風が集い、風が色づき、顔のようなものが現れる。
 ウインドエレメント。
 空を舞う、風そのもののエレメント。
 およそ七体にも及ぶそれらが、ラクターの周りを駆け巡る。
 当然ながら、アースエレメントと違い普通の物理攻撃はウインドエレメントには通用しない。
 それでいて風の如き速さと変幻自在、空を舞う自由な戦闘法。
 エレメントの中でも特に厄介と言われるそれらは。

「邪魔だっつーの」

 ラクターの拳の一撃で、目の前の一体が消し飛んだ。
 
「ヴアッ……!?」

 ラクターを侮りがたしと判断した残りのウインドエレメントは急上昇し、拳など届かない位置へと飛んでいく。
 だがラクターはそちらを全く気にせず、地面へと飛び降りていく。
 先程消し飛ばした一体も目の前にいて邪魔だったから殴ったのであって、それで消し飛んだのは相手の勝手……程度の認識しかラクターには無い。
 
 ……そして繰り返しになるが、ウインドエレメントには通常の物理攻撃は通用しない。
 魔力体であるウインドエレメントに通用するのは魔力攻撃だけであり、各種魔法や魔法剣などがそれである。
 つまり、ただの拳などウインドエレメントに通用しない。
 たとえラクターがどれ程の怪力を誇ろうと、それだけは変えられない。
 ならば、今のは何なのか。
 それはラクター自身が自覚しないラクターの能力によるものだ。
 ラクターは、魔竜ベイルドラゴンと呼ばれるドラゴンの魔人だ。
 元々ドラゴンという生き物は魔族の一種であり、巨大で強靭な体躯と、それに見合った強大な魔力を秘めている。
 特に特徴的なのがその身体を覆う鱗であり、あらゆる攻撃に対する高い耐性を誇っている。
 武器や防具の材料としては魔力との親和性が高く、最高級と重宝されるドラゴンの鱗であるが……長く生きたドラゴンの鱗は、ドラゴン自身の魔力を微弱ながら帯びることがある。
 こうなると魔法や魔法剣への耐性も更に高くなり、人類にとっては恐るべき強敵となるのだが……。
 ちなみに、魔竜ベイルドラゴンと呼ばれるドラゴンは過去現在を見渡してもラクターしか存在せず、現存するあらゆるドラゴンの中でラクターが一番旧いドラゴンであるということが出来る。
 故に当然、ラクターの全身を覆う鱗もラクター自身の魔力を帯びている。
 そして、その「全身に魔力を帯びている」特性は魔人化して消えるようなものではない。
 つまり、魔人化している今のラクターは全身に魔力を帯びた状態であり、繰り出す攻撃もまた「魔力を帯びた攻撃」なのだ。
 とはいえ、エレメントは多少魔力を帯びた程度でどうにか出来る相手ではない。
 ラクター自身の力と、積み重ねた年月のみが為しうる特性であり……ラクターを最強足らしめる要素の一つである。
 そして、先程の鱗の話に戻るが……竜の鱗は最高級の防具であり、魔力を通せば更に強固になる。
 故に、上空から降り注ぐ風の刃の全ては魔法障壁マジックガードすら張っていない……防御体勢すらとっていないラクターに全て弾かれる。
 ラクターにしてみれば、「痛い」どころか「かゆい」とすら感じてはいないだろう。
 だが、それでもラクターはゆっくりと上空のウインドエレメント達を見上げる。

「……確か、建物は壊すなって言ってたよな」

 このまま放っておいても、ラクターにはどうということはない。
 だが、建物は当然傷つくだろう。
 それを許容したとなれば、心証はあまり宜しいものではないのではないだろうか。

「うし、軽く駆除しとくか」

 そう呟くと、ラクターは空を舞うウインドエレメント達を見上げる。
 放たれる風の刃も竜巻も、ラクターにとってはそよ風のようなものだ。
 とはいえ、跳ぶのは少々無理があるだろう。
 無理矢理跳んで殴ってもいいのだが、それをやって周囲の建物が余波で崩れないという保証は無い。
 ならば飛ぶか魔法を使うしかないが、この場でドラゴンの姿になるのは少々誤魔化しが難しいだろう。
 魔法は使えるが、あまりレパートリーは多くないし手加減も苦手だ。
 さて、どうするか。
 考えた末に、ラクターは後ろ頭をボリボリと掻く。
 深く息を吸い……吐く。
 体内の魔力を一定の領域まで高め、そこで維持する。
 それは、かつてサンクリードと初めて会った時の動作と似て非なるもの。
 魔人としての形を半端に放棄し、ドラゴンとしての形を半端に作り出す。

竜人化ドラグレッド

 現れたのは、漆黒の鱗鎧スケイルメイルと竜頭の兜を纏ったかのような、竜翼を背負う男の姿。
 だが当然その竜頭は兜などではない。
 空のウインドエレメント達を見上げていた竜頭の口はゆっくりと開き、ずらりと並んだ牙が剥き出しになる。

 ……そして天空へと漆黒のドラゴンブレスベイルブレスが放たれた後の空からは、ウインドエレメント達は完全に消滅していた。
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