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闘国エストラト2
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予約投稿をミスるという、久々の凡ミス。
お待たせいたしました。
********************************************
……そして、夜。
キルコネンの街は、驚くほどの静けさに包まれていた。
これは初めて闘国エストラトに来る者は驚く事なのだが、この国は非常に健康的な国である。
夜に酒を飲んで騒ぐ者も居ないわけではないが、非常に少ない。
何故なら、闘国が闘国たる姿を見せるのは昼間だからだ。
選りすぐりの闘士達がぶつかり合い、それを肴に酒を飲む。
これ以上の娯楽が闘国にあるわけはなく、誰もが自然と「明日の闘い」の為に早く眠る。
そうなれば自然と闘国における各種の仕事もそれに合わせるようになり、闘国エストラトにおける夜とは正しく「眠りの夜」なのだ。
……当然の事だが、キルコネンにある青闘場アジバ・バウも今は警備の兵士しかおらず、静かなものである。
「……静かですね」
錬鉄の槍亭の屋根に上ってぼーっとしていたルモンは、そう呟く。
ザダーク王国では、昼も夜も大抵「何か」をやっている者達が動き回っている。
特にアークヴェルムでは昼も夜も軽快に騒ぐ声が絶えず、どこにいても退屈することなどない。
それに比べると、この街は静か過ぎるが……まあ、これがあるべき姿なのだろうか?
手の中にある黒剣ヴェルガンを軽く磨いていたルモンは満足気にその輝きを確かめると、鞘に収め……そのまま、背後に立つ気配へと声をかける。
「……意地の悪い人ですね。いつから其処にいたんですか?」
「お前が屋根に登り始めたあたりからだ」
「最初からじゃないですか。全く気付きませんでしたよ?」
本当にとんでもない人だ、とルモンは苦笑する。
東方将ファイネル。
現魔王ヴェルムドールの部下の一人にして、東方軍を預かる将軍。
中央軍を含めた五軍の中で一番ほのぼのとした軍であり、その将であるファイネルも残念将軍との仇名がすっかり有名になってしまっているが……別に、それは彼女の実力を示すモノではない。
単純に個人の戦闘力でいえばファイネルは四方将の一角として何ら遜色のないものであり、それはルモンが今の今まで気付かなかったことからでも充分に理解できる。
「気付かせたんだ。お前に用があったからな」
「ハハ、そうですか。いやいや、まいりました」
ルモンとて、油断していたわけではない。
あらゆる感覚を総動員して「万が一」に備えていたという自信はあるのだ。
しかし、結果はこうだ。
少しばかり悔しいものを感じながらも、それを気付かせないようにルモンは笑う。
「で、どうしたんですかファイネル様。闘技場なら見ての通り、やってないみたいですよ?」
「お前の話だ」
ルモンは、振り返らない。
鞘に収めた黒剣ヴェルガンを軽くカチャリと鳴らし、膝の上に置く。
出来るだけ緊張した空気を作らないように、ルモンは軽い調子で返す。
「僕ですか? 明日に備えておけっていう話なら」
「あの時の話だ」
ルモンの台詞を遮るようにして放たれた言葉に、ルモンは黙り込む。
あの時。
ファイネルのその言葉が示す時は、一つしかない。
少なくとも、ルモンとファイネルが共有するものの中では、一つしか。
「あの時……ですか?」
「……あの時、お前は本当に……」
ファイネルがその先を言いかけた、その時。
ルモンとファイネルは、同時に「ある方向」へと目を向ける。
そこにあったのは、小さな光。
街の中心部から少しずつ近づいてくるそれは、ランタンの明かりだろうか。
特に集団というわけではなく、二人か三人程度のようだ。
「あれは……」
中心部から来るということは、幾つかの可能性がある。
一つ目は、この時間まで中心部にいた宿泊者である可能性。
二つ目は、こんな時間に街を出ようとする旅人である可能性。
三つ目は……これは少々面倒なパターンになる。
「さて……どうしますかね」
どのパターンであるにせよ、下手に刺激するのはいい手段であるとは言えない。
ルモンは考え、とりあえず宿の入り口で待ち構えようと屋根から下りる準備を始め……そこで、ファイネルへと笑顔で振り向く。
「あ、それでファイネル様。あの時とは、いつのことでしょう?」
そう返すと、ファイネルは言葉を選ぶように沈黙し……やがて、口を開く。
「私は、お前を信じていいんだな?」
「僕は貴女の部下です、ファイネル様」
そう言って屋根から音も無く飛び降りるルモンを見送って、ファイネルは小さく「そうか」と呟く。
あの時。
黒騎士クロードに、東方軍の小さな砦の一つが壊滅させられた時。
その砦の中に残っていた中での、唯一の生き残り……ルモン。
ファイネルは、その時それを疑わなかった。
だが、「死んだはずの者が蘇る」事が明確となった今……本当にそうなのか、という小さな疑問がファイネルの中に生まれてしまっている。
そもそもルモンという魔人の事を、ファイネルはあの事件の後でしか詳しくは知らない。
優秀であるとは聞いていた。
その噂と違わぬ男だと思った。
信用できると思っている。
……だが、小さな疑念が棘のように、種のようにファイネルの中に残っている。
ファイネルの中で疑いの花を咲かせようとしている。
きっかけは、本当に些細な事。
ふとした拍子に「あの日」のことを思い出したという、ただそれだけ。
それがこんなにも、ファイネルの心をざわつかせる。
ヴェルムドールに相談するべきか。
しかし、あんなにも真面目で誠実な男を疑う理由は、ファイネルの小さな疑念のみ。
そんなもので疑うというのは、あまりにも。
「……くそっ」
ファイネルは前髪をぐしゃりと掻き乱す。
暴れまわっていればよかった昔とは違う、将という立場。
それが今、ひたすらに重かった。
お待たせいたしました。
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……そして、夜。
キルコネンの街は、驚くほどの静けさに包まれていた。
これは初めて闘国エストラトに来る者は驚く事なのだが、この国は非常に健康的な国である。
夜に酒を飲んで騒ぐ者も居ないわけではないが、非常に少ない。
何故なら、闘国が闘国たる姿を見せるのは昼間だからだ。
選りすぐりの闘士達がぶつかり合い、それを肴に酒を飲む。
これ以上の娯楽が闘国にあるわけはなく、誰もが自然と「明日の闘い」の為に早く眠る。
そうなれば自然と闘国における各種の仕事もそれに合わせるようになり、闘国エストラトにおける夜とは正しく「眠りの夜」なのだ。
……当然の事だが、キルコネンにある青闘場アジバ・バウも今は警備の兵士しかおらず、静かなものである。
「……静かですね」
錬鉄の槍亭の屋根に上ってぼーっとしていたルモンは、そう呟く。
ザダーク王国では、昼も夜も大抵「何か」をやっている者達が動き回っている。
特にアークヴェルムでは昼も夜も軽快に騒ぐ声が絶えず、どこにいても退屈することなどない。
それに比べると、この街は静か過ぎるが……まあ、これがあるべき姿なのだろうか?
手の中にある黒剣ヴェルガンを軽く磨いていたルモンは満足気にその輝きを確かめると、鞘に収め……そのまま、背後に立つ気配へと声をかける。
「……意地の悪い人ですね。いつから其処にいたんですか?」
「お前が屋根に登り始めたあたりからだ」
「最初からじゃないですか。全く気付きませんでしたよ?」
本当にとんでもない人だ、とルモンは苦笑する。
東方将ファイネル。
現魔王ヴェルムドールの部下の一人にして、東方軍を預かる将軍。
中央軍を含めた五軍の中で一番ほのぼのとした軍であり、その将であるファイネルも残念将軍との仇名がすっかり有名になってしまっているが……別に、それは彼女の実力を示すモノではない。
単純に個人の戦闘力でいえばファイネルは四方将の一角として何ら遜色のないものであり、それはルモンが今の今まで気付かなかったことからでも充分に理解できる。
「気付かせたんだ。お前に用があったからな」
「ハハ、そうですか。いやいや、まいりました」
ルモンとて、油断していたわけではない。
あらゆる感覚を総動員して「万が一」に備えていたという自信はあるのだ。
しかし、結果はこうだ。
少しばかり悔しいものを感じながらも、それを気付かせないようにルモンは笑う。
「で、どうしたんですかファイネル様。闘技場なら見ての通り、やってないみたいですよ?」
「お前の話だ」
ルモンは、振り返らない。
鞘に収めた黒剣ヴェルガンを軽くカチャリと鳴らし、膝の上に置く。
出来るだけ緊張した空気を作らないように、ルモンは軽い調子で返す。
「僕ですか? 明日に備えておけっていう話なら」
「あの時の話だ」
ルモンの台詞を遮るようにして放たれた言葉に、ルモンは黙り込む。
あの時。
ファイネルのその言葉が示す時は、一つしかない。
少なくとも、ルモンとファイネルが共有するものの中では、一つしか。
「あの時……ですか?」
「……あの時、お前は本当に……」
ファイネルがその先を言いかけた、その時。
ルモンとファイネルは、同時に「ある方向」へと目を向ける。
そこにあったのは、小さな光。
街の中心部から少しずつ近づいてくるそれは、ランタンの明かりだろうか。
特に集団というわけではなく、二人か三人程度のようだ。
「あれは……」
中心部から来るということは、幾つかの可能性がある。
一つ目は、この時間まで中心部にいた宿泊者である可能性。
二つ目は、こんな時間に街を出ようとする旅人である可能性。
三つ目は……これは少々面倒なパターンになる。
「さて……どうしますかね」
どのパターンであるにせよ、下手に刺激するのはいい手段であるとは言えない。
ルモンは考え、とりあえず宿の入り口で待ち構えようと屋根から下りる準備を始め……そこで、ファイネルへと笑顔で振り向く。
「あ、それでファイネル様。あの時とは、いつのことでしょう?」
そう返すと、ファイネルは言葉を選ぶように沈黙し……やがて、口を開く。
「私は、お前を信じていいんだな?」
「僕は貴女の部下です、ファイネル様」
そう言って屋根から音も無く飛び降りるルモンを見送って、ファイネルは小さく「そうか」と呟く。
あの時。
黒騎士クロードに、東方軍の小さな砦の一つが壊滅させられた時。
その砦の中に残っていた中での、唯一の生き残り……ルモン。
ファイネルは、その時それを疑わなかった。
だが、「死んだはずの者が蘇る」事が明確となった今……本当にそうなのか、という小さな疑問がファイネルの中に生まれてしまっている。
そもそもルモンという魔人の事を、ファイネルはあの事件の後でしか詳しくは知らない。
優秀であるとは聞いていた。
その噂と違わぬ男だと思った。
信用できると思っている。
……だが、小さな疑念が棘のように、種のようにファイネルの中に残っている。
ファイネルの中で疑いの花を咲かせようとしている。
きっかけは、本当に些細な事。
ふとした拍子に「あの日」のことを思い出したという、ただそれだけ。
それがこんなにも、ファイネルの心をざわつかせる。
ヴェルムドールに相談するべきか。
しかし、あんなにも真面目で誠実な男を疑う理由は、ファイネルの小さな疑念のみ。
そんなもので疑うというのは、あまりにも。
「……くそっ」
ファイネルは前髪をぐしゃりと掻き乱す。
暴れまわっていればよかった昔とは違う、将という立場。
それが今、ひたすらに重かった。
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