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連載
クロードの記憶
しおりを挟む其処は、今ではない時。
其処は、此処ではない場所。
記憶の断片に映りし、欠片の光景。
何処とも知れぬ部屋の中で、クロードは玉座に座る一人の女と相対していた。
「ふふっ……ふふふっ! 面白い、面白いわ貴方! ああ、それとも今の話が理解できていなかったのかしら? 貴方はすでに貴方じゃないというのに、まだ自分がクロードだと言い張るの!?」
「……当然だ。俺が何であろうが、俺が俺であると認識する限り何も変わりはしない。貴方だって、そのつもりでやっているのだろう?」
それは、相対する二人の会話。
周囲には他に誰も居らず、まるで茶飲み話でもするかのような距離での会話はしかし、怪しげな雰囲気に満ちている。
クロードの発言を受けた女は笑いをピタリと止めると、人を馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いを浮かべ始める。
「まあ、わざわざ否定するようなことはしないわ。嫌がらせの意味も込めてるしね?」
「嫌がらせ……ヴェルムドールにか」
ヴェルムドール。その名を聞いた女は一瞬眉をひそめた後、腹を抱えて爆笑を始める。
「あ……あははっ、ははは! ヴェルムドール!? 違うわよ、嫌ねえ! よりによってヴェルムドールって! うふふっ、おっかしいわー!」
「……何がおかしい」
「だって、あはは! 思考制御を離れてソレ!? もっといるでしょ! あ、そっか。そこの記憶は壊れてるの?」
何の事だか分からず顔をしかめるクロードに、女は瞳の端に浮かんだ涙を指で拭いながら、もう片方の手でクロードを指差す。
「ねえ、クロード。貴方、イクスラースの事を変だと思わなかったの?」
クロードは答えないが、怒気をその身に漲らせる。
自分を睨み付けるその視線を感じながらも、女は玉座に座ったままひらひらと手を振る。
「魔王を名乗るには弱すぎる。そう思わなかった? 魔力、身体能力。その他諸々。魔族としちゃそれなりでしょうけど、絶対者たる魔王としては不足。状況次第じゃ貴方でも勝てるわよね?」
「イクスラース様を愚弄する気か」
「純然たる事実よ、クロード。イクスラースではヴェルムドールに勝つのは難しい。これは戦力的な面でもそうよ。部下といえば貴方を含む……えーと、四騎士だっけ? それだけでしょ? 明らかに不足じゃない」
それは、確かにその通りだ。
ヴェルムドール率いる魔王軍は強大であり、正面からでは敵わぬであろう頑強さと数を備えている。
だが、戦いは決して数では決まらない。
「戦いは数で決まらないと思ってるんなら、違うわよ。何が違うって、論点が違う」
女は、椅子に深く腰掛け両手を広げる。
「魔王に勝てるのは、それと同じステージに立てる持つ者だけ。だから鍛え上げられた勇者は魔王に勝てる。さて、イクスラースはどうかしら。はたして彼女は、ヴェルムドールと同じステージにいたかしら?」
そう言って、女は首を横に振る。
広げた両手を玉座の肘掛けに置くと、嘲笑するような笑みを浮かべる。
「答えは、否よ。正確には、「否」となった。イクスラースからは、その資格は剥奪された。さて、では誰に? 貴方が主と崇めた魔王をそこらの凡俗に落としたのは、だぁれ?」
「……貴女の言っている事は、何一つ理解できない。資格だの剥奪だの……戦いとはそんなものではないだろう。それに、貴女の物言いだと、まるでイクスラース様が……」
誰かに力を奪われたと言っているようだ、と。
そう言いかけてクロードは口を閉じる。
できるはずがない。
そんなことなど、できるはずがない。
そう否定するクロードに、玉座の女が口を開く。
「そうよ。イクスラースは力を奪われた。本来そうあるべきだった力よりも大幅に削られて、軍団も奪われて。出がらしみたいな状態で世に出された。では、そんな事をできるのは誰? そして、奪われた力は何処に行ったのかしら?」
そこまで言われて、クロードは目の前の女の顔をハッとしたように見る。
似ている、その顔。
似ているが、しかし何処か遠い印象を抱かせるその顔。
似ているが故に意識から外そうとしていた、その顔。
イクスラースとまるで姉妹であるかのような、その女の顔。
「まさか。貴女が」
「半分正解。イクスラースの力を貰ったのは私。では、それをやったのは誰?」
「……回りくどい。貴女なのだろう!」
クロードの苛々したような言葉に、女はくすくすと笑いながら立ち上がる。
軽やかな足取りでクロードの前へと向かい、その首に腕を回す。
抱き寄せるような動きで、吐息のかかるような距離へ。
不快感を感じるはずのその行為にしかし、クロードは動かない。
意識の何処かで、この女に「敬意」を感じてしまっているからだろう。
そして女は、クロードの耳元で囁く。
「命の神。それが私達を創り出した神の名よ。ねえクロード、知ってる? 私達……死ぬ為に生まれてきたの。馬鹿で愚かで卑怯で腐りきった人類共に「ああ、自分達はなんて愚かだったんだ。今後はもっと清く生きよう」と教えてあげる為の教材なの。人類の罪に理由を与えてあげる為に存在するの。ねえクロード。貴方はそんなの許せるの?」
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