勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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英雄会談3

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「お待たせしました」

 ルーティが応接室に入ると、中には三人の人間が居た。
 一人は、ルーティもよく知る桜色の髪の少女……クゥエリア・ルイステイル。
 美しく清楚な雰囲気がしばらく会わない間に増したようにすら思える彼女の後ろに座っているのは、聖騎士団の服を纏った壮年の男。
 鎧も剣も外した非武装の姿でありながら全く隙の無い立ち居振る舞いを見せており……その顔にも、ルーティは見覚えがある。
 確か彼は、王都の聖騎士団の隊長の一人であったはずだ。
 立ち続ける彼の態度からしても、その目的が「警護」であることは間違いない。
 だが、王の忠実なる配下である聖騎士が神官長の娘とはいえ神殿の為に動くとは思えないし、何より神殿の保有する神殿守護騎士が騒ぐだろう。
 ……となると、彼が警護についている理由は、最後の一人である黒髪黒目の男ということだろう。
 黒髪黒目というものは、珍しくはあるがいないわけではない。
 いないわけではないが……わざわざ聖騎士が警護しているとなると、話は別だ。
 更に神官長の娘というキーワードが加わった時、自然と「リューヤ」のことを思い起こさせる。
 そうルーティが考える間にも、黒髪黒目の男とクゥエリアが立ち上がる。

「初めまして! 聖アルトリス王国のアルトリス大神殿に世話になっているトールと申します。この度は急な面会を受けて頂きありがとうございます」

 いきなり深々と頭を下げる男……トールに、あとの二人が驚いたような表情をする。
 しかし、すぐに平静を取り戻しクゥエリアが完璧な会釈をしてみせる。
 聖騎士もそれに続き、しかし黒髪の男のように挨拶の言葉は口にしない。
 ルーティがそれに同様の会釈を返した事に、黒髪の男は不思議そうな顔を一瞬して……すぐに「あ」と言いたげな顔になる。
 そう、ルーティが部屋に入った瞬間であるこの場合は、本格的な挨拶の言葉は発せずに「会釈のみを交わす」のが礼儀となる。
 まあ、一定以上の地位の者に特有の作法なので、そうした場に縁の無い者などは知らなくても仕方がないのであるが……とにかく、ルーティはそれに会釈を返す。
 そうしてルーティが彼等の正面に立つと、改めて黒髪の男……トールが、少し気恥ずかしそうにしながら、今度は多少ぎこちないながらも軽い礼の姿勢をとる。

「は、初めまして。聖アルトリス王国のアルトリス大神殿に世話になっているトールと申します。この度は急な面会を受けて頂きありがとうございます」

 下手に言い繕わず、先程の事は「無かった事にする」というルーティの意向をきちんと受け取っているのが分かる。
 どうやら、完璧に身に付いていないだけで礼儀作法の教育はある程度受けているのだろう。

「クゥエリア・ルイステイルです。この度はこちらのトール様の付き添いとして参りました」
「ガレス・ドットハルトです。お二人の護衛を務めております。本来はあと一人いるのですが、本日は同行させておりません」

 続けて挨拶をする二人に、ルーティもまた挨拶を返す。

「ルーティ・リガスです。今日はよくいらっしゃいました」

 こうして「歓迎している」旨の挨拶をルーティから返し、堅苦しい挨拶の工程は終了である。
 柔らかくなった雰囲気の中で、まずはルーティがクゥエリアへと視線を向ける。

「お久しぶりですね、クゥエリアさん」
「はい、ご無沙汰しておりますルーティ先生。お元気そうで何よりです」
「まあ、何はともあれ……座ってください」

 席をすすめるルーティに促され、クゥエリアとトールはソファへと座り……ガレスは一歩下がる。

「それで、今日はそちらの彼が主役ということのようですが?」
「はい。是非彼の話を聞いてほしいのです」
「それは構いませんが……」

 そう言って、ルーティはトールを見る。
 先程トールは、「聖アルトリス王国のアルトリス大神殿に世話になっているトール」と名乗った。
 もしトールが大神殿の所属であるならば、通常は「聖アルトリス大神殿のトール」と名乗るはずであり……「作法の間違い」に気付いた後の挨拶でも同様にしたということは、言葉通り「神殿に世話になってはいるが神殿の所属ではない」ことを示している。
 となると、トールなる男の立場は未確定な部分があり、それでいて尚且つ聖騎士団が護衛につく程度には国からも重要視されているということになる。
 ……案外、サリガンとの話で出た「王の庶子」という可能性もあるのだろうか。
 そう考え、ルーティは油断しないように様子を探る。
 その警戒した様子を悟られたのだろう、トールが申し訳無さそうにぺこりと頭を下げる。

「あー、えっと……警戒しますよね。まあ、客観的に見て怪しいですもんね俺」
「そうですね」

 アッサリと肯定するルーティにトールの顔が引きつるが、誤魔化すように笑顔を浮かべる。

「聖アルトリス王国の現状を考えても、俺を警戒するのは当然です。その上で、俺の話を聞いて貰えませんか?」
「先程も言ったとおり、それは構いません。聞きますから、どうぞお話になってください」

 ちなみにこうした場における「話を聞く」とは、二種類の意味がある。
 一つは文字通り、「話を聞く」こと。
 話し手は話をして、受け手はそれを「聞いて」相槌を打ったりする。
 特に何の意味も無い雑談である。
 そしてもう一つは、「話の内容に対して何らかの行動を起こしたり便宜を図ったりする」ことである。
 クゥエリアが意図したのはこちらであり、トールが意図したのは前者だ。
 それであるが故に、ルーティはそれを逆手に取りクゥエリアの話にも「そういう意味」で聞くと言っているのだと宣言してみせたわけである。
 それに即座に気付いたクゥエリアが眉を顰めるが、ルーティは気にした様子もない。
 ただ無邪気に「話を聞いてもらえる」ことに意味を見出しやる気を出しているトールとは対照的であるが……トールは勿論、トール達の背後に控えているガレスも気付く事はない。
 そんな空気を打ち破るかのように、トールはすうと息を吸って気を落ち着け……そうして、口を開いた。
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