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会議の後で
しおりを挟む会議は無事に終了し、四方将はそれぞれ準備の為に担当地域へと戻っていった。
ヴェルムドールに同行する者も残る者も、それぞれに準備がある。
ヴェルムドール自身も自分が不在の間に業務が滞りなく回るように準備をする必要があり、それ故に執務室で書類を処理していたのだが……その部屋の扉が、突然乱暴に開け放たれる。
一体誰かというのは、考えるまでも無い。
この状況で現れるのが、ヴェルムドールには一人しか思いつかなかったからだ。
「ちょっといいかしら、ヴェルムドール」
その「誰か」……イクスラースは、睨み付けるようにして部屋の前に仁王立ちしていた。
明らかに機嫌の悪そうなその様子に、ヴェルムドールはああと頷いて再び書類に視線をおとす。
すると、大股歩きでやってきたイクスラースがヴェルムドールの手から書類を奪い取る。
「おい、書類は丁寧に扱え。破れたらどうする」
「書類より私を丁寧に扱いなさいよ、この仕事中毒! デスクワーク漬けの魔王とか、どんな冗談よ!?」
「そう言われてもな。人類社会での魔王に対する評価など俺の知ったことではないし、何より魔王とは俺の事だ。つまり、俺の行動が「魔王」という存在の基準と言えるだろう。それを前提にしてみれば、お前の言う「冗談のような魔王」こそが正しい魔王の姿と言える」
「ゴチャゴチャ言ってるけど、「王」としても貴方は結構異質よ?」
「俺は正しい在り方を実践しているに過ぎない」
淡々と答えるヴェルムドールをイクスラースは呆れた様子で見ると、はあと溜息をつく。
「……もうちょっと楽な支配方法なんていくらでもあったでしょうに」
「それによる腐敗は人類社会が充分過ぎる程に証明しただろう」
「あら、部下を疑ってるのかしら?」
イクスラースが冗談めかして笑うと、ヴェルムドールは少し不機嫌そうに顔を歪める。
「腐敗するということは、欠陥があるということだ。そうとわかっていて導入するのは愚かだろう」
「そうね。でもその結果出来たのは、貴方という王を椅子に縛り付ける構造。これもまた欠陥ではないのかしら?」
ヴェルムドールとイクスラースはしばらく睨み合うように見つめあうと、やがて根負けしたようにヴェルムドールが小さく息を吐く。
「この国にはそれが一番合っている。それに俺が居なくとも国が回るように作っている。重要なのは」
「貴方自身がザダーク王国という国と、魔族を隅から隅まで理解しているという事。揚げ足すらとられぬように、完全なる理解を実践する事……よね?」
クスクスと笑うイクスラースに、ヴェルムドールは分かっているなら言うなと言いたげに渋面をつくる。
「で、結局何の用なんだ?」
書類を奪ったままのイクスラースにそう聞きながら「返せ」と手を伸ばすと、イクスラースはその手を避けて書類を遠ざけてしまう。
その顔は、此処に来た時同様の不機嫌極まりないものに戻ってしまっている。
「……そうよ、それよ。ヴェルムドール、貴方どういうつもり?」
「どういうつもり、とは?」
ヴェルムドールが聞き返すと、イクスラースは手に持っていた書類を机に戻し、
近くの書類をまとめて遠くにどけてから机をドンと叩く。
「レプシドラの話に決まっているでしょう!」
「ああ、それか」
書類が机に置かれたのを見てヴェルムドールはちらりと視線を向けるが、そのヴェルムドールと書類の間に割り込むかのようにイクスラースはひらりと机の上に座って視線を遮る。
「いい加減にしなさいよ。私と話している時には私のことだけに集中するのが礼儀でしょう?」
「効率が悪いと思うが」
「印象が悪いでしょうが。王なら配慮なさい」
イクスラースの至極真っ当な突っ込みに、ヴェルムドールはそれもそうかと頷く。
「お前とは王と臣下という関係になった覚えが無いからな。自然と配慮しなくてもいい分類に入っていたかもしれん」
その言葉にイクスラースは目を丸くすると、おかしそうにクスクスと笑う。
「まあ、確かにそうね。私も貴方の部下になった覚えはなかったわ」
「だろう? というわけで話は聞くから書類をだな」
「却下よ」
差し出されたヴェルムドールの手を軽く叩くと、イクスラースはヴェルムドールを睨み付ける。
「で、もう一回聞くけれど。どういうつもりかしら?」
「ラクターの件なら心配はいらないぞ。アイツはああ見えて気遣いの出来る男だ。間違ってもレプシドラを丸ごと吹っ飛ばすような事にはならんはずだ」
「……そんな心配はしてない、と言ったら嘘になるけど」
むしろ、その光景が想像できすぎて困るのだが……それはさておき。
「どうして私に声をかけないのよ」
「辛いかと思ってな」
イクスラースの投げかけた質問に、ヴェルムドールは即答する。
イクスラースの「かつての生」の一つである、霊王イースティア。
その治めていた国の王都であったレプシドラには、モンスターのエレメント達がひしめいている。
その光景が、イクスラースに何か悪い影響を与えはしないかと危惧したのだ。
だが、イクスラースはヴェルムドールの言葉により一層不機嫌になってしまう。
「辛い?」
イクスラースはそう呟くと机から降り、椅子に座ったままのヴェルムドールの膝に正面から乗るような体勢になる。
互いの身長差もこうなってはほとんど無いようなもので、イクスラースはそのままヴェルムドールの胸倉を掴む。
「私を馬鹿にしないでちょうだい、ヴェルムドール。辛かったらなんだっていうの。それは目を逸らす理由になりはしない。それとも貴方は、私に過去から目を逸らすだけの愚か者になってほしいのかしら?」
イクスラースの瞳には、迷いは無い。
その瞳はあくまで力強く、ヴェルムドールは自分の気遣いが無用のものであったことを悟る。
だからこそ、ヴェルムドールはイクスラースにこう尋ねるしかない。
「……イクスラース」
「何かしら、ヴェルムドール」
「お前にも同行を頼めるか?」
聞かれるまでもないわ、と。
イクスラースはそう答えて不敵な笑みを浮かべた。
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