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祈国セレスファ3
しおりを挟むルーティの予想通り、アレグレタに到着したのは空が赤らみ始めた夕方のことであった。
街道のすぐ側にある宿屋の近くにアースワームを止めると、宿の主人らしき男が慌てたように出てくるのが見える。
「……そういえば、ないね」
「何がだ?」
「壁」
ニノの言葉通り、ここまで通ってきた中小国の街々には「壁」がない。
様々な被害を弾く為の壁だが、このアレグレタにもそれらしきものはない。
森に囲まれたジオル森王国にもそれがあるのが普通だった為、ニノが不思議がるのも無理は無い。
ヴェルムドールとて、それが人類の街造りの常識であると考えていたくらいだ。
「壁は発展を阻害しますからね。その度に壊すのもナンセンスですし、何重になっても気にせず人員を配置できるのは大国くらいのものです」
「……ああ、なるほどな」
つまりは、「壁」は街の発展の限界値となってしまうということだ。
言われてみればその通りではある。
「だが、それでは害獣の被害は防げないだろう?」
「だから自警団の活躍や冒険者による護衛の仕事があるんですよ」
そう言うと、ルーティは宿の主人と交渉するべくアースワームの縄梯子を下ろして降りていく。
「どういうこと?」
ニノがヴェルムドールに疑問を投げかけ、ヴェルムドールが「そうだな……」と呟く。
「つまり、街の人間の自主的な行動に街の安全をある程度任せているという事だ」
勿論巡回などはしているだろうが、それでは手が足りないという事を予め見越して周知しているのだろう。
ひょっとすると、多少の補助金も出しているかもしれない。
そしてそうやった場合、自分達の安全がかかっている分下手に質の悪い騎士を増やすよりは良い仕事が期待できたりもするのだ。
「……上手くできているものだ」
頷くヴェルムドールに、ニノは首を傾げる。
「んー……よく分かんないけど、それでどうにかなってるんだよね?」
「そうだろうな」
「なら、壁のある街はなんで壁を造るの?」
「長期的な目で見れば色んな点で有利だからだな。壁の中で収まらないほどの発展を見込んでいないということでもある」
「ふーん」
やはり首を傾げているニノだが、「そういうものらしい」とニノなりの理解をして頷き始める。
そうしていると、ルーティが縄梯子を再び登ってきて顔を出す。
「交渉が纏まりました。後から増えるかもしれないということで、とりあえず一番上の三階を全部借り切ることにしましたが、それでいいですね?」
「ああ、後で払った分を渡そう。こっちのほうが人数は多いのだしな」
「そうですか。有り難く頂きましょう」
そう言うと、ルーティはアースワームを宿の近くに横付けするべく動かし、止める。
「さて、荷物を下ろすか……おい、ファイネル……は起きてるか」
「はい、何の問題もありません」
キリッとした顔で答えるファイネルは、よく寝たせいかスッキリしているようでもある。
「そうか。なら荷物を頼む」
「お任せください!」
ファイネルは言うが早いか荷物を抱え、箱の出口に足をかけ……そこで、ヴェルムドールに腕を掴まれる。
「……跳ぶなよ?」
「……勿論です」
幾つかの荷物を下ろし背負うとファイネルはゆっくりと縄梯子を下り始め……やがて下に到着すると、やり遂げた顔で荷物を下ろす。
「あの、ファイネル」
「どうした、ルーティ」
ルーティは少しだけ戸惑ったような顔でファイネルと荷物を見比べ、どう説明するか迷った後にストレートに伝える事を決断する。
「……えっと、ですね。アースワームからの荷物の積み下ろしは普通、縄を使って上げ下ろしするんです」
「……そうなのか?」
「ええ。ヴェル……シオン殿にそう説明されませんでした?」
ファイネルが驚愕の顔で上を見上げると、ヴェルムドールが、縄梯子で下りてくる。
その後を追うように縄にくくられた荷物が下ろされ始め、ファイネルは愕然とした顔になる。
「まお」
「シオンだ。どうした、ファイネル」
「な、何故こんなものがあると教えてくださらないのですか」
「ん? ああ」
ヴェルムドールは聞かれて、しれっとした顔で答える。
「折角のやる気に水をさすのもどうかと思ってな?」
「そ、そう……ですか」
飛び出そうとしたのを止めて貰った手前文句も言えず、ファイネルは地面に座り込んで分かりやすく落ち込み始める。
「まあ、そう落ち込むな。お前のやる気と元気には助けられているぞ?」
「……そうですか?」
「ああ。これがサンクリードやアルテジオだったら面白みがないからな。旅をするならお前のような奴は貴重だ」
「そ、そうですか! そうですよね、奴等より私の方がお役に立てていますよね!」
「ああ。だから声量は抑えような」
「お任せください!」
今までを軽く超える声量でファイネルの雄叫びに近い声が響き、ヴェルムドールが耳を抑える。
「……ファイネル、うるさいですよ」
「む、すまん」
どうやら「ああ」までしか聞いてなかったな、とヴェルムドールが考えていると、ニノがアースワームから飛び降りてくる。
「む、ニノ。いかんぞ。跳ぶなとまお……シオン様は仰っただろう」
「ニノは平気。何故ならニノは何をやっても大体許容される系の美少女だから」
「どういう理屈だ……」
「理屈じゃなくて真理。具体的に言うと、ニノは「身軽そうだからそういうこともあるか」で許される」
「そう、か……?」
ファイネルが言いくるめられそうになっている間にも、ルモンとアルムによって手際良く荷物が下ろされていく。
それだけでもあの二人を同行させたのは正解だな……と。
ヴェルムドールはそんな事を考えながら、作業を見守っていた。
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